訓練場






「なあ、これから訓練付き合ってくれねぇか?」


少ないなどとは間違っても言えない目の前に置かれた朝の食事を豪快に口内へと納めながら、
ハーヴェイは今日一日何をして過ごそうかと考える。
仕事がない時の海賊なんて結構暇で気ままなものだ。
しかしただ無駄に時間を使うのは非常に勿体無い。
有効活用出来る過ごし方はないものかと口を忙しなく動かしながら考えていると、自然とその結論にまで達していた。
ひとりで黙々と訓練をするのは嫌いではない。
だが今日はたまたま同じような事を考えているであろう人間が隣でゆっくりと食事をしている。
視線だけを隣に向け、ハーヴェイは迷わずそう切り出した。


「……俺がか?」
「あのな、この状況でお前以外誰がいるんだよ」


視線と声とを同時に投げかけられたシグルドは食事を口まで運ぶ手を止め、やはり視線だけを隣へ向ける。
思えばふたり同じ船、同じ頭領の下過ごし始めてから結構な時間が経ったが『訓練』という形で手合わせをした事はなかった。
シグルドが一味に加わる前、こうして隣で食事をする間柄になる未来など全く想像も出来なかった頃には
訓練などではなく本気で相手を倒す事だけを考えて会う度に刃を交えたものだが、それも今では酒の肴でしかない。
互いの実力は嫌というほどよく分かっている。
敵として交戦した事でも、味方として共に数々の場を駆け抜けてきた事でも。
そうだ。
ひとりで腕を磨くのもいいが、こんなにもいい相手が傍にいるのだから共に腕を磨けばいいじゃないか。
今まで何故そうしてこなかったのか疑問すら浮かんでくる。

シグルドは自らの問いに返ってきたハーヴェイの最もな言葉に軽く頷き、そして眉を寄せしばし考える素振りを見せた後、
キッパリとこう口にした。


「断る」


ハムの乗ったパンに大口を開けて齧り付いていたハーヴェイの動きがピタッと止まる。
それもそのばず。
今の今までそれとは間逆の答えが返ってくるものだと勝手に思い込んでいたのだから。
相手の了承を得た状態ではなかったが、
ハーヴェイの中ではもう既に『これからシグルドと訓練する』という方向で本日の予定が練り上がりつつあった。
それは断られる原因が全く思いつかなかった事と、気付けばふたりセットで扱われる事に慣れてしまったせいもあるだろう。
しかし突然の誘いだったとは言えこうもあっさり断られるのはどうも釈然としない。
一旦掴んでいたパンを皿へと戻し、眉を寄せながらシグルドに向かって身を乗り出す。


「は? 何でだよ」
「良く考えろ、俺の武器は飛び道具だ。お前の剣とでどう共に訓練しろと?」


コップの中の水をゆっくりと喉へと流し込みながらシグルドが淡々と断りの理由を告げると、
ハーヴェイもまた先ほどのシグルドと同じように眉を寄せ、そして唇をへの字にしながら唸り始めた。
飛び道具と剣。
確かにふたりの持つ武器は異なる物で、それぞれに合った訓練方法がある事も武器を扱う者として当然理解している。
ゆえにシグルドが言いたい事もよく分かる。
何せこうも特徴も役割も違う武器なのだ、同時に磨きをかけるには無理があるのかもしれない。
それに本人達の問題もある。
たまにシグルドが剣を持つ事もあるがそれは本当に稀であり、ハーヴェイに至っては飛び道具など手にした例がない。
それに必要もなかった。
武器にもそれぞれ特徴や役割があるように、使う人間もまたそれぞれ役割や性質というものがある。
ふたりセットで扱われている今、相手の足りない部分を補う意味でそれはより強いものとなっている。
愛用の武器だけで十分己の役割を果せるのだ。
それでも折角思いついたのだ、この機会を潰してしまうのも惜しいという気持ちがハーヴェイの中に強く残る。
しばし身体をテーブルに乗せるようにしながら唸っていると、
突然いい事を思いついたとだらしなく垂れ下がっていたハーヴェイの身体が勢い良く持ち上げられた。


「あ、じゃあ交互にすればいいじゃん。まず俺がお前の武器から剣を使って素早くキレよく身を守る訓練をするからさ」
「なら俺の時はお前が的になってくれるのか?」
「…………」


しかしシグルドの攻撃に呆気なく撃沈し、再び身体をテーブルの上へと戻していく。
飛び道具というものはどうしても数に限りがある。
一々使った物を戦闘終了後に拾ってくる訳にもいかない。
如何にして時間をかけず、武器も浪費せずに相手を仕留めるかでかなり変わってくるもの。
いくらそれまで優位であったとしても手持ちのそれがなくなれば当然危機的状況へと一転するし、
浪費した分のそれを十分な数補充するという作業も怠る訳にはいかない。
ふたり組んでいる時ならばシグルドが先制攻撃を仕掛け相手を怯ませた隙に
ハーヴェイが一気に間合いを詰めて仕留めるという方法を用いても問題はないが、
ひとりだったり、ふたりでも相手の数が多かったりした場合は個々で対応する必要が当然出てくる。
ゆえにシグルドの訓練方法は至ってシンプル、如何にして一撃で狙った場所へ命中させていくか。
どうしても一緒にと言うのならハーヴェイは大人しくシグルドの的となり、
いざという時の為に防弾チョッキでも着て容赦なく飛び交う武器から逃げ回るしかないという事だ。
他の物を的としてハーヴェイが持って逃げ回るという訓練もいいかもしれないが、当たり所が良ければ貫通など簡単な事。
結局我が身を的にしているのと同じ事である。
そんな役目、一体誰が好き好んで引き受けるというのだろう。
ハーヴェイは何事かをブツブツ口にしながらテーブルに顎を乗せ唇を尖らせたまま、まるで子供のように拗ね始めてしまう。
もしかしたら面倒だからと適当な理由をつけて遠まわしに断られているのかもしれない。
だったらそんな回りくどい言い方などしないで一刀両断してくれた方がまだマシというもの。
時折シグルドに非難の視線を向けながら、そんな事を恨みがましく繰り返し繰り返しハーヴェイが唱えていると
そんなんじゃないと口にしながらシグルドから大きな溜息が吐き出された。


「……まあ武器を使わない訓練になら付き合ってもいいが」


これ以上変に恨まれてはかなわないし、隣でいつまでもウジウジされていては困る。
見かねたシグルドは一瞬ハーヴェイに視線を落とした後ポツリと呟いた。
それまで青菜に塩であったハーヴェイがその小さな声にピクリと反応し、身体を起こす。


「何だそれ、一体どんな訓練だよ」
「体力づくり」
「は?」


しかし返ってきた答えはハーヴェイが素っ頓狂な声を上げるのに十分な威力を持ったものであり、
そしてシグルドにとっては面白いくらい予想通りの反応が見られ、この言葉を選んで良かったと満足させるもの。
ハーヴェイに気付かれないようシグルドは口元に小さな笑みを作ると、残った水を一気に飲み干した。


「そうだな、ひとまず船の掃除から」
「はあ!? ちょ、待てよ、体力づくりってそれ訓練っつうより鍛錬じゃねぇかよ!」
「不満か? だったら訓練繋がりという事で訓練場の拭き掃除から始めるか。体力づくりなので勿論モップはなしで」
「何だよそれ、結局ただの掃除だろッ!? 訓練でも何でもないじゃんかよ!」
「そんな事はないぞ。体力づくりを馬鹿にするな、ついでに船も綺麗になるし一石二鳥じゃないか」
「そんなのただの屁理屈だ! 横暴だ!」


喚くハーヴェイを慣れたように扱いながらシグルドはゆっくりと立ち上がり、食器を戻す為にトレイを両手で掴んで席を離れる。
ハーヴェイも椅子を鳴らしながら立ち上がると片手でトレイを鷲掴み、
次々と文句を吐き出す口はそのまますぐにシグルドの背中を追いかけた。



その後、喚き散らすハーヴェイと淡々とそれをかわすシグルドが訓練場付近で目撃される事になる。
それぞれ手には水の入ったバケツと雑巾を持って――――――――――。










END





 

2007.04.24 お題の使い方が少々無理矢理な気もしますが、それは気にしない方向でひとつ宜しくお願いします…(ぺこり ハーヴェイは出来ても、シグルドの訓練風景というものがあまり想像出来ないという事にこれを書いてる最中気付きました。 なので思いっきり妄想を織り交ぜつつ。 時々こうして大掃除的な事でもしてたら面白いかなと勝手に思ってます。 NOVEL