訓練場






「戦争の時に乗っていた船に変な部屋があってさ。」
「………、え?」
 射抜くような強さを向けていた金色の瞳が、突然のハーヴェイの言葉にきょとんと不思議そうな様子を見せた。
 間近に見える綺麗な色彩を持つ瞳の分かりやすい変化にハーヴェイは少しだけ笑う。
「訓練場として使われてたけど、どういう仕組みになってんだか、何をしても全然壊れなくてさ。」
「へー…。」
「ルクスが罰の紋章使っても大丈夫な部屋が船の中の、しかも1番底にあんの。凄いだろ?」
「はい!」
 今度は瞳だけでなく表情全部で好奇心で一杯だという様子を教えてくれる。
 幼さの残る青年の、そんな素直さが好きだな、とハーヴェイは思った。
 けれどそろそろ腕にかかる力を無視しきれなくなり、キリルの武器をこれ以上は受け止めていられないと判断し、何とかその攻撃を流して後ろに下がった。
 言葉も性格も年齢より幼い雰囲気を残すのに、戦いに関しては年相応どころかそれ以上だ。
 キリルの武器は彼の背丈程の大きさでそれなりに重量がある。
 それに振り回す勢いとキリルの力が加わると本当に怖い程の威力になる。
 本気でハーヴェイを押し切ろうとしたキリルの攻撃を少しの間受け止めていたが、それだけで腕が少し痺れた。
 誤魔化すように痺れた右の手首を振る。
「でも、急にどうしました?」
 不思議そうに聞きながらもキリルは武器を構えなおす。
 ハーヴェイは腕に痺れを感じたのに、キリルの方はまだ全然余裕がありそうな様子だ。
 真正面からまともにやりあうのが得策ではない相手だよな、とハーヴェイは改めて思った。
「いや、今は本気でやりあうには船を降りて外に出なきゃなんねーから、あれは便利だったなって思ってさ。」
「確かにあったら便利ですね。やっぱり甲板を借りてやるのも邪魔になりますし、壊すと悪いですから気を使いますし。」
「今度見せてもらえよ。火の紋章使っても燃えないからさ。」
「機会があったら見たいですね。」
 言うと同時に向かってくるキリルに、まだ少し腕が痺れると思いながらハーヴェイも剣を構える。
 今まで色々な相手と戦って、戦争も戦い抜いて無事に生き残って、ハーヴェイとしては自分はそれなりに強いという自信がある。
 それでも出来ればキリルは敵に回したくない相手だと思う。
 重い武器を持っているから動きが鈍いかと思えばそうでもなく、いつもはどこか幼さが見える表情ばかりをしているのに、こんな時ばかりは金色の瞳が強い力を持っているから、本当に射貫かれるようでいっそ痛い。
 年下相手にそんな事を思うのはキリルが2人目で。
 初めてそう思った相手は、何度か武器を重ねて1度距離をとったハーヴェイを代わるようにしてキリルに向かった。
 途端にキリルが、うわっ、という声を上げる。
「ルクス、そういうわけだから今度見せてやれよ。」
「別にあれはボクの物じゃない。」
「でもあれの主はお前だし、キリルだって見たいだろ?」
「あ、う、うん、機会があったら、見たい、かな!」
 一応返事はあるが、随分余裕のない声だった。
 ルクスの両手にある双剣の攻撃を受け止めるのに精一杯なのだろう。
 重量のある武器を持っていても動きは鈍らないが、それでもやはり速さのある攻撃は苦手らしい。
 けれど普段の戦いでは苦手なんだとそう思わせる様子をキリルは見せない。
 つまりはルクスが速すぎるのだろう。
 遠慮なく重ねられる攻撃はハーヴェイだって長く耐え切れるものでもなく、あの大振りの武器で耐えているキリルにはいっそ感心できた。
「じゃあ、今度頼んでおく。」
「うん…っ!」
「分かった。………、もう少しいける?」
「いや、もう無理!」
「キリル君なら平気だと思うけど…、ハーヴェイ。」
「任せとけ!」
「わーっ、ちょ、本当に無理だって!」
 ルクスが速度を上げるのも、それにハーヴェイが加わるのも、どちらにしたって耐え切れるものでもない。
 キリルが慌てれば、その後ろからナイフが1つ、ちょうどルクスが踏み込もうとした場所に刺さり、ルクスの動きが一瞬止まる。
 次に投げられたナイフはハーヴェイの利き腕を狙っていたので、それを避ける為にハーヴェイからの攻撃が止まり。
 その隙を見て2人の剣を弾くように大きく武器を振る。
 ルクスは何とか後ろに下がって避ける事が出来たが、まともに受けたハーヴェイが耐え切れずに後ろに倒れた。
「た…、助かりました。」
「いえ。こちらこそすみません。どうもタイミングが…というか…。」
「あー…、まあ、シグルドさんだけですからね、遠距離武器。」
 困ったようにナイフを見るシグルドにキリルは苦笑した。
 近距離武器の3人はお互いの武器を重ねて攻撃を続ける事で十分に訓練になるが、シグルドはもう当てるしかない。
 でもまさか本気で今現在相手になっているルクスとハーヴェイに当てるわけにもいかない。
 いくら全員が訓練用の物ではなくそれぞれが愛用している武器を握り、ある程度の怪我は覚悟の上だとしても。
「すみません…、ボクが多人数での訓練をしたいと言い出したばかりに…。」
「あ、いえ、これはこれで十分訓練にはなりますから。そんなに落ち込まないでください。」
「そうだぞキリル。結局そいつは狙った場所に当たればいいんだし。」
「随分適当な言い方だな…。」
「ルクスには威嚇だったのにオレには本気で当てにかかってきた奴の言い分なんか聞くか!」
「お前なら多少当たったところでどうにでもなるだろう。」
「この野郎…っ!」
 シグルドに向かおうとしたハーヴェイの前にキリルが割り込む。
 傍から見れば喧嘩を始めそうな2人を止めに入ったような感じだ。
 けれど今は訓練の最中。
 じゃんけんの結果シグルドと組になったキリルは、遠距離攻撃のシグルドが戦いやすいようにある程度の距離を作っておく役目がある。
 ただその役目を真面目に実行しているだけだ。
「キリル様、そのまま続けてください。」
「はい!」
 向かってくるキリルにハーヴェイが舌打ちする。
 本当に真正面からやりあうべき相手じゃない。
 2人とも真っ向から勝負するタイプで、そうなるとどうしてもキリルの方が有利になる。
 それが何だか苛立たしいが、更に苛立つ原因はキリルの後ろにいるシグルドだ。
 ハーヴェイが下がろうとした瞬間、ちょうどその場所にナイフを投げる。
 慌ててそれを避ければ、続けてその動きも予測していたようにシグルドは迷いなく攻撃を続ける。
 どうしようもなくやりにくい。
「お前…っ、本当にやりにくい奴だな!!」
「その言葉、そっくりそのまま2年前のお前に返す。」
「何で2年前なんだよ!」
 シグルドがヴハーヴェイの動きを予測できるなら、その逆も可能なのだけれど、けれど今はハーヴェイにとってはキリルが邪魔だ。
 ルクスがキリルを相手にするか、そうでもなければシグルドを止めてくれればいいのに、とハーヴェイは思った。
 それと同時にキリルの意識が一瞬ハーヴェイから逸れる。
 あ、とキリルが声を上げながら目で追ったのはルクス。
 その声を気に止めた様子もなくルクスは真っ直ぐにシグルドに向かった。
 シグルドがその動きを止めようとナイフを投げるが、全て弾かれた。
 振り下ろされた双剣をギリギリで避けるが、きっとそんなに長くは続かない。
 ナイフを構えようにもここまで近接されてしまっては威嚇もあまり意味はなく、かといって本気で当てるわけにもいかない。
 目で追うのも大変な双剣を何とか避けながらルクスの腕や肩を、突き刺すのではなく掠めるように狙うが、やはりその程度の威嚇は意味がない。
 キリルは慌てたようにルクスを止めに入ろうとしたが、すぐにその場に踏み止まる。
 すぐにハーヴェイに意識を戻したかと思えば、勢いよく回転させた武器がハーヴェイの剣とぶつかり、その強さに耐え切れなくてハーヴェイの手から剣が弾き飛ばされた。
 その後ろでシグルドの攻撃を避け続けたルクスが目の前まで踏み込む。
 キリルがハーヴェイの、ルクスがシグルドの、喉元にお互いの武器を突きつけたのは、ほぼ同時だった。
「どっち?」
 あれだけ動いていながら息1つ乱していないルクスが静かな声で聞いた。
 ルクスとキリルはお互い背を向けているから後ろの動きは見えなかったが、ハーヴェイとシグルドは向き合う形でいたので、視界の片隅にほんの少しだけ相手の戦いの様子が見えていた。
 1度確認するようにハーヴェイとシグルドは視線を合わせ、それから申し訳なさそうにシグルドが手を上げた。
「すみませんキリル様、ルクス様の方が若干早かったです。」
 じゃんけんで決めた組のどちらかが致命傷になる場所に武器を突きつけられた瞬間、その組の方の負け。
 4人で訓練しようと言い出したキリルの提案に頷いた結果に出来たゲームのようなルールだ。
「あ、いえ、ボクこそ。ルクスを止めきれなくてすみません。」
「ルクス様を止めるなんて、オレとハーヴェイでも無理ですから、そんな顔しないでください。」
 そのままシグルドは時折傍観していた時の事をキリルに話し始め、それをキリルは真剣に聞いた。
 ルクスも時折後ろに下がって見る事に徹していた時がある。
 ハーヴェイの方に歩み寄って来るルクスからもとりあえず言葉はあったが。
「遅い。」
 ルクスから細かいアドバイスがあるわけもない、相手がハーヴェイならなおさらだ。
 短く終わってしまった言葉にハーヴェイは乱暴に頭を掻く。
「それと。」
 けれどそれだけで終わるかと思った言葉は珍しくも続いた。
「もう少し感謝した方がいい。援護しにくいから。」
「………、は?」
 何が言いたいのかよく分からなくてそんな間の抜けた声を出したが、ルクスの方は言いたい事は全部言った様子だ。
 それ以上言葉を続ける様子もなく、ルクスの名を呼ぶキリルを振り返った。
 今度はルクスとキリルで決着をつけようという提案だった。
 組を変えるという提案もしたそうだが、シグルドが少し休むと言ったようですぐに組を変えて訓練の再開は諦めたらしい。
 ある程度当てるつもりのルクスの攻撃を避け続ければ、確かに疲れるだろう。
 ハーヴェイとしても先程のキリルの攻撃で武器を弾かれ、初めの攻撃の時よりも痺れが強いから少し休みたいという気分は同じだった。
 キリルの提案に頷くルクスを見て、その2人から少し離れた場所に座っているシグルドの所にハーヴェイも移動した。
 隣に座ろうと思ったがやめて。
 背中を合わせるように後ろに座り、それからわざと体重をかけるようにシグルドの背中に寄りかかった。
 重い、という文句がシグルドから聞こえたがハーヴェイは無視をした。
 そうして何気なくシグルドに寄りかかったまま顔だけを後ろに向けてルクスとキリルの様子を見れば、2人はお互いに武器を真っ直ぐに向けて剣先を軽く合わせていた。
 始めるよ、とルクスが言えば、うん、とキリルが頷く。
 1度軽くお互いの武器を重ねて音を立て、それを合図に次は本気でお互いに武器を向ける。
 先程まで自分達も混じってやっていた事だが、傍から見ると物騒だな、とシグルドが言った。
 確かに、とハーヴェイも頷いて顔を前に戻す。
「さっきルクスにさ、感謝した方がいい援護がしにくいから、って言われたんだけど、意味分かるか?」
「確かにお前の援護はやりにくいな。お前は考えるより先に直感で動くから、オレも最初はそう思った。」
「ああ、そういう意味か。だからお前に感謝しろって。」
「今更感謝されても気持ち悪いがな。」
 嫌味というよりは本気でそう思っているのだろう。
 ルクスとキリルの様子を見ながらのシグルドの言葉に、文句を返すよりも先にハーヴェイは納得してしまった。
 最初の頃は何も知らない者同士、随分とやりにくい思いをした。
 けれど時間が経てばシグルドがハーヴェイを援護し、そのシグルドに相手を近寄らせないようにハーヴェイが動くのは、当たり前になった。
 そうなれば逆に向き合った時の方が面倒だと、過去にも思った事があるのをハーヴェイはふと思い出した。
「………、ああ、そうか。2年前って、訓練場でのあれか。」
 まだ戦争をしていた頃、ルクスが連れた3人と後は無作為で選ばれた残りの戦闘要員とで訓練が行われた部屋。
 ただ1度、ルクスがハーヴェイだけを連れ、訓練相手の1人にシグルドが選ばれた事があった。
 長く一緒にいればよく狙う場所や投げ方の癖などは分かるもので、あの時は簡単にハーヴェイが距離を縮めてシグルドを黙らせた。
 終わった後にシグルドは、今更お前が相手はやりにくい、と呟いていた気がする。
 ついでにルクスが、やっぱり、と呟いていたような気もする。
「ま、仕方ないな。」
「そうだな、仕方ないか。」
 だってもう手の内は全部晒してしまっている。
 だから次の行動を予測できるし、その動きを合わす事が出来る。
 武器を向け合うにはどうしようもなくやりにくい相手だが、もうそんな心配はないのだから、何もかもを理解してしまっているのは仕方がない事だ。
 これからもずっと、こんな訓練でなければ、お互い向き合って武器を向けることはない。
 ただずっと同じ方向を見ていくだけだ。
「ある意味、オレにとってはルクスよりもキリルよりも、お前が1番敵に回したくない奴で強敵なんだな。」
「敵になったらな。」
「なんねぇから、関係ないか。」
 そう言いながらハーヴェイが笑えば、つられるようにシグルドも笑った。
 同時に甲高い音が聞こえて、見ればキリルがその場に倒れる瞬間だった。
 2人の勝負の結果はいつだってルクスの勝利で終わっているから見慣れた結果だが、ルクスの腕にいくつか赤い線が見えて、最初は傷1つ与える事も出来なかったのに成長したものだとそんな事を思う。
 そろそろキリルもルクスの攻撃の癖なども分かってきたのだろう。
 2人もよく一緒に背中を合わせて戦っている。
 そのうちハーヴェイとシグルドの2人と同じようなやりにくさを感じてくるだろう。
 そう考えてハーヴェイはまた笑って立ち上がる。
 手の痺れはなくなったから、これなら剣を握れるだろう。
「おーい、お前ら。今度はいつもの組み合わせでやろうぜ!」
 それなら負けないからな、とどこからくる自信なのかきっぱりとハーヴェイが言った。
 その言葉に苦笑しながらも訂正する事はせず、仕方がないな、と言いながらシグルドも立ち上がり、まだ元気が有り余っている様子の2人の所へと向かった。










END





 


2007.09.21

ラプソディアでは訓練場がない事を、お題作る時にはすっかり忘れてました!
そしてひびきの話を読むまでそいやシグルド1人で遠距離武器という事実も微妙に見落としてました!!
全部投げ飛ばします(適当)
訓練なのに普通に武器を使うというのに物凄くときめきを感じます
ある程度の怪我は覚悟の上っていうかどうせそんな大怪我負うような失敗こいつならしないだろう、そんな信頼関係です
遠距離が近距離に距離詰められながらも応戦するという感じも大好きです
あとハーシグはお互いの背中に寄りかかって座っているイメージがあります
そんな気持ち詰め込んでみました、わけ分からなくなりました、ごめんなさい





NOVEL