思わず抱きしめていた






強い風が吹く。
季節は寒さへと向かう一方で、風には強さだけでなく冷たさも容赦なく混じり込んでくる。
水しぶきも当然冷たい。
それは一度甲板に出れば嫌でも感じる事になる。
水しぶきはともかく、風から逃れる事は難しい。
己を守ってくれる盾などどこにもないだだっ広い甲板では、ただその身体で受けるだけだ。
まだ昼間のうちならばそれもいいだろう。
しかし日が落ちて、空に星が瞬き始めてしまえばどうだ。
風や水しぶき云々よりもまず気温自体が落ちてくる。

「寒い」
「うん、寒い」

この時期の見張り当番はあまり好きではないとキリルは白い息をつく。
見張り台は当然見晴らしのいい高い場所に設けられているために冷たい風をより受けやすくなる。
できれば今すぐ部屋に戻って温かな布団に入り込みたいところだが、
しかし幹部だろうがリーダーだろうが何だろうが当番制の前には皆平等。
自分の順番が回ってきたらそれに従うだけ。
皆そうして寒さも暑さも乗りきっているのだからと、キリルも弛みかけた己の心に気合を入れる。
毛布と温かい茶をポットに入れて、
こんな寒い中「付き合う」と物好きにもほどがある事を申し出てくれたルクスと一緒に見張り台へと上った。

風が吹いている。
比較的穏やかではあるが、寒いものはどうしたって寒い。
日差しと違い、月明かりはギラギラ容赦なく照らしてくれるわけではない。
素直に口をついて出てしまう感想に同意する以外の答えなど、今この場で持ち合わせているはずもない。
キリルはちらりと隣に座るルクスに視線を向ける。
キリルよりも薄着なルクスは毛布を身体に巻きつけていても、
少なくともキリルよりは確実に寒いだろうと簡単に想像する事ができる。
これはキリルの仕事であって、ルクスにはこの場所に留まる義務も責任もない。
その事を踏まえた上で無理してこの場所にいる必要がない事を伝えるが、
ルクスは「平気」の一言だけで薄暗い海から視線を離さなかった。
ルクスの事は本当に心配だが、しかしキリルの本音としては頼りになる人間が傍にいてくれるのなら心強い限りである。
その相手がルクスならば尚更だ。
いてくれると言うのだから、素直に甘えてしまおうと思う。
その代わり、次のルクスの当番の時には同じように付き合う事を己の中でこっそりと約束をして。

「でもやっぱり寒い」
「どうしたって寒い」

その時一際強い風が吹きつけてくる。
寒さのあまり、ふたりで思わず抱きしめ合っていた。







END





 

2009.11.28 NOVEL