酒は飲んでも飲まれるな






一番初めに感じたのはやけに重たい瞼。
その次に感じたのは、ズキンズキンと一定間隔で襲ってくる奥底から容赦なく殴られるような耐え難い頭痛。
そして最後に、頭痛よりも更に耐え難い吐き気一歩手前の胃のむかつき。
本日のハーヴェイの目覚めは爽やかとは遥かにかけ離れたものだった。
何とか瞼を持ち上げたはいいがそれ以上身体が動いてくれない。
自然と出るのは意味のない唸り声くらいか。
しかしそうして天井を睨んでいる間もどんどんと頭痛が増してきて、
苦し紛れにゆっくりとうつ伏せになり額に手の平を押し当てた。

この症状は間違いなく二日酔いだ。
酒との付き合いがまだ浅い若い頃はその程度がよく判らなくてよくこの症状と戦ったものだが、
ここ数年はさすがにご無沙汰で、逆にこの症状で苦しむ仲間の世話を焼いてやったりしていた。
完全に縁切れたと思って、次第に「自分自身に起こり得る」ということすら忘れていた。
何て馬鹿な考えなのだろう。
久しぶりゆえにより症状が重く感じる。
気になる原因も、頭痛に邪魔されてとてもじゃないが思考をめぐらせる余裕なんてなかった。

「あー……頭いってぇー……」

ずっとうつ伏せでいると今度は頭痛だけでなく胃の方までも赤信号を点滅させてくる。
体重にベッドが軋むのも揺れるのも、その何もかもが二日酔いの身体には大きなダメージとなって襲ってくるので、
驚くくらい時間をかけてのろのろと身体を起こしベッドに腰かけた。
脚を床につき、膝に肘をついて背を丸める。
行き過ぎると胃が圧迫されて危険なので、手の平に額を乗せて身体を支えた。
何をしていても気持ち悪い。
どんな体勢でも気持ち悪い。
一体どうしろというんだ。
逆ギレ以外の何ものでもないような事を考えながら、頭の位置や手の平の位置を忙しなく変えながら少しでも楽な体勢を探した。

「あれだけ飲んで暴れれば当たり前だ」

すると頭上から静かな声が降ってくる。
誰かなんて今更確認するまでもなくて、顔を上げる事なく唸り声だけで返事をした。
落とした視線の先に見慣れた靴が見える。
それがギリギリまで近付いてきたと思ったら、視界に水の入ったコップが入り込んできた。

「どうせ覚えてないだろうが、その後バーもお前も大変だったんだぞ」

当然後片付けも諸々の処理もお前の世話も全部俺がやったんだ。
そんな容赦ない言葉がどんどん投下されていく。
一応気を遣ってくれてるのか声のトーンとスピードを落としてくれているが、
それがハーヴェイには静かな怒りのように感じてならなかった。
しかし今の状況からみてハーヴェイに反論など出来るはずもない。
そもそもシグルドの言う通り昨夜の事を何も思い出せないのだ。
唯一の記憶といえばシグルドと共にバーに行った事くらいで、あとは今この時まで綺麗に飛んでしまっている。
随分と酷い酔い方をしたものだ。
頭痛が邪魔をしているだけだと自分に言い聞かせ、差し出された水を受け取りゆっくりと口に含む。
冷たすぎず、温すぎず。
今度こそ本当にシグルドの気遣いを感じた。

「貸しひとつだからな」
「へーへー、喜んで尽くさせて頂きます」

一口、また一口と喉に通していくと段々と落ち着いてくる。
勿論それで頭痛や胃のむかつきがなくなる事はないが、こうして軽口を叩けるようにもなった。
一息つけば、内から沸きあがってくるのはシグルドに対する申し訳ない気持ちと感謝の気持ち。
今こんな有様なのだから、昨夜はきっと聞きたくも思い出したくもないような酷い状態だったに違いない。
まるで冗談のような軽い言葉だったが、ひとつ分ではなくもっと返したいとさえ思う。
しかし今は。

「その前に……薬くれー……」

やっぱり二日酔いには敵わなかった。







END





 

2008.12.31 二日酔いってなった事がないのでめさめさ想像なのですが(酒飲まない人なので) でもとてもキツイらしいという話を聞きます。 NOVEL