たまには別行動でも






 重い音にキリルは固まった。
 シグルドも同じように固まった。
 目の前の敵をとりあえず切り伏せてから振り返れば、先程確かに人が3人くらいは軽く通れそうな場所があったのに、背後から大きな、たぶん紋章が発動する音がして、そうして重い音がして。
 見れば完全に道は塞がれていた。
 それを見て2人は呆然とする。
 天井が崩れたのか、それともその辺りの瓦礫が崩れたのか。
 この場所に入ってきた入り口は完全に塞がれ、それでもキリル達がいる場所と仲間達がいる場所を隔てている壁は塞がれた場所以外に何処も崩れた様子がない。
「………、困り、ましたね…。」
 シグルドの呟きに我に返る。
 魔物が住まうオベル遺跡で、たった2人、仲間とはぐれた。
 敵を追ってキリルが、その回復と援護でシグルドが、見慣れない壁が崩れた先にある部屋に入った瞬間の出来事で、他の仲間の姿はない。
 2人と仲間達とを隔てている壁は厚い。
 崩れた瓦礫も随分多い。
 向こう側の声は聞こえない。
 崩れた瞬間に、2人の名を叫ぶ2人の声が聞こえたのが最後、今はとても静かだ。
「………、と、とりあえず、壊しますか…?」
 武器を握り締めてキリルが言う。
 シグルドの武器では瓦礫に弾かれるだけだろうし、手作業で瓦礫をどかすのはたぶん無理だ。
 けれどキリルならば出来るかと問われれば、かなり難しいだろう。
 左手に宿る紋章が使えればまだしも、先程数回使ってしまった為に左手に力が伝わる感覚はない、暫くは無理だろう。
 シグルドはそれを理解しているようで、いえ、と首を横に振る。
「下手に衝撃を与えてこの壁が全て崩れたら厄介ですし。」
「いや、流石にそこまで凄い事はできないと思いますが…。」
「奥に道がありますから、とりあえず進んでみますか。」
 言われて振り返れば、確かに道があった。
 ここにいても仕方がない、と思う。
 だってあの瓦礫は2人ではどうにも出来ないし、向こう側に3倍の人数がいるけれど結局たかが6人だ、どうにかなる人数ではない。
 でも、危ないんじゃないか、とも思う。
 だって今は2人だけで、ここは魔物が巣食う場所だ。
 どうしようかとキリルが困惑し、ふとシグルドを見上げれば、彼は慌てた様子もなくにこりと笑った。
 何だかそのいつもと分からない笑顔に、困ったような変な笑い方になってしまったが、キリルも笑い返し。
 結局は、奥の方へと進むことにした。
「本当にすみませんでした。」
 隣の部屋に何もいないか確認するように覗き込むシグルドの後ろで、キリルは深々と頭を下げた。
 それにシグルドが不思議そうな顔をする。
「なんですか、いきなり。」
「いえ、ボクが深追いをしてしまったせいで…。」
「あの程度は深追いとは言いませんよ。」
 後方にコルセリアがいた。
 そうしてあの壁の崩れた部分から魔物が姿を現し、キリルが切り伏せ。
 少し置くにもう1体見つけたので中に入り、シグルドもそれを援護し、この結果。
 確かにこの部屋には踏み入ったけれど、深追いという距離ではなかった。
 そうして壁が崩れたのは事故だ。
 キリルが謝る理由はない。
「………、気配はありませんね。進んでみましょう。」
「あ、はい。」
 シグルドの後ろを、少し遅れてキリルが付いていく。
 隣の部屋に入ればまた奥に通路が1つ、1本道のようだ。
 2人しかいない今では敵に存在を感付かれてから構えては遅い、気付かれる前に仕掛けなければ不利になる。
 だから注意深く辺りを探るけれど、自分達以外の気配は感じない。
「静かですね。」
「そうですね。」
 止まっていても仕方がない、そう思って歩き出す。
 少し歩いて、あ、とキリルが心の中で呟いた。
 自分の武器は思い切り前線に立って振るう物で、シグルドは後方から援護の攻撃になるものだ。
 それならば立ち位置は逆にならなければいけない。
 ついいつもの歩き方をしてしまった、と慌てて少し速度を上げてせめて隣に並ぶ。
 シグルドが一瞬どうしたのかと視線を向けたけれど、特に何があったわけではないと理解するとすぐに前に視線を戻した。
 船内とかでシグルドと一緒に歩く時は、話している時でもなければ大抵キリルが少し後ろになる。
 特に意味はない、気付いたらそうなっていた。
 だから隣に並んで無言のままに歩いてみれば、少し違和感。
「………、ハーヴェイさん、怒ってないかな…。」
 ここは自分がいる場所じゃないと、隣で何もなくとも普通に当たり前のように並んでいるのはハーヴェイなんだと、なんだか意味もなく強く感じて、そんな事をキリルは呟いた。
 次の部屋も敵がいないと確認していたシグルドがその言葉に苦笑した。
「なんですか、いきなり。」
 とりあえず敵の姿はない。
 後ろの部屋は瓦礫が崩れた場所以外に通れる場所はなかったから、後ろから魔物が来る事もない。
 少し気を緩めて小さく笑う。
 けれどキリルは真剣に悩んでいる様子だ。
「だって、シグルドさんと別行動にさせちゃって…、きっと今頃物凄く心配しています。」
 いつも隣にいる人がいないのだ、きっと心配しているに違いない。
 そうキリルは思ったけれど、シグルドは少し考える素振りをした後にまた笑った。
「いえ、たぶん笑っているでしょう。」
「………、え?」
「そうですね、何やってんだよあの2人は勝手に別行動しやがって、なんて向こう側で言っていますよ。」
 その様子を思い浮かべてか少し楽しそうだ。
「心配していないんですか?」
「どうでしょうね。でもたぶん1番落ち着いていると思いますよ。」
 ああでも笑っていたら周りの心配している人達に睨まれるから無理ですか、そう言って歩き出す。
 追いかければまたキリルが少し後ろになった。
 けれど半歩くらい後ろだ。
 敵を見つけた瞬間に飛び出せば、きっと問題ないくらいの長さだ。
 だからそのままで追いかけた。
 今まであまり考えた事はなかったけれど、ふと気付いてしまえば、ハーヴェイの場所を取ってしまうのは申し訳ない気がした。
「シグルドさんはハーヴェイさんの事心配じゃないんですか?」
「心配…、と言えば心配ですね。今回はキカ様がいませんから、ハーヴェイの暴走を止められるのはルクス様くらいですからね。」
「あ、いえ、えーっと、もっとほら、敵いますし、怪我してないかなーとか。」
「怪我くらいよくしますから別に今更心配しなくても大丈夫でしょう。ハーヴェイの怪我なんて、いちいち気にしていたらこちらが持ちません。」
 その言葉にキリルが目を丸くした。
 キリルとしては、例えばアンダルクとかセネカとか、ルクスとか。
 こんな場所で離れてしまったら怪我をしていないかとかどうしても心配に思う。
 ルクスに関しては、彼は圧倒的に強くて怪我を負うのは自分を庇う時が殆どなのでむしろ離れていた方がいいんじゃないかとさえ思うけれど、それでも心配に思う。
 けれどシグルドにそんな様子はなくて。
 ただ少し思い出したように、暴走して皆さんを困らせていなければいいんですが、と呟いた。
「………、なんか不思議な感じです。」
「そうですか?」
「だって、2人っていつも一緒ですから、一緒にいない2人なんて見ている方が不安になるくらいなのに、当の本人達はなんでもなさそうで。」
「そんなに四六時中一緒のつもりはないんですけどね…。」
「でも気付くと一緒です。」
「まぁ、割合は多いかもしれませんが…。」
「寂しくないんですか?」
 その言葉に足を止めて少し後ろのキリルを見た。
 キリルはとても真面目な顔をしてシグルドを見上げている。
 いつも一緒にいる人がいなくて寂しくないのか、と。
 つまりは、自分は今ルクスがいなくて少し寂しいのに何で平気なんですか、と聞きたいのだろう。
 可愛らしい感情だと思い、つい笑った。
「寂しくはありませんよ、こんな少し離れた程度では。むしろ1週間くらい姿が見えなければ静かでいいかもしれません。」
「………、そういうものですか?」
「貴方はルクス様が大好きですからね、いつも一緒にいたいと思うんでしょうけれど。」
「でも、シグルドさんだってハーヴェイさん大好きじゃないですか。」
 その言葉に今度はシグルドが驚いた。
 けれどキリルはやはりとても真面目な顔をしていて、素直に頷くのも気恥ずかしいのだけれど、適当に誤魔化す事をするのはこの素直な少年に申し訳なくて。
 結局は素直に頷いた。
「ええ、大好きです。だから結局はお互いの所に戻ってくるんですよ。」
 え、とキリルが呟いて首を傾げた。
「数日どこかに行っていても、戦場に放っても、結局は戻ってきますし、こちらもそれは同じですし。それが分かっているからでしょうね、あまり寂しいとか思わないのは。」
 きょとんとした少年ににこりと笑って歩き出す。
 それに気付いたキリルは慌てて追いかけた。
 追いかけながら、シグルドをじっと見る。
「………、難しいです。」
 シグルドの言葉を数度自分の中で繰り返した後にキリルが呟いた。
 そうですか、と辺りを警戒して見回しているシグルドが振り返らないで言った。
「ボクは、やっぱり寂しいです。一緒にいるといつも凄く楽しいし嬉しいけど、お互いの部屋に戻ったり探しても会えなかったりこうやって離れたりすると、どうしても少し寂しいなって思います。」
「ええ。」
「あ、で、でも、ボクはシグルドさんも大好きで、一緒にいたくないとかじゃないんです!」
「ええ、分かってますよ、そんなに慌てなくても。」
 ですから静かに、と言われて慌てて口を押さえる。
 静かな空間に声はよく響いたけれど、暫く待っても魔物の気配はない。
 ただ、突然後ろから何かが崩れるような大きな音がした。
 音は遠いけれど、それでも重い音が響いてきて、お互い顔を見合わせる。
 ここの入り口を塞がれた時の瓦礫が崩れた音に似ていて、けれどそれよりも規模が大きく感じた。
 他のどこかが崩れたのか。
 これでは後ろも安全とは言っていられなくなり、2人とも頷いて歩き出す。
 辺りを警戒しながら歩き、けれど我慢できないようにキリルが口を開く。
「………、ボクは、時折思います。離れたら、もう2度とルクスには会えないんじゃないかって。」
 歩きは止めないまま、けれど少しシグルドが振り返った。
「こうして離れた時、それじゃあって手を振った時、そうしてこの先この旅が終わった時、もう会えないんじゃないかって、そう思うんです。」
 振り返ったシグルドにキリルは笑った。
 けれど上手く笑えなくて苦笑いになってしまった。
「だから、ボクには少し難しいです。」
 シグルドが何かを言いかけたけれど、次の部屋の入り口近くまで来れば聞こえてきた物音に、2人とも口を閉じてそちらに目を向ける。
 音を立てないように隣の部屋を見れば、魔物の姿。
 見えるのは7体ほど、その先にも部屋があるからそこにもまだいるかもしれない、それに7体というのも2人で相手にするのは少しきつい。
 けれど止まっていてはどうしようもなく、2人は頷くと、武器を構えて部屋の中に踏み込む。
 入り口近くにいた2体をシグルドがナイフを投げ、怯んだ魔物をキリルが1撃ずつ入れて倒す。
 不意をつければ楽だけれど、気付かれたらそう簡単にも行かない。
 無茶をせずに確実に1体ずつ、と思ったけれど奥にもまだいるようで出てくるその姿が見えた。
 それに小さく舌打ちをし、けれど引くわけにも行かない。
 ならばむしろ強行突破の方がいいかもしれない、そう思ってキリルは振り返ればシグルドは小さく頷いた。
 全力を叩きつける事はできなくても、辺りの魔物を吹き飛ばして道を作る事くらいなら力は残っているだろう。
 キリルは1度武器を振って左手に力を込めて魔物の中に飛び込もうとして。
「ストップ!」
 突然響いた声に一瞬頭が真っ白になって、それが誰の声で何の言葉だったのか、突然だったためにキリルは理解できなかった。
 けれどシグルドには伝わったらしく、彼は動きを止めてキリルを止めようと手を伸ばす。
 それより先にキリルの腕を引っ張り引き寄せる人がいた。
「え、あ、ルクス!?」
 何でここにルクスがいるの、とは続かなかった。
 突然引っ張られてバランスを崩し座り込んだキリルは、自分を引っ張ってそのまま抱きしめるルクスを見上げると、その滅多に見ない表情に、なんでここ、と中途半端に言葉を途切れさせた。
 いつもの無表情といえるかもしれないけれど、けれどキリルにはとても慌てているような苛立っているような、そんな顔に見えて。
 ルクスは何も答えずに左手を魔物に向ける。
 いつから詠唱していたのか、最後の短い言葉だけがキリルには聞こえ、そうして闇の塊が降って来る。
 部屋にいた魔物全てはその闇に数回貫かれ崩れ落ちた。
 それを確認すると、何も言わずにただキリルを抱きしめている腕に力を込める。
「おーい、ルクス、キリルが無事だって分かったんだから、いい加減落ちつけよお前は。」
 わけも分からずに首を傾げるキリルは、そんなルクスに声をかけるハーヴェイを見て、先程叫んだ声はハーヴェイだとようやく気付いた。
「え、えと、これはいったい。」
「ああ、凄いだろ、ルクスの暴走。いやー、久々にいい見物だった。」
 楽しそうにハーヴェイが笑う。
 それをルクスが少し睨んだけれど、反論する様子もキリルを放す様子もない。
「シメオンの魔法で近くの瓦礫の山が崩れたじゃないか。それで2人がいた場所が埋もれて、その瞬間ルクスが完全硬直してさ。次に動いたと思ったら物凄い速さで魔物全部撃破。オレ達が出る幕欠片もなくてさ。」
「………、おい、それじゃあもしかしてさっきの大きな音は。」
「ルクスが瓦礫どころかあの辺りの壁全部吹っ飛ばした音。」
 シグルドがため息をついて、キリルはあのしっかりとした壁を思い出し少し血の気が引いた。
「他の場所が崩れたらどうするとか、塞がれた場所は作られた入り口じゃないから他に絶対入れる場所があるはずだ、とか色々止めたけど、流石に暴走したルクスは止めるの無理だな。普段感情に走らない奴ほど切れたら怖いな。結局壁完全破壊を強行され、その後全力で走り、今にいたった、ってわけだ。」
 ハーヴェイは心底楽しそうに笑い続け、シグルドが言った事は本当だったなと、そんな事をぼんやり思った。
 ルクスはまだ飽きもせずにキリルを抱きしめている。
 無事でよかった、そんな呟きが聞こえてきた。
 姿が見えなくなって心配をかけたんだと分かった。
 けれどいつまでもこんな場所で座り込んでいるわけにもいかず、いい加減に立てよお前は、とハーヴェイがルクスをキリルから引っ張って剥がす。
 ルクスは無表情ながら少し文句を言いたそうな様子にも見えたけれどハーヴェイが気にした様子もない。
 振り返って聞こえてくる足音の方に声をかけた。
 たぶん一緒にいた仲間達だろう。
「そんじゃ、オレ達も戻るか。」
「………、そうだね、これ以上踏み込んで道に迷うのも困る。」
「強行突破した奴がよく言う。」
「………、煩い。」
 落ち着いて自分の行動を振り返れば気まずいのだろう、キリルの方を振り返りながらも視線を彷徨わせ目を合わせないままに、戻ろう、とルクスが言う。
 そうして歩き出すその珍しい様子にハーヴェイが楽しそうに笑い。
 けれど途中で思い出したように、ああ、と呟いてシグルドを見た。
「無事だな?」
 当たり前の事を確認しているような声だった。
「ああ、見ての通りだ。」
 そうしてそれに同じような声でシグルドが返した。
 心配をしているようには見えないけれど、心配をしていなかったようにも見えない。
 ただ、戻ってきた事を確認しているような言葉を交わして、お互い顔を見合わせて笑う。
 たぶんこんなの、この2人には離れたうちに入らないんだろうなと思った。
 2人はもっと近い場所にいて、隣にいるのも戻ってくるのも、とても当たり前で。
 たぶんきっと、ずっとずっと一緒にいる事は、疑いようもなく当たり前の事なのだろう。
「おい、キリル、どうした?」
 ハーヴェイに声をかけられて顔を上げる。
「あ…、えと、その…。」
「なんだ?」
「ぼ、ボク、頑張りますから!」
 訳が分からないままにキリルはそう叫び、先を行くルクスを追って走り出した。
 その様子にハーヴェイはもちろん意味が分からないといった表情をしたけれど。
 シグルドだけは楽しそうに笑った。
「何の話だ?」
 キリルとシグルドの様子にハーヴェイは首を傾げる。
 けれど、これまでの会話を思い返してみれば素直に説明する気にはなれない言葉が多くて。
「秘密だ。」
 ハーヴェイの言葉にそう答え、納得のいかなさそうな様子は放ってシグルドは追ってきた仲間達の姿に手を振った。










END





 


2007.03.30

シグルドが1番何を考えているのか分からなかったので考えてみようと思い
でも結局よく分からなくて失敗しました…orz(うーわー)
お互い大好きなんだと思います、一緒にいるのがとても当たり前のように感じているんだとも思います
でもいなくなってもある程度ならなら気にしなさそうにも思います、所在さえ分かればそれでいいやって感じに思います
そんな、感じ…なんですが……、書いててよく分からない2人組みになってきました……、勉強します…





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