意識と自覚
「時々、物凄くルクスに触りたいと思う事がある」 白状するよと告げられたその言葉を、ルクスは真正面から受け止める。 そっと伸ばされた腕を拒む事はしない。 「ああ、僕もだ」 頬に触れられたその手を包むように握ればキリルから零れる安堵の色。 同じ気持ちを共有するふたりは、どちらからともなく笑顔を浮かべる。 しかしふたりはこの気持ちの名前を知らない。 初めて感じる気持ちだったし、誰もこの気持ちの事を教えてくれる人はいなかった。 これまでこの気持ちを知らなくても生きてこられたのは、日常生活に特別必要なものではなかったからだろう。 では無意味なものなのかと自問自答すれば、それは違うと何かが叫ぶ。 だが何故違うのかと問われれば、何も答える事が出来なくなってしまう。 非常に難解な気持ち。 ただひとつ判っている事は、 その気持ちに従って相手に触れればどうしようもない心地よさと温かさに包まれるという事だけだ。 人の体温をこんなにも愛しく思うなんて。 ルクスが空いている方の手を伸ばし同じようにキリルの頬に触れれば、 キリルも空いている方の手で同じように包み返してくれる。 傍から見れば大層面白い図だろうが、それでも本人達は何も気にならない。 胸に灯る心地よさは本物なのだから。 触れたいと意識するのは簡単でも、その理由を自覚するのは意外と難しいもの。 今はただその意識と、心地よいという温かな気持ちだけでいい。 周囲より歩みは遅くとも、いずれは自分達の力で自覚まで辿り着く。 この気持ちの正体をふたりが知るのは、もう少し先の話である。 END2010.05.30 NOVEL