貴方の力になりたいです






「ルクスの力になりたいんです」

 突然部屋を訪ねてきたと思ったら第一声がこれ。
 真剣な表情でテーブルに手を突き身を乗り出すキリルに対し、その正面に座っているハーヴェイもシグルドも思わず顔を見合わせる。
「ルクス、最近少し悩んでいるみたいで、時々上の空というか、心ここにあらずというか……とにかくいつもと違うんです。こんなのって初めてで、僕一体どうすればいいのか……ッ」
「ああ、判った。判ったからとりあえず落ち着け」
 シグルドが用意した茶入りカップを倒さんばかりの勢いで身振り手振りを加えながら説明を試みるキリルをひとまずハーヴェイが制し、完全に浮きあがった腰を椅子に落ち着けるよう促す。
 そして更に落ち着いてもらう為に、今度はシグルドが目の前に置かれている、今まさに倒れる寸前だったカップを手にし、喉を潤す事を勧めた。
 しばしの沈黙。
 キリルが二人に勧められるがままにすっと腰をおろし、茶を口に含み、深呼吸をする。
 しかしまだどこかざわついた気持ちが残るのか、飲んで深呼吸、飲んで深呼吸を何度か繰り返した。
 二人が言う通り落ち着くまで頑張るつもりなのだろう。
 素直なのはいい事だが、これはしばらく時間がかかりそうだ。
 ハーヴェイとシグルドはキリルに気づかれないよう再度顔を見合わせ、小さく、本当に小さくため息をついた。

 二人の脳裏に浮かぶのは、昨日目の当たりにした全く同じ光景。

 ―――――キリル君の力になりたい。

 そう言ってこの部屋を訪ねてきたルクスの姿だった。

 それに至った理由も「キリル君が何やら悩んでいるようだ」という、まるで示し合わせたかのような一致。
 相手が何か悩みを抱えているようなので自分が力になりたい。
 互いが互いに全く同じ事を考えているのだ。
 そう思うようになったきっかけなど、きっと非常に些細な事。
 今日の夕食は何だろうなとか、そういえば今日は掃除当番の日だったな、とか。
 そういう些細な日常を少しだけ長く考えていただけなのだ、お互いに。
 それを「悩み」と勘違いし、以降は相手の「悩み」を気にして自分が力になれないものかと考え始め、どうしたら力になれるのかと頭を抱え出し、最終的に本当の悩みへと発展させてしまった。
 始まりこそただの勘違いが生んだ架空の「悩み」だったが、今となっては勝手に積み上げたとはいえ立派な悩み。
 本当に悩んでいるのだから隣にいる人間からそう見えるのは当たり前の事で。
 相手が何か悩んでいる。
 何を悩んでいるのだろう。
 悩んでいるのなら、自分が何か力になれないだろうか。
 見事なループの出来あがりだ。
 そこから抜け出したければ直接相手と話をするのが一番だというのに、ハーヴェイとシグルドに相談しようという発想まで一致しているのだからもう笑うしかない。
 いや、キリルとルクスは本気だ。
 本気で相手の力になれないかと悩んでいる。
 笑えるのは全ての事情を把握しているハーヴェイとシグルドだけである。
 一言本音を言えば簡単に解決する問題なのに、二人揃って遠回りをしている。
 進んでいる道や目的地は同じなのに、熱心に前しか見ていないせいで肝心の相手の事が見えなくなってしまっているのだ。

 昨日はキリルまで全く同じ悩みを抱えている事を知らなかったので、ルクスにはキリルに直接聞いてみるか、聞きづらいのなら本人や周囲にそれとなく探りを入れてみるのがいいのではないか、というようなアドバイスをした。
 しかし今ならはっきりこう言える。
 話をしろ、と。
 何か悩んでいるようだけど、心配だし、君の力になりたいから話を聞かせてほしい。
 その一言だけでいい。
 それが言えれば二人を悩ませていたものが綺麗サッパリ消え、またいつも通りの笑顔に戻れる。

 キリルもルクスも本当はちゃんと判っているのだ。
 どうするのが自分達にとって一番いいのか、するべき事なのか。
 二人とも何も知らない子供ではない。
 ただ経験のない事態なので、誰かにほんの少しだけ後押しして欲しいだけなのだ。

 何度目かの深呼吸をするキリルをハーヴェイとシグルドが静かに見守る。
 本人が落ち着いたと納得が出来たら、この未熟で幼い弟分に的確なアドバイスをしてやる為に。

 ルクスには直接的と間接的、両方の方法をアドバイスしたが、キリルに対しこそこそ何かするのも隠れるのも良しとしないであろう事から、どちらの方法をとるかは目に見えている。
 ゆえにこの後キリルとルクスが顔を合わせた際の第一声は簡単に想像がつく。
 その姿を見つけ近づき、間近で顔をつき合わせて二人同時にこう言うのだ。

「君の力になりたいんだ」










END





 


2011.07.10






NOVEL