海の上で
今日も海原は穏やかに船を運ぶ。 周りには何もない、ただ海鳥達と時々驚いたように飛び跳ねる魚達、そして見渡す限りの青の水面のみ。 最近はずっとこの光景ばかりを目にしている。 中にいてもここの所散々手にしてきたカードとまた睨めっこに励むか、部屋で大人しくしているか。 シグルドも初めはいつもは出来ない事と読書に没頭していたが、どうやら早々に没頭するものが尽きてしまったようだ。 ハーヴェイに至っては部屋でする事と言えば寝る事くらいなので没頭も何もない。 普段から忙しく休みもろくになく「休みたい、休暇が欲しい」と言っている人間に突然ポッカリ休暇を与えると、 一体何をしていいか分からなくなってしまい結局暇を持て余してしまう事がよくあるという。 それと全く同じ現象だろう。 「…………暇だな」 「そうだな」 どちらからともなく呟かれた声は甲高い海鳥の鳴き声に意とも簡単にかき消されてしまう。 見張り当番でもないのにふたり外に出て縁に頬杖をつきながら、どこまでも変わらない青をひたすら眺めていた。 「あーあ、何か起きねぇかなー」 「不謹慎だぞ」 「分かってるけどさー」 誰しも望む平穏な日々。 人並みに願ってはいるものの、海賊に身を置く以上平穏だけではそれ自体成り立たないのもまた事実。 それではただの船乗りなのだ。 下を向けば船に叩きつけられるように上がる飛沫に船が進んでいる事が分かるが、上を向いてしまえば雲ひとつない爽やかな空色。 まるで海の真中に立ち止っているような錯覚に陥ってしまう。 船が波に揺れてさえいなければ誰もがそう感じているだろう。 間の抜けた顔でぽかんと海と空の栄目辺りを眺めていたハーヴェイは それらに捕らわれそうになっている己に気付き慌てて大きく頭を振り回す。 このままでは知らず知らずのうちに腐っていってしまう。 この状況にとうとう痺れを切らしたハーヴェイは、 する事がないのなら自ら適当に行動してみようと思い立ち、同じように隣でぼーっとしているシグルドに視線を向ける。 そして何気なく手を伸ばして肩に触れてみた。 シグルドは自分の肩に突然触れたものを一瞬だけ確認するが、すぐにまた視線を前方へと戻してしまう。 そのままにしていても害はないと判断したのか、それとも動くのを面倒に感じたのか。 何にせよ拒まれなかったのをいい事に、ハーヴェイの手はゆっくりと肩から移動を始める。 撫でるようにラインを伝い、首筋、耳朶、そして顎と頬。 ここまできてようやく眉を寄せたシグルドはハーヴェイの手をはらった。 「いい加減にしろ」 「ここまで放っておいたくせに」 小さく笑いながら素直に手を離したハーヴェイは、また視線を海原へと向ける。 呆れたように溜息をついたシグルドもそれ以上何かを言う気はないようで、相変わらず代わり映えのない風景へと戻っていく。 波の音と海鳥の鳴き声が今の全ての音。 何をするでもなく、ただ頬杖をつきながらそれを右から左へと流していく。 変わらぬ目の前の風景の、せめて色が変化するにはあとどれくらい時間が必要なのか――――――――――。 「暇だな」 「そうだな」 「…………まあ少しくらいなら何かあっても、いいかもな」 「やっぱそうだよなー」 穏やかな海にゆったりと運ばれる船。 ふと視線を交わしあい、ふたり苦笑いを浮かべた。 END2007.10.28 NOVEL