これがオレの相方です






本日の目覚ましは、大きな振動と共にやってきた大きな大きな爆音だった。
あまりに突然の其れに寝ていた頭を無理に覚醒させられ勢いよく飛び上がると、
頭上に護身用として忍ばせておいたナイフを手繰り寄せ、思わず辺りをきょろきょろと見回す。
揺れている。
船ごと大きく揺れている。
部屋の真中に垂れ下がっているランプが船に合わせてゆらゆらと揺らめいていた。

海は気まぐれだ。
穏やかだった空が急に荒れ狂う事も珍しくない。
振動や揺れなど日常茶飯事だ。
そうだと分かれば「どうせいつもの事だ」と寝直す所だが、今回は雷鳴とは違う爆音付き。
明らかに外部から砲撃を受けている事が分かる。
敵襲だろうか。
ナイフを元の位置に戻し、頭を掻き毟り大きな欠伸をしながらベッドから飛び降りる。
床に適当に転がる衣類を素早く身につけ、ブーツに足を突っ込んだ。


「ったく、朝飯もまだだってのに…」


ひとり零した愚痴も、何度目かの爆音に消え行く。
相手は随分打ってきているようだ。
何がどうなってこのような事態になったのかは全く理解出来ないが、
とりあえず急いだ方がいいという事だけは分かった。
こんなに打ち込まれているのだ。
被害状況も確認しなければならない。
服とは違い丁寧にテーブルの上に置かれた愛用の剣を手に、俺は足早に部屋を後にした。










「何だ、何だぁ? 俺様の許可なく何朝っぱらから派手に始めてんだよ」
「遅いぞ。ハーヴェイ」


デッキへと続く階段を駆け上がり勢いよく扉を開けるとまたも船が波に大きく揺れる。
思わず近くの手すりに捕まると、その横からこの状況下で場違いなほど妙に冷静な声が降って来た。


「ああ、シグルド。どうなってんだよ、こりゃ」


チラッと横目で相手を見る。
この騒動に特に慌てる事もなく手すりに右手を置いてバランスを取り、
左手に持つ双眼鏡で前方を覗き込む長身の男――――――――――シグルド。
自分よりも早く此処に出て状況把握をしているであろうシグルドに説明を求めると、
そのまま無言で双眼鏡を此方に手渡してきた。
自分で確認しろと言う事か。
手渡されるがままに、先ほどまでシグルドが覗き込んでいた前方に双眼鏡を向けた。

船が在る。
砲の口が全部此方を向いている。
人の安眠の邪魔をし、何度も何度も打ち込んできていたのは間違いなくあの船だ。
しかし何故この船を狙ってくるのか、攻撃の理由がまだ分からない。
何の説明もないままに双眼鏡を預けられたという事は、見れば理由がすぐに分かるという事なのだろうとは思うが。
しばらく双眼鏡をふらふら動かしながら船を観察していたが、デッキが目に留まった途端其の動きを止めた。
正確にはデッキの上にいる人間を見て、だ。

ああ、何となく理由が読めてきた。


「……何か見覚えある奴らが騒いでんぞ」


それは数日前の事。
此方の船の進行方向に立ち塞がる迷惑な船がいた。
どうやら同業者のようだったが随分と真新しい船に全く見覚えのない顔達、
そして事もあろうにこの船に喧嘩を売ってくるという無謀以外の何者でもない行為。
海に出て間もないのであろう事が伺えた。
それにしたって無知にも程がある。
早いうちに叩きのめして自分達のした事を分からせてやろうと提案したのだが、それはこの船のボスに止められた。
若気の過ちという言葉もあるし、相手にするのも面倒だから放っておけ、と。
確かに面倒な事には変わりないと其の場は大人しく退いた。
後々自分たちが喧嘩を売った相手の偉大さを思い知るがいいと無視して通り過ぎようとする。
しかし相手はどうやら自分達の力を過信した相当の思い上がりか、相当の馬鹿だったようだ。
避けようとすれば更に其の前を、また避けようとすれば其の前を。
完全に此方を舐めて挑発してきた。
小者、いや、もはや小者以下だ。
あの時は呆れて言葉も出なかったのを覚えている。
こんな小者相手に釣られるなんて馬鹿馬鹿しいと徹底的に無視を貫いた結果。
立ちはだかる相手の船に舳先を擦らせ強制的に後退させた、という訳だ。
だって仕方ない。
船は急には止まれないし、急に針路変更する事も出来ないのだから。
此方の船は舳先が少し破損する程度で済んだが、相手の方はどうだったのか。
ベリベリベリ…と凄い音がしていたような気がしたが、小者になど興味がなかったので確認もしなかった。

ただ通り過ぎる際横目でデッキに出ていた人間の顔は、見た。
船長らしき男の余裕綽々が一瞬にして何事か大声をあげて慌てふためく。

今自分の双眼鏡に映る人間で間違いない。


「…くっだらねぇ…」


完全に読めた。
あの時の仕返しだ。
思わず本音が口をつく。
逆恨みもいい所。
相手はただの馬鹿だった。


「だからあの時完全に潰しときゃ良かったんだ」
「過ぎた事を今更どうこう言っても仕方ない」
「キカ様も出払ってるし、朝飯は食い損ねるし。今日一日始まったばっかだってのについてねぇの」
「一々文句を垂れるな。お前はキカ様がいないと船のひとつも守れないのか?」
「冗談。まだまだ寝言言う時間じゃないぜ」


向こうも双眼鏡で此方の様子を探っていたらしい。
双眼鏡を通して俺と目が合うと、大声で何かを後方に伝え片手を大きく振り回した。
其の途端、双眼鏡の中の船がどんどんと大きくなっていく。
どうやら突撃の合図だったようだ。
波の立ち方から、随分と早いスピードで此方に向かってきている事が分かった。


「おいおい、何かこっち来るぞ」
「この前の仕返しに当て逃げでもするつもりかもな」
「いや……バリバリ乗り込みの準備してるし」


それぞれの得物を高らかに掲げて雄叫びを上げている姿がよく見える。
段々頭が痛くなってきた。
あの船に利口な人間はいないのだろうか。
双眼鏡をシグルドに返しながら大きく溜息をつく。
朝から何て元気な奴等なのだろう。
そもそも仕掛けてくる時間からしておかしい。
何故動ける人間が限られてくる深夜を狙わず、人間が活動し出す朝を狙ったのだろう。
それに本当に仕返しをするつもりなら遠くからの砲撃ではなく、
此方が気付かないうちに一気に距離を詰めての奇襲作戦の方がまだ勝機もあっただろうに。
これでは迎え撃つ準備をして下さい、と言っているようなものだ。


「逃がしてくれるような雰囲気ではない、という事か」
「この期に及んで逃げる事なんか考えんなよ。いい加減うぜぇし。やられたらやりかえす、此れ常識!」
「ああ。今から旋回となると下手な砲弾でもひとつくらいは当てられそうだ」


シグルドの言葉に船をざっと見回すと、被害らしい被害は確認出来ず、皆面白そうに迫ってくる船を傍観していた。
結構な数打ち込まれていたと思ったのだが、煙のひとつも上がっていない。
全部海に落ちていたというのか。
威嚇の為にわざと外していたのか、当てたくても当たらなかったのか。
後者だとしたら逆に感心してしまう。


「とりあえず挨拶代わりに砲弾で威嚇でもしておくか?」
「どんな挨拶だよ、そりゃ。それにあんなザコ相手に勿体ねぇ、一気に突っ込むぞ! 俺達に喧嘩売った事後悔させてやる!!」


相手の船が段々と距離を縮めてくる。
顔色ひとつ変えずに恐ろしい「挨拶」を提案してくるシグルドを手の甲で軽く叩くと、
腰に提げていた剣をスラリと抜いて前に飛び出した。
他の皆も笑って傍観しているとはいえ、売られた喧嘩は喜んで買う元々血の気の多い連中の集まりだ。
ひとり行動を起こせば「俺も、俺も」と動き出す。
乗り込む為にうずうず得物を手にする者。
針路を調節する者。
突っ込んでくる相手へと向け、俺達の士気もスピードも上がり始めていた。

馬鹿の相手は面倒だ。
面倒だが、真っ向勝負となれば話は別。
大暴れするのは好きだし、もしかしたら腕の立つ人間がいるかもしれない。
わくわくしてきた。
迫りくる相手を前に乗り込むタイミングを計っていると、
ふと先ほどまで隣にあったシグルドの姿がない事に気がついた。


「…あれ」


思わず辺りを見回す。
当然自分について来ているものだと疑っていなかったから。
近頃は何かというと組まされる事が多かったのでそのせいもあるのだろう。
先ほどとほぼ同じ位置に立つ其の姿を見つけた時は、何だか少しだけ安心感を覚えた。


「何だよ、お前は行かねぇの?」
「キカ様が不在なんだ。ひとりくらい後方に残ってないとマズイだろう」


皆突っ込めば周りがすぐに見えなくなる。
そんな中、全体を見れる人間の存在というのはとても大きい。
シグルドなら素早く状況を把握し、的確に指示を出してくれるだろう。


「それに…」
「あ?」


中途半端な所で言葉を切ったシグルドに怪訝な顔を向けると、
それまで垂れ下がったままだった腕が突然素早く持ち上がった。
途端、ピッと風を切る微かな音を感じる。
一瞬何をしたのか分からなかったが、
続いて聞こえてきた向こうの船からの驚愕の声に視線を前方へと戻すと、全てに合点がいった。


「……ッ」


前にいるやたらと騒がしい人間達の間に隠れるように潜んでいた黒々とした銃口。
其れが此方に向けられている。
いや、正確には向けられていた、だ。
今まさに引き金を引こうとしていた男は驚きのあまり、完全に腰を抜かしてしまっている。
銃口の先には光を受けて銀に輝く一本のナイフが突き刺さっていた。


「全体を見渡せるとこういう事も出来る」


驚いた。
全く気付かなかった。
周りにいた連中もそうだったらしい。
皆口々に驚きや賞賛の声が上がっている。
相手も同じく、まさか気付かれるとは思っていなかったようで、それまでの馬鹿騒ぎが嘘のように静まり返ってしまっている。

どうやらこれが相手の奇襲作戦だったようだ。
意味もなく暴れ周り、この船のボスか主力の人間を見つけ出し隠れてこっそりと狙う。
突然の銃声。
倒れるボス、又は主力の人間。
あまりの事に騒然となる船。
そしてガタガタになった所を一気に叩く――――――――――そんな所だろう。

やってくれる。
俺だけだったらハマっていたかもしれない。
しかし残念だったのは、この船には血の気の多い人間ばかりではなかったという事だ。


「納得。おっしゃ、じゃあそういうのは任せた!!」


船と船とが擦りあう音。
大きな振動と共に、互いの船がゆっくりと止まる。
完全に頭に血が上っているらしい相手は、
拳銃を使う奇襲作戦を諦め面と向かっての真っ向勝負に切り替えたようだ。
向こうから怒涛の如く雪崩れ込んでくる前に、此方から仕掛ける。
こういうのは経験の差が物を言うのだ。
この船には一歩たりとも踏み入れさせない。
全員ふん縛って金目の物全部剥いで再起不能にしてやろう。
万が一気付かぬ所で侵入を許す事があったとしても、シグルドが何とかしてくれる。


何も心配する事なく自分の剣が振るえるこの状況に感謝しながら、
俺は逸る気持ちを抑える事なく、大きく一歩を踏み出した。










END





 

2006.10.01 NOVEL