そういえば、大好きです






 食事の時間はいつだって賑やかだ。
 ある程度のばらつきはあるが、似たような時間に人が1つの場所に集まるので、いつもならば自然と賑やかになっていく。
 けれど今日の食堂は静かで妙な雰囲気だった。
 何も知らずに休みに来た人が何事かと目を丸くし、先に来ていた人に尋ねればそろりと指をさされた先にはこの船のリーダー達の姿があった。
 無言のまま示されただけなので何があったのかは分からない。
 けれどリーダー達の雰囲気で何かがあった事だけは分かった。
 尋ねた人と答えた人は無言で頷き合い、これ以上は何も聞かない方がいいと静かに食堂に来た目的を果たす事にした。
 こんな事が繰り返されているので食堂の雰囲気は不自然に重くなっていく一方。
 何とか出来るもなら何とかしたい。
 だが今までの経験からして周りが下手に手を出さない方が事態の収拾は早い、という意見が圧倒的に多数なので皆は無言でいる。
 そして手を出せる数少ない人物にそっと期待を寄せるのが最善だった。
「………、なあ…。」
「………、ああ…。」
 そんな無言の圧力を感じてハーヴェイとシグルドはそっと顔を寄せると何とも言えない気持ちでお互いの意思を確認した。
 2人の前には黙々と食事を続けるルクスとキリルがいる。
 会話らしい会話はない。
 お互いに目の前の食事だけを見つめて食べていく2人の姿は随分と珍しい。
 普段ならキリルがルクスに一体何をそんなに話す事があるのだろうかと思うくらいに話しかけ、ルクスもそんなキリルの話を楽しそうに聞きながらのんびりと食事の時間が過ぎていく。
 だが今日はそんな和やかな雰囲気などどこにもないまま時間が進んでいく。
 ハーヴェイとシグルドは自然とため息をついていた。
 一言でいえば、めんどくさい、そんな気持ちだった。
「………、キリル様。」
「………。」
「おい、キリル。」
「え…っ?あ、はい。」
 シグルドの呼びかけに何の反応も示さなかったキリルは、ハーヴェイに少し強く名前を呼ばれて慌てて顔を上げた。
 我に返ったようなその様子は、無視をしたというよりも本当に気付いていなかったようだ。
 向き合って食事をしているという距離なのに気付かないくらい何かを考え込んでいるようだ。
 どうせ碌な事でもないだろうに、と思い面倒そうに頬杖を付きながらも、ハーヴェイはシグルドに続きを促す。
 2人ともとりあえず声をかける事が目的だったので話の内容はあまり考えていなかった。
 続きを促されたシグルドは一瞬言葉に詰まったものの不自然にならないように笑みを浮かべて当たり障りのない話題を振ってみる事にした。
「すみませんが、明日からの予定をもう1度お聞きしてもよろしいですか?確認をしておきたいので。」
「明日には港に着くんだろう?」
「はい…、えっと…。」
 律儀に最初から説明を始めるキリルの声を半分ほど聞き流しながら2人はルクスとキリルの様子を窺う。
 キリルは説明をしながらも記憶違いがないか確認したいかのように時折ルクスの方へと視線を向け、けれどすぐに我に返ったように前を向く。
 ルクスはずっと先程と変わらない様子で食事を続けているように見えるものの、意識は完全にキリルへと向いているのか手の動きが遅い。
 ハーヴェイとシグルドの面倒だなという気持ちはどうしても強くなっていく。
 ルクスとキリルの様子がおかしいのは些細な喧嘩ゆえだ。
 結局何が原因だったかなんてハーヴェイもシグルドも知らない。
 ルクスとキリルも結局は何が決定的だったのかなんて覚えていないだろう。
 それくらいに本当に些細な喧嘩だった。
 今となってはこれを喧嘩と言っていいのかも分からない。
 そんな本当に小さな小さな出来事が食堂の空気をこんなにも重くさせている原因となっている。
「だいたい、こんな感じで行こうと思っています。」
 そんな事を思っていればキリルの説明は終わった。
 そして説明が終わるとキリルはそろりとルクスの方へと少しだけ視線を向ける。
「………、それでよかったよね?」
「………。うん。」
 ようやく2人は言葉を交わしたものの、それですぐに終わってしまい再び食事に戻ってしまった。
 2人とも特に怒っているという雰囲気はない。
 ただとにかく困っていて、どうしようかと悩み、隣にいる事を気まずく思っている。
 多分そんな感じなのだろう。
 きっと一言、あの時はごめんね、と言えば、こちらこそ、と返ってきて全てが終わる。
 解決方法はとても簡単だ。
 でもそのとても簡単な事に気付かないのが2人だというのをハーヴェイとシグルドが嫌という程に知っている。
 どうしようか、とハーヴェイはシグルドに視線を向けて無言のまま尋ねる。
 仕方ないよな、とシグルドは苦笑いを浮かべながら首を横に振る事で答えた。
 今日くらいは放っておこう。
 それが2人の出した答えだった。
 明日になれば港に到着して動く事が多くなる為にリーダーがこんな状態では危険だと判断するが、船にいる間くらいは放っておいてルクスもキリルも自分で考えさせた方がいいだろうと思い、周りの期待は申し訳ないと思いつつも無視をする事にした。
「明日の予定が分かってんなら、それでいい。」
 けれど完全に放っておけないのがハーヴェイとシグルドで、ハーヴェイはポツリとそれだけは伝えた。
 明日までには解決しろよ、というメッセージ。
 正確に理解したルクスとキリルは気まずそうに俯いてしまい、食事の手も完全に止まってしまった。
「………。」
 ルクスが何かを言おうとしたが、結局は俯いたまま開きかけた口を閉じる。
 ハーヴェイとシグルドが言いたい事は分かっている。
 周りの雰囲気がおかしい事も理解している。
 だが自分がどうするべきかについてルクスは必死で、それはキリルも同じだった。
 何が原因でこうなったのかはハーヴェイとシグルドが思っている通りで正直あまり覚えていない。
 キリルと些細な意見の食い違いが起きた事がきっかけだったのは覚えている。
 どちらかが引けばよかったが、でも引けなかった。
 お互いの意見を混ぜて別の意見を出せればよかったのだがそれも出来なかった。
 最終的には、もういいよ、と言ってキリルが話を切り何となくルクスの意見が通る事になった。
 ルクスは自分の意見が通ったものの何となく納得が出来ずキリルの態度に不安になり、、キリルもまるで子供が拗ねたかのように話し合いを勝手に終わらせた事が気まずかった。
 最初は話し合い。
 次は些細な口論。
 最後は気まずさ。
 ルクスとキリルの現状を簡単に説明するならきっとこうなるのだろう。
「えっとさ…、ルクス…。」
 ふとキリルが微かに震える声でルクスを呼んだ。
 考え事をしていたルクスは驚いたように勢いよく顔を上げた。
 その反応にルクスの方を見ていたキリルはびくりと肩を振るわせて再び俯く。
 続く言葉がない事にルクスは酷く残念そうな顔をして、キリルに何とか声をかけようとするものの、言葉が見つからない。
 結局また2人揃って俯いてしまう。
 本人達は一生懸命だと分かっているが、とても簡単な問題だと分かっているハーヴェイとシグルドからすれば鬱陶しいとさえ思えてしまうやり取り。
 たった一言の、ごめんね、がこんなにも出てこないものなのか。
 無言のままではあったが一緒に食堂に来て隣並んで食事をして、後はとても簡単な一言を伝えればいい、ただそれだけなのに。
 もういっそどうやって仲直りをするのか興味すら湧いてくる。
 どうしようかと一生懸命に悩み、何とか頑張って歩み寄ろうとしている様子もあるので、ハーヴェイもシグルドも何も言わないまま食事をしながら静観を続ける
 けれどそろそろハーヴェイもシグルドも食事を終えそうだ。
 ルクスとキリルは途中で手を止めてしまったので中途半端に残っている。
 2人の頭の中にはもう食事の事など残っていないのだろう、ただひたすら俯いたままどうしようかと考え続け、そうしてルクスが顔を上げた。
「キリル君。」
 落ち着いた声でルクスはキリルを呼んだ。
 ほんの少しだけ声が揺れていたような気もしたが、そんな些細な事を今のキリルが気付く筈もない。
 そろりとキリルは顔を上げ、真っ直ぐに自分を見るルクスの目を何とか受け止めた。
「………、なに?」
 ルクスは一生懸命に考えた。
 あの時は申し訳なかったという気持ちを、もう1回ゆっくりと話し合おうかと思っている事を、出来れば許してほしいという事を、どう伝えればいいのか。
 それをそのまま全部伝えればいいのだが、残念ながらそんな考えはルクスにはなく、どうやればこの気持ちを簡単に確実に伝わるのかという事を無駄な遠回りをして必死に考えた。
 これが正解だろうという答えは出ていない。
 ただ、きっと1人でずっと考えても答えは出ないんだろう、という事だけは分かった。
 だから言いたいと思った事を言おうと思い。
「大好きです。」
 酷く真面目な顔をしてルクスはキリルへそう伝えた。
 思わず頬杖をついていたハーヴェイはずるりと体勢を崩し、シグルドは呆気にとられた為に殆ど中身のなかったグラスがトレーの上に落ちた。
 他にもがくりと力が抜けたように突っ伏しそうになった人や食器を落として音を立てる人などがいたが、ルクスはキリルの事しか見ていない。
 ハーヴェイもシグルドもただただ呆れた。
 他に言うべき言葉はたくさんあった。
 間違いなくこの状況で言うべき言葉だってちゃんと存在している。
 それなのにどう考えても方向性のおかしい言葉をルクスは真顔でとても真剣に言っている。
 脱力して呆れるなと言う方が無理な話。
 だがこんなにおかしな解決法でも、今回の小さな問題は無事に解決した。
 だって大好きだと言われたキリルは驚きに目を丸くした後に顔を赤くしてルクスを凝視している。
 多分もう少し経てば恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑ってルクスに似たような言葉を伝えるのだろう。
 ハーヴェイとシグルドは顔を見合わせて、とりあえず無事に終わってよかったと思う事にしよう、と思いながら頷き合った。










END





 


2011.08.05

無意識に迷惑をかけるリーダー2人に、迷惑をかけられてうんざりしながらも付き合う海賊2人、いつまでもこれが基本





NOVEL