いっつも見下ろすな!






 いつもは開いていない部屋が開いていた。
 それは何となく気になる事だった。
 船内の全てを把握しているわけではないが、今見ている扉が開けっぱなしの部屋は、なんとなく使われていない、常時閉め切られている部屋だと思っていた。
 その部屋の扉が完全に開いている。
 ほんの少し隙間がある程度ではなく。
 開いた扉が壁にぶつかっているくらい、思いっきり開いている。
 興味を持ったハーヴェイは、どうせ通り道だ、と通りすがりにひょこりと部屋を覗いてみた。
 物が積み上げられた部屋は、ああ何だここは物置だったのか、と誰に聞かなくても簡単に理解出来る部屋だった。
 けれど、その中に1人。
 多分、この部屋の扉を全力で開けたのは彼だろう、キリルが一体何をしたいのかは理解出来なかった。
 部屋の中で壁に向かって何かを考えている。
 目線は下に。
 そこには2つ積み上げられた木箱。
 それをじっと見ている。
 キリルがハーヴェイに気付く様子はない。
 傍にルクスの姿もない。
 ただ1人で木箱を見て何かを考えている。
 何か重要な物がなくなったのだろうか。
 ハーヴェイがそんな事を考えれば、キリルが何を思ったのか重ねられている木箱の上に置かれてた方を持ち上げて床に置き、下に置かれていた方を持ち上げて床に置いた木箱の上に置いた。
 そうしてまた何かを考える。
 上下を交換して、一体何がしたいのか。
 とりあえず何かがなくなったという可能性はなくなった。
 そうして何がしたいのかさっぱり分からなくなった。
 キリルがいつになったらこちらに気付くのか、どうせ暇だ、と思ったハーヴェイは入口近くの壁に寄りかかって暫くキリルの行動を黙って見守った。
 木箱ばかりを見ていたキリルの視線は、1度上に。
 見上げた先には壁に取り付けられた棚の上。
 そうしてまた足元の木箱。
 暫くまた何かを考え込んだ後、そっと片足を木箱の上に乗せた。
 けれど、ぎしり、と鳴った嫌な音にキリルは慌てて足をどかした。
 ああ成程、とハーヴェイは納得する。
 棚の上の物を取りたいが手が届かない。
 だから木箱を足場として重ねてみたが体重を支え切れるか不安になっているようだ。
 ハーヴェイはぐるりと部屋を見回す。
 他に足場になりそうな物はない。
 キリルも同じ事を考えたのだろう。
 部屋を見回して、そうして入口にいたハーヴェイにようやく気が付いた。
「うわぁっ!」
「遅いぞお前。」
「ハ、ハーヴェイさん…、いつからそこに…っ!?」
「お前が木箱の上と下を交換する少し前から。」
「声掛けてくださいよ…、びっくりしました…。」
「注意力が足りないな。」
「船内まで気を張ってられません…。」
「ルクスだったら絶対に気付くだろうに。」
 そう言えばほんの少しだけ悔しそうな顔をするキリルにハーヴェイは笑って傍に寄る。
 キリルが積み上げた木箱を見てみれば、確かに少し不安になる物だった。
 目に見えて壊れているわけではないが、ほんの少し力を込めたら壊れそうで、人1人の体重なんてとても支え切れなさそうに見える。
 上下共にそんな状態だ。
「………、何か別の物を探してきた方が早くないか?」
「あ、やっぱりそう思いますか?」
「分かってたなら悩むなよ…。」
「あはは…、えっと、こう、ぱっと登ってぱっと取って降りたら、何とかならないかなーって…。」
「ふーん…。」
 木箱を見て、棚の上を見る。
 けれど棚の上には色々と物が置いてあって、ハーヴェイにはどれを取りたかったのか分からない。
「で、どれが欲しいんだ?」
「あの、後ろの方に見える茶色い箱です。」
「あれを!?」
 確かに奥の方に箱が見える。
 けれどその前には同じように箱や袋が置いてある。
 もう1度木箱と棚の上を見て。
 それからキリルを見る。
「………、お前の身長じゃ無理だろ…。」
 特別低いわけではないが、高いわけでもない。
 けれど部屋の棚は高い位置にあり、その奥なんて不安定な足場で届くとは思わない。
 ちゃんと木箱に上って物をどかして手を伸ばさないと無理だろう。
 それなのに、ぱっと登ってぱっと取る、なんて。
「キリル。」
「はい?」
「お前、時々物凄い大雑把な性格しているよな。」
「………、すみません…。」
 しゅんとキリルは項垂れる。
 そんなキリルの頭を乱暴に撫でながら、視線は棚の上。
 ここで、じゃあオレが取ってやる、と言えればいいのだが。
 残念ながらハーヴェイとキリルの身長はほぼ同じ。
 正確に測った事はないが、目線はほぼ同じ高さだ。
 ほんの少しだけ、キリルの方が高い気もするが、悔しいので多分とても細かいだろうと思われる数字は切り捨てた。
 シグルドがいればな、と少し思う。
 彼ならばキリルの言う、ぱっと登ってぱっと取る、が可能だと思う。
 悔しくはあるが事実だ。
 けれど、シグルドを探して呼びに行く、と、別の足場を探しに行く、なら後者の方が確実だ。
 別の物置きか甲板にでも出れば木箱や他に足場になりそうなものは見つかるだろう。
「何か別の物でも探しに行くぞ。暇だから付き合ってやるよ。」
「あ、すみません。ありがとうございます。」
「ところで、あれ何だ?」
「薬の材料のようです。前に間違って上に置いちゃったみたいで。」
「そいつが取れよ。」
「ボクが言い出したんです。する事がなかったから手伝いで。」
 話をしながら部屋を出ようとすれば、部屋の前で立ち止まっている人の姿があった。
 多分ハーヴェイと同じように、普段閉め切られている部屋が開いている事が気になったのだろう。
 そうして部屋の中を見てみればハーヴェイとキリルがいたので足を止めたようだ。
「あれ、ルクス、シグルドさん。」
「こんにちは。」
「どうしたの?」
 ルクスが部屋に入ってキリルと並ぶ。
 ルクスとキリルの身長も、やっぱり少しだけキリルの方が高い気もしなくはないが、ほぼ同じ。
 ハーヴェイとキリルが無理な事はルクスでも無理だろう。
「何かあったんですか?」
 けれどそこにシグルドが並べば、彼1人だけ身長が高い。
 棚の上の物が取りたいけど足場が壊れそうで、と説明するキリルはシグルドを見上げて話している。
 ハーヴェイとほぼ同じ身長であるキリルが、だ。
 改めてそんな事を実感しながら2人を見ていれば、酷く微妙な気分だった。
 つまり傍から見ればハーヴェイとシグルドがた話している姿は、ああいった光景になるのだろう。
 シグルドの方が明らかに身長が高いのは知っているし、今更確認する事でもないが。
 特に改めて認識したい事実でもない。
 この身長は、特別低くもないが、高くもないのだから。
「キリル君、これは少し危ないと思うよ。」
「ハーヴェイさんにも言われちゃった。だから別の物を探しに行こうと思って。」
「取りたいのは、あの箱で大丈夫ですか?」
「あ、はい。そうです。」
 シグルドが箱を見て積み上げられた木箱を見る。
 多分届くだろうな、とハーヴェイは思った。
 シグルドが木箱に足を乗せると、危ないですよ、とキリルが止める。
 ルクスは特に何も言わない。
 ルクスはシグルドの事をよく理解しているので、こんな事で無駄に危ない事はしない、と分かっているからだろう。
 何とか体重を乗せたり引いたりを繰り返し、ぱっと木箱の上に乗ると、すぐにキリルが取りたかった箱を掴む。
 重ねた木箱の両方から嫌な音がしたか、壊れる事はなかった
 その前に木箱からシグルドは降りる。
「はい、どうぞ。」
 とても簡単に箱はキリルの手の中に。
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ。もう少し早く通りかかっていれば良かったですね。」
「いえ、そんな!本当に助かりました。」
 嬉しそうにキリルが頭を下げる。
 ただ棚の上の物を取っただけでそこまで感謝され、シグルドが少し慌てている。
 それに気付いたルクスが、持っていかなくていいの、とキリルに声をかけた。
 ああそうだった、ともう1度礼を言ってキリルは部屋を出て、ルクスは当然のように付いて行った。
「ハーヴェイ。」
 部屋に残ったシグルドがハーヴェイに声をかける。
「………、何だよ。」
「キカ様が呼んでいたから探していたんだが…、どうかしたのか?」
 ほんの少し不満の混じった声にシグルドは首を傾げた。
 意図はしていなかったが、実際にそんな声だったと自覚のあるハーヴェイは、完全な八つ当たりだとゆるりと首を横に振る。
 何でもない、と言おうとしたが。
 ふとハーヴェイはシグルドを見る。
 普段はあまりにも当たり前すぎて特に意識はしてなかったが。
 というより、傍にいる限りどうしようもない現実なので、もう考えるのは放棄した事なのだが。
 こうして向き合っている今を他の誰かが見た時には、先程のキリルとシグルドのように、見上げている自分とほんの少し視線を下に向けているシグルドがいるのだろう。
 ほんの少し、イラッとして。
「なぁ、シグルド。」
「何だ?」
「世の中って不公平だよな。」
「は?」
 不思議そうな顔のシグルドを、ほんの少し見上げて。
 それから思いきり勢いをつけて足を踏みつけた。
 短い悲鳴が上がる。
 その声に、ほんの少しの苛立ちは綺麗に消えた。
「な…っ!?」
「ああ、手伝ってくれてサンキューな。ちょうどキリルと足場になりそうな物探しに行くところだったからよ。」
「じゃあ何故足を踏む!?」
「そりゃ、世の中不公平だからさ。少しくらい八つ当たりされとけ。」
 シグルドにしてみれば完全に理不尽な言葉を投げつけてハーヴェイも部屋から出た。










END





 


2009.01.30

弟の身長が170ないくらいで、その位で平均程度、と聞いたのでその辺りなのかなと
ボクは大抵の人は見上げて話します、つまりはちびです
もう当たり前の事を改めて認識すると、イラッとしますよね、ボクはよく認識させられます
でも170あるならもういいじゃないかよ…っ!!(こんな所で超個人的な愚痴言わんでも…)





NOVEL