いっつも見下ろすな!






きっかけは本当に些細な事だった。
キリルが何の気なしに口にした何でもない一言。

「シグルドさんは背が高くていいですね、羨ましいです」

たまには見上げるだけじゃなく、見下ろしてみたい。
そんなキラキラとした憧れに満ちた眼差し。
それでふと思い出したのだ。
ああ、そういえば最近聞いていないな、と。



『エラそうに見下ろすなっていつも言ってんだろうが!』
『ちょっと背が高いからっていい気になるなよ!』

それは意気込んで敵に突っ込み、思いがけず手こずってフォローを受けた時の一言だったり、意見を却下された時の一言だったり。
少しでも気に入らなかったり苛立ちを感じれば、
ハーヴェイは必ずこの捨て台詞とともにシグルドの前から鼻息を荒くしながら姿を消した。
スカした気に食わないヤツ。
やたらと仕事が出来て、やたらとボスであるキカに気に入られている、とにかく気に食わないヤツ。
それがハーヴェイが初期の頃シグルドに抱いていた印象である。
しかしそれはこれまでのふたりの関係を思えば仕方のない事。
事ある毎に突っかかってくるハーヴェイを、シグルドは全く相手にしない。
それがハーヴェイにあんな幼稚な捨て台詞を吐かせていた。
自分の苦手としている事をサラリとこなし、そのくせ自分の得意分野の戦闘面でも足手纏いどころか立派な戦力になってくれる。
何をやらせても出来る男。

今にして思えば何てことはない、単なる子供のような対抗心。
ハーヴェイも決して背が低いわけではない。
だが気に食わない人間が自分よりずいぶんと背が高かったら、ハーヴェイの性格上どうしても気になってしまうもの。
そう、今にして思えば本当に笑い話なのである。

「そういえば聞かなくなったな」
「あ? 何を?」
「お前の見下ろすなっていうの」

だから久しぶりに笑い話にしようと思って話題に出した。
立ち話をしている最中に。
あんな過去の、しかも子供のような行動。
蒸し返されるハーヴェイにとってみれば、あまり歓迎出来る話題ではない。
しかもふたりの身長差が嫌でも分かる立ち話の最中に。
悪趣味だと言われるかもしれないが、シグルドにもそれくらいの悪戯心や遊び心はある。
シグルドが何の事を言っているのかすぐに思い当ったのだろう。
案の定顔を少し顰めたハーヴェイだったが、しかしすぐに興味なさ気にため息をついた。

「ああ、あれか。もういいんだよ、騒いで変わるもんでもないし。別に背なんかなくったってどうにでもなるしさ」

というか俺は平均的だ、お前が高すぎるんだ。
腕を後頭部で組み、間延びした返答をする。
まるで負け惜しみのような言葉だが、面倒臭そうに細められた瞳が、それを発した本人にそのつもりがない事を物語る。

しかし、やはり面白くない話題には違いなかった。

「それに」

突然ニヤリと笑みを浮かべたハーヴェイの行動は早い。

「引っ張っちまえば関係ないし」

隣に無防備に立っている背の高い男の腕を力任せに引きよせ、わざと耳元ギリギリに唇を寄せる。
突然近くなった笑みを含む低い声音。
この話題を口に出した事をシグルドが後悔するまで、あとほんの少し。





END





 

2009.05.31 背の高さが「攻<受」でも全然OKです、むしろ好物です。 NOVEL