海の上で






 あれ、と。
 心の中でハーヴェイが呟いたのは、遠くでマストを見上げているルクスの姿を見つけた時だった。
 ルクスが甲板に立ち、帆を見上げている。
 別におかしい光景ではないのだけれど。
 ハーヴェイもルクスの視線の先に目を向けてみたが、特におかしい箇所はないので、まずそこが不思議に思い。
 次にルクスのすぐ傍に男が1人立っていて、困ったようにルクスと帆とを交互に見ている、その挙動不審さも不思議だった。
 男はルクスに声をかけようとしては止めて帆を見上げて、暫くしたらまたルクスに声をかけようとしてみたがやっぱり止めて、その繰り返しだ。
 どうしようか、とほんの一瞬考えて。
 よし暇だし暫く見物しよう、とハーヴェイは結論を出した。
 何度ハーヴェイが見上げても、帆には何も異常はない。
 そうしてルクスは男の様子を欠片も気にしていない。
 ルクスの様子からして、特に困った事が起きている様子はない。
 男が1人困っているが、名前も知らない見張りらしき男を態々助けてやる気は、今のところならない。
 放っておいても何も問題はないだろというのが結論だった。
 そうして暇だから見物しようと思った。
 暇な理由は、現在がとても平和な航海中という事もあるが、何故か片割れの姿が見つからないからという理由もある。
 片割れがいないというのは意外と暇なもので。
 けれどだからといって積極的に探す気もない。
 だから今はただルクスの行動を眺める。
 暫くの間眺めていれば、1つの問題点に気付いた。
「………、あいつ、何やってんだ?」
 暇だからと眺めてはみたものの、基本的にルクスの動きは少ない。
 傍にいる男は落ち着きなく動いているが、その動き自体は面白いものの、別にハーヴェイはその見張りにこれといった興味はない。
 目標としているルクスは本当に動かない。
 髪が風に揺れ、時折瞬きをする。
 以上がハーヴェイからの距離で見て取れるルクスの動きだ。
 これは結局つまらないな、と頭の片隅で思ったそのタイミングで、今まで動きらしい動きのなかったルクスが後ろを振り返った。
 見張りも、まるで戦場で助けがきたような様子で、ルクスと同じ方向を見て心底安心した様子を見せた。
 多分キリルがきたのだろうな、と思えば。
 思った通りにキリルがルクスの所へと駆け寄ってきた。
 あまりにも分かりやすいから、ついハーヴェイは笑ってしまった。
 その間にキリルは見張りの男と何かを話し始める。
 キリルが何かを説明して、男は困惑したように首を横に振ってキリルの言葉を拒否している。
 何を話しているのかは全く聞こえない。
 とりあえずそんな様子だけを眺めていれば、多分ルクスが何かを言った。
 男はびくりと肩を竦ませ、申し訳なさそうに頭を下げて船内に戻っていった。
 何が起きているのかは分からないが。
 結構動きだけを見ているというのも面白いな、と。
 キリルが合流した事で動きを見せるようになったその様子を引き続き眺める。
 ルクスがキリルに声をかければ、キリルは頷いて手に持っていた物を広げた。
 大きな布だ。
 シーツか何かだろうか。
 そんな物を持ってきてどうするのだろうか不思議に思ったが、ルクスは納得したように頷いている。
 そうしてもう1度帆を見上げた。
 キリルが笑って何かを言った。
 ルクスは珍しくキリルの言葉に首を横に振ってキリルに何かを言う。
 キリルも珍しくルクスの言葉に首を横に振ってまた何かを言った。
 けれどまたルクスは首を横に振って、延々とお互いに引かない何かの話し合いが続けられる。
 そうしてお互いに笑顔が消え、何だか必死そうな様子へと変わっていく。
 周りの人達が驚いたような視線を向けた。
 ハーヴェイも驚いた。
 どちらかといえばお互いに主張は少なく、相手の意見ばかりを尊重するような2人が。
 お互いに全く引かずに喧嘩腰になって話をしている。
 随分と珍しい事なのだが。
 時折起こるこの議論の原因は、いつも1つきり。
 面倒そうな事や相手にやらすには申し訳ない事を、お互い自分が引き受けるといって退かない時だ。
 ある意味ただの痴話喧嘩に近い。
 だが一応現リーダーと元軍主の喧嘩だ。
 放っておいて周りに良い影響を与えるとは思わない。
 そうしてこんな時の2人に割って入れる人は、ごく限られている。
 ハーヴェイは深々とため息をついて、仕方なさそうに見物人である事を終わりにした。
「だから、ボクで大丈夫だってば。ルクスが態々そんな事をしなくていいよ。」
「それはキミの方こそ。ボクがやるから、貸して。」
「ダメだよ、ボクが。」
「ダメ。」
 ハーヴェイが近寄ってきた事にも気付かずに、案の定思っていた通りの会話を繰り広げている2人。
 まず大きなため息をつき、そうして次に大きく息を吸って。
「いい加減にしろ、お前ら!」
 大声で叫べば、2人は面白い程に驚いた様子でハーヴェイへと勢いよく顔を向ける。
 そうして周りはハーヴェイの登場に安心して自分の仕事へと戻っていった。
「あ…、ハーヴェイさん。」
「何やってんだ、こんな所で喧嘩なんて。仮にもリーダーだろうが。」
「すみません…。」
「お前も乗るな。」
「………、ごめん。」
 自分に非があると理解しているのでルクスは素直に謝り。
 そうして、キリルと2人で端と端を掴んで離さない大きな布を、少しの間見つめる。
 キリルもルクスの視線を追うように布に目を落として。
 ああ、とキリルが納得したように声を上げれば、うん、とルクスが頷いた。
 ハーヴェイが訳も分からずに首を傾げれば、大きな布を2人揃ってハーヴェイに押し付けてきた。
「………、は?」
 これをどうしろと、と表情で訴えれば。
 ルクスがずっと見上げていた場所を指した。
 一瞬本気で、マストが破れてこの布で応急処置でもしろと言っているのか、と思ったが残念ながら近くに来てもそんな箇所は見当たらない。
 だいたい破れていたら今頃大騒ぎだ。
 帆柱にも損傷はなく、やっぱりそんな事が起きたら大騒ぎで、そして布なんか何の意味もない。
 他はなんだ、と思えば。
 後は目に付くのは、この船で1番高い場所にある見張り台くらい。
「見張り。」
 見張り台を見たのと同じタイミングでルクスが言った。
 だが単語だけ言われても意味が分からない。
「は?」
「だから、見張り。」
 少し考えて、見張りにつけ、と言われているんだろうと理解した。
 けれどそんなのはハーヴェイの仕事ではない。
 キリルの仕事でもルクスの仕事でもなく、先程ルクスと一緒にいた男の仕事だ。
「おい、何でオレが見張りなんだよ。さっき一緒にいた奴見張りだろ?」
「そうだけど、彼じゃ無理。」
「何がだよ。」
「登れば分かる。」
「………、この布は。」
「登れば分かる。」
 同じ事を同じ調子で繰り返す。
 つまり、これ以上の説明をする気はない、というルクスの意思表示だ。
 キリルを見ればルクスの意見に同意するようにニコニコと笑っている。
 言い合っていても仕方がないと早々に諦め、ハーヴェイは大人しく見張り台へと登った。
 ボーっとしているのも見張りも、どの道退屈だ。
 これで見張り台には何もなく2人がただ役目を押し付けただけだったら早々に降りてやろう、そう思いながら登れば。
 青い空と海が広がる景色の前に。
 いないと思っていた片割れの姿が見えた。
「………、シグルド?」
 間の抜けた声で呼んでみたが返事はない。
 見張り台の中で座り込み、目を閉じている。
 どう考えても、これは眠っていた。
「また…、なんつー場所で…。」
 何故シグルドがこんな場所で寝ているのかは分からない。
 ただ、見張りの男とルクスが揃って見上げていたのは、帆でも帆柱でもなく、シグルドのいる見張り台で。
 シグルドのせいで男は仕事が出来なかったのだろう。
 声をかけても起きなかったのか、ただ単に男が声をかける事が出来ず通りかかったルクスとキリルに助けを求めたのか。
 おそらく後者だろう。
 そうして見張りの男は船に戻し、傍にいてもお互いに気を遣う事のないルクスかキリルが見張りを代わり、シグルドは起きるまで寝かせておこうという話になって、どっちが見張りにつくか、を言い争っていた。
 渡された大きな布はシグルドの為の光と風除け。
 ばさりと布を被せて、今日何度目かのため息をつく。
 思う事は色々あるし。
 見張りは本当に暇としかハーヴェイには思えないのだけれど。
 特に何かあったわけでもない、本当にただ暢気に寝ているだけの片割れの姿に、なんだか無性に笑えてしまった。
「仕方ない。相棒の問題だから肩代わりしてやるか。」
 また暇な時間に逆戻りだな、と思いながらも。
 ほんの少し楽しい気分になったのを感じながら、現状を理解した事を下の2人へと手を振って伝えて。
 とりあえず今は1人で、そのうち起きたら2人で、障害物も何もない青い空と海をただ眺めた。










END





 


2008.07.30

本当は最初寝ていたのはハーヴェイだったんですが、いつもそんな役回りなんで、たまには交代
シグルドは、物凄くしっかりしたイメージがあるのですが、同時にうっかりしているイメージがあるので
今回は意味不明な行動でうっかり、みたいな…(結構苦しい自覚はあります)
最近とても幻水4とラプソディアをやり直したいです、現在の状況でやったら、もう本当にこの4人が楽しそうで





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