一緒にいてもいいですか






 キリルはたまに酷く忙しくなる時がある。
「あ、ルクス、おはよう!」
 食堂に向かおうとしていたルクスに、向かう先から来たキリルが明るく声をかけた。
 駆け寄ってきてにこりと笑うキリルにルクスも同じように笑い返す。
「おはよう、キリル君。」
「これから朝ご飯だよね。今日のスープ美味しかったよ。」
「もう食べたの?」
「うん、ちょっと急いでて。」
「手伝う事はある?」
「大丈夫。ボクの事は気にしないでルクスはゆっくり食べて。それじゃあ。」
 ほんの少しの会話の後にキリルはパタパタと忙しなく走り去ってしまった。
 その後ろ姿をぼんやりと眺め、ああそう言えば、とルクスは気付く。
 明日には少し長めだった船旅が一旦終わる。
 この時のキリルは忙しなく色々な場所を走り回っている。
 リーダーはキリルなので、それぞれの役目にそれぞれのリーダーはいるが、最終的には全ての判断がキリルの所に来る。
 そんな事はしなくても大丈夫だと思うんだけどね、とキリルは言っていたが、確認をして情報を統一しておくのは必要な事だ、と助言をしたのはルクス本人。
 律儀にそれを実行しているキリルは、最初の頃こそ不慣れな為にルクスが一緒に手伝っていたが、旅も長くなればそれも必要なくなる。
 今では忙しい時に1人で走り回っているキリルの姿が見られるようになった。
 自分が言った事を素直に覚えてくれたのはとても嬉しい。
 そう思うのだが。
 同時に何故か酷く寂しい気分も感じ、ルクスは1人首を傾げた。
 頑張っているキリルを見て嬉しくなり応援したくなるのが普通だと思うのに、なぜ寂しくならなければいけないのか。
 不思議に思いながらも、まあ気のせいか、で終わらせてルクスは朝食へ向かった。
 キリルがいない食事は久し振りだなと思いながら仲間達との時間を過ごし、そしてキリルがいないまま1日を過ごすのも久し振りだと思いながら今日の予定を考える。
 寄港が近いのなら物資補給をする為の在庫確認や予定の確認など、キリルに話が行く前の段階で船員達を手伝える事があるだろう。
 それを見つけて今日を1日過ごす。
 決定すればルクスの行動は早く、元々雑用は得意なので早々に仕事を見つけて動いていた。
 そうして暫く手伝っているうちに、廊下を歩いていたルクスはキリルの声に気付く。
 誰かと話をしている様子で、その声は随分と楽しそうだ。
 キリルに応える相手の声は高くて可愛らしい。
 そちらに用事はなかったのだが、無意識にルクスの足は声が聞こえる方へと向いていた。
 2人の姿はすぐに見つけられ、キリルとコルセリアが話をしていた。
 話をしている内容はちょうど途切れてしまったので分からないが、笑っている2人はとても楽しそうだ。
 ほんの少しだけその様子を眺めていれば、こちらに気付いたキリルが振り返った。
「あ、ルクス。」
「ルクスさん、こんにちは。」
「邪魔した?」
「そんな事ないよ。あ、そうだ。ルクスも見たよね、この間の大きなクジラ。」
「え?ああ…、うん。」
「ほらね、本当に大きかったんだよ。びっくりするくらいに。」
「そんなに大きいのなら見てみたかったです。」
「うん、見せたかった。たまには甲板に出て海を見ているのもいいよ、楽しい物が見つかったりするから。」
 穏やかに話をしているかと思えば、あ、とキリルが何かに気付いたように顔を上げる。
 コルセリアも同じように声を上げた。
 ルクスだけが分からなくて目を丸くしていれば、どうやら次の予定の合間にコルセリアと話をしていたらしい。
 ごめんね、とキリルが言って、気にしないでください、とコルセリアは首を横に振る。
「それじゃあ行くね。またね、ルクス、コルセリア。」
 手を振ってまた走り去っていくキリルをルクスはぼんやり見送った。
 姿が見えなくなってもぼんやりしていた事を心配し、コルセリアが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの…、どうしました?」
「………、いや、別に…。」
「キリルに何か用があったんですか?」
「………、ああ、そうだ。」
 ポツリと呟いた。
 キリルに用事ではなく、ルクスも別の人に用事があって向かっている最中だった。
 それを思い出して、それじゃあ、とコルセリアに告げ、よく分かっていない様子ながら頷いた少女と別れた。
 今日は似たような事がその後も続いた。
 手伝いの途中で誰かと一緒にいるキリルと会い、その度に二言三言の言葉を交わし、それじゃあと言って別れるキリルを見送る。
 何度同じ事をしただろうか。
 全く会えないなら、それはそれで仕方ないと思えたが、ほんの少しだけ言葉を交わす機会が何度も続く、それはルクスの中に何とも言えない寂しさを残した。
 今日はずっと別の事に集中して過ごしていられればよかったのに、キリルに会うたびに集中は途切れる。
 こうも何度も寂しさを感じれば、最初に感じた寂しさは気のせいではないと理解する。
 頑張っているキリルを応援したいと思う気持ちより、一緒に過ごせない自分の寂しさの方が強いのか。
 少しだけルクスは落ち込む。
 あまりにも自分勝手だと思い、こういう感情がルクスは苦手だ。
 寂しさと沈んだ気分を抱えたまま1日を過ごす。
 幸いなのはルクスのその様子が他の人には伝わりづらいという事だ。
 ハーヴェイやシグルドは何か言いたそうな素振りは見せたが、理由は分かっていたので何も言わずにため息をついていた。
 キカやフレアになどは声を出して笑われた。
 そのくらいだっただろうか。
 ルクスも自覚があるので反論なんて出来る筈がないので、大人しくその反応を受け取った。
 妙に時間が経つのを遅く感じながら、ようやく空が暗くなった頃に手伝いも終わったので部屋に戻る。
 夕食は人が少ない頃に食べに行こうと考えながら自分の部屋の前を見れば誰かが立っていた。
「………、キリル君?」
 薄暗い廊下でも見間違える相手ではない。
 ただどうしてここにいるのか不思議な気持ちのまま名前を呼べば、キリルはルクスの方を見て笑った。
「ルクス、おかえり。」
「ただいま。何か用?」
「うん。夕食まだだったら一緒にどうかなって思ったんだけど、もう済ませた?」
「まだ。」
「だったらどうかな?あ、でも、部屋に戻ってきたならまだのつもりだったかな?」
「そのつもりだったけど行くよ。」
「大丈夫?」
「特に理由はなかったから。」
「そっか。それじゃあ行こう。」
 キリルがルクスの手を握って歩き出す。
 その手を何となくルクスは握り返した。
 思いの外その力が強くなり、驚いたようにキリルが振り返る。
 足を止めて、どうしたの、と不思議そうに尋ねられてルクスは言葉を詰まらせた。
 寂しかった、と言うのは流石に憚られる。
 彼は頑張っていたのに水を差すような真似はしたくない。
 何でもない、というのはいくらなんでも不自然だ。
 言ったところでキリルに無駄な心配をかけるだけだろう。
 自分は今どんな顔をしているのだろうか、不思議そうな顔をしていたキリルの表情が不安そうな物へと変わっていく。
 そんな顔をされるような事は何もない。
 けれど何と言えばいいのだろうか。
 頑張ってほしいけれど寂しかったという事を、何か他の言葉で告げるにはどれを言えばいいのか。
 悩んでいる間にもキリルに手を掴んでいる手にもう少しだけ力が加わり、まるで放したくないと言っているみたいだ。
「キリル君。」
 それを見てルクスは口を開いた。
 言うべき言葉を見つけたわけではなかったが何か言いたいと思う気持ちに従った方がいいような気がしたから。
 なに、と言って待ってくれているキリルへ、ルクスは何も考えないまま言葉を続けた。
「キミと一緒にいてもいいかな?」
 散々一緒の時間を過ごして今更言うべき言葉なのかと思ったが、それでも言いたい事はこれだったらしい。
 ほんの半日、もしかしたら半日にも満たないかもしれないくらいの時間、一緒にいられなかっただけなのだけれど、聞きたくて仕方なかった。
 何でもない顔でキリルに頷いてほしかった。
 拒否される事は考えていなかったが、きょとりと目を丸くしたキリルが返事をするまでの時間は柄にもなく緊張する。
 けれどすぐにそれは無駄な心配で終わった。
「勿論だよ。ボクもルクスに一緒にいてほしい。」
 いつものように笑いながらそう言ってくれる。
 そのおかげで今日の寂しさは簡単に吹き飛んでいった気がした。










END





 


2010.12.28

4キリ4の追加お題は、今更そんな事を言うのかよシリーズ、になっております





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