思わず抱きしめていた






 暗い部屋の中でルクスは目を開いた。
 今はどのくらいの時間だろうか、と思ったが、それだけ。
 時計は横になったままでは見られない場所にある。
 手を伸ばしても届かないので、体を起こして少し移動しなければいけない。
 だからふと浮かんだ疑問は放っておく事にした。
 面倒だという理由がほんの少しで。
 けれど殆どは、隣で眠るキリルの邪魔をしてはいけない、という理由で占められている。
 多分時間は見張り以外誰も起きていないような深夜。
 本当なら何も見えない程に真っ暗になる筈の部屋は、机の上の小さなランプを消し忘れていたので、ぼんやりと明かりがある。
 眠っていたのか、と次にルクスはそう思った。
 眠った時の記憶も、眠っている時の記憶も、あまりない。
 多分それが普通だ。
 けれどルクスは眠ろうと思えばすぐに眠る事が出来て、けれどその眠りは浅い事の方が圧倒的に多い。
 眠る瞬間も、寝ている間も、なんとなく分かるのだ。
 それなのに今はあまり記憶がない。
 こんな事はどのくらい久しぶりだろうか。
 少し前の、まだ戦争中だった頃、紋章を使って倒れた時以来ではないだろうか。
 ルクスはぼんやりと考える。
 そうしてすぐ目の前にあるキリルの顔をぼんやりと眺める。
 キリルはわりと決まった時間に寝て決まった時間に起きるタイプで、強い敵意や殺気でも向けない限り、時間になるまで目を覚まさない。
 それでも極力静かに、音をたてないように、息すら潜めて。
 じっとキリルの様子を眺める。
 キリルがルクスの部屋に遊びに来たのは、夕食が終わった後。
 お互いに話す事が多くなり、一緒にいる時間も増えて、特に用事がないような時でも2人で過ごす時間が増えてきた。
 遊ぼう、と部屋を訪ねてきたキリルは笑った。
 断るなんて選択肢は最初からない。
 すぐにルクスは頷いて部屋へと招いて、他愛のない話を続けていた。
 出会った頃よりお互いにずっと打ち解けた為だろう、最初はベッドに座っていたが、気付けばごろりとキリルが転がっていたのでルクスも同じようにした。
 本当にただ他愛のない話をして、それが途切れた時はなんだか意味もなくおかしくなってお互いに笑って。
 そのうちキリルが眠そうにしたので布団をかけた。
 気にしないで泊まっていけばいいよと言った。
 その後も少しだけ話をして、キリルが眠って、きっと自分が寝てしまったのもその直後。
 思い出して、布団をかけておいてよかった、そんな事を思った。
「………、キリル君。」
 音はたてたくないのに、何故か小さな声で名前を呼ぶ。
 キリルからの反応はない。
 ぐっすりと眠っている。
 その様子にルクスは安心した。
 お互いに意味もなく不安になって眠れずにいた時、一緒に寝よう、そう言ったキリルの言葉がこの現状のスタート。
 最初はとても驚いたというのがルクスの正直な気持ちだ。
 単純に酷く近しい距離の誘いに驚いて。
 それから不安だという時に傍にいる相手として自分が選ばれ事にも驚いて。
 なによりも。
 その言葉に何処か安堵した自分に、1番驚いた。
 人と一緒にいて眠れないなどという事はなく、実際に海上騎士団の訓練校時代だった時は、船で海へと数日出れば4人か5人くらいが同じ部屋にいた。
 眠れないわけじゃない。
 だがどうにも気配には昔から敏感なので、ただでさえ浅い眠りが余計浅くなったのは確か。
 だから1番いいのは1人きり。
 そう自覚しているのに、キリルの提案には、確かに喜んだし安堵した。
 同じ部屋にいる以上に近い距離で眠る事で眠れないとなっても別にいいと思った。
 でも実際に眠ってみればとてもよく眠れた。
 不思議だなと思う。
 何故だろうと考える。
 だが今のところ答えが出る見込みはない。
 ほんの少しため息をついた。
 キリルの事となると、どうも答えが出ない事が多い。
 けれど分からないなら仕方ないと切り捨てる事がどうしても出来ない。
 とにかく考えるしかない。
 じっと見ているキリルの顔に、ルクスは何となく手を伸ばす。
 顔にかかった前髪を梳けば顔がよく見えるようになった。
 気付けば口元に笑みが浮かぶ。
 酷く温かい気持ちだ。
 これはどう言葉にすればいいのか。
 どう自分の中で片付ければいいのか。
 考えてみるが、やはり分からない。
 酷く近いこの距離。
 相手がキリルと思えば安堵するという事実。
 無意識に笑みが浮かんでしまうこの感情。
 沢山の欠片が手の内にあるのに、いくら考えても綺麗にまとまってはくれない。
 それでも。
 それでも、1つだけ。
 ルクス、と。
 笑顔で呼んでくれるキリルの事が、とても大切だと、それだけは分かる。
 他にも自分へと笑顔を向けてくれる人はいるし、ルクスが大切だと思う人もいる。
 けれどキリルだけが少し違う。
 何がどう違うのかは答えを探している最中なので分からないが、けれど少しだけ、でも確かに、何かが違う。
 前髪を梳いた手で頬に触れる。
 お互いに何気なく触れる事が多くなった。
 その相手もキリルだけだ。
 何が違うのだろうか。
 どう違いがあるのだろうか。
 分からない。
 分からないけれど。
 大切だな、と思う。
 今はそれだけが明確になる答えで、他は全て曖昧なまま。
 自分の内にある何かを掴もうとしていれば、無意識にルクスは両手をキリルへと伸ばして、眠るキリルを抱きしめていた。
 触れた温かさに酷く安心して。
 けれど同時に自分の行動に驚いて目を丸くした。
 ここまでしては流石にキリルが起きてしまうかもしれないと思ったのだが、離すどころか腕に力を込めている事に気付く。
 自分のしている事なのに、何故こうなったのかさっぱり分からずにただルクスが驚いていれば。
 抱きしめたキリルの体が少しだけ動いた。
「………、ん…?」
 うっすらと目を開いたキリルは、目の前にあるルクスの顔を見て数度瞬きをする。
 そのまま目を閉じて眠るかと思ったが、眠たそうな目は閉じられる事なくルクスへと向けられた。
 起こしてしまった罪悪感から慌ててルクスは手を離す。
「ごめん、起こした。」
「う、ん……。」
 突然起こされては頭も付いて行かないだろう。
 ぼんやりとした返事をしながらキリルは目を擦る。
「ごめん…、もう邪魔しないから、眠って。」
「………、どうか、した…?」
「え?」
「どうかしたの?」
 眠たそうなキリルの声は、だんだんしっかりとしてくる。
 そうして向けられる金色の目には心配そうな様子が見て取れた。
「どうもしない。」
「………、そう?」
「うん。」
 頷くルクスをキリルはじっと見る。
 実際に何かあったとしても、何もない、と平気な顔をして言う人だ。
 平気な顔で全部を抱え込もうとする。
 抱えた事を話してもらっても自分がどれだけの事が出来るかは分からないが、ただじっと1人で耐えているよりはずっといいとキリルは思う。
 だからじっと探るようにルクスを見るが。
 ただ少し、多分起こしてしまった事に対してだろう、申し訳なさそうな様子が見て取れるだけ。
 ルクスの全部が分かるなんて自惚れるつもりはないが。
 きっと、嘘はない。
 そう思ったキリルは、そっか、と言って納得した。
 それから眠そうに大きな欠伸をする。
 ルクスの表情にある申し訳なさそうな様子がさらに強くなった。
「ごめん。」
「そんなに謝る事じゃないよ。何もないならよかった。」
「………、ごめん。」
 訳の分からない行動でぐっすりと眠っているところを起こしてしまった事がとても申し訳なくて、ルクスは自分のしたことに顔を顰める。
 ルクスの様子にキリルは苦笑して、宥めるように頭を撫でた。
「ベッドの半分をボクが使っちゃってるから、落ち着かなかった…よね。」
「違う。」
「そう?」
「うん、違う。」
 繰り返し否定する。
 落ち着かないなんて事はなく、むしろ逆だ。
 キリルがすぐ傍にいる事はとても心地よくて落ち着く。
 それをどう伝えようか考えていれば、その前にキリルは安心したように笑った。
「それならよかった。」
 ルクスが今言葉にしようとした事が、言葉もないままどれだけキリルに伝わったかは分からない。
 けれど笑ってくれるなら、もう十分だと思った。
 笑うキリルにルクスも笑みを浮かべる。
「ルクスは寝ないの?」
「寝てた。でも少し、目が覚めた。」
「そうなんだ。………、今何時くらいかな?」
「分からないけど…、まだ夜明けには遠そう。」
「じゃあもう1度寝よう。ボクもまだ眠い。」
「ごめん…。」
「それはもういいってば。」
 苦笑したキリルはもう1度大きな欠伸をする。
 キリルが起きたので起き上がって時計を見る事は出来たが、ルクスがそうするよりも先にキリルに腕を掴まれた。
 どうしたの、と視線だけで問えば、答えの代わりに腕を引っ張られた。
 そのまましっかりとキリルに抱き締められる。
 突然の事にルクスはきょとりとした。
 状況がいまいちよく理解出来ない。
 けれどキリルはルクスの驚きに気付いた様子はなく。
「おやすみ、ルクス。」
 ルクスを抱きしめたまま、酷く眠たそうな声でそう言うと、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
 寝ぼけているのか。
 それとも先程そうしていたから何となく同じ事をしたのか。
 何か他の考えがあってなのか。
 考えてみるが、答えをくれる人はもう眠ってしまっている。
 抱きしめている腕は、そんなに強い力はなく、どかそうと思えば簡単に出来る。
 けれど元々は自分がした事。
 そうして触れる温かさはやはりとても落ち着ので。
 ルクスもキリルの事を抱きしめて、それから目を閉じた。
 色々と考えてみたけれど、相変わらず答えが出る見通しのないものばかり。
 だから今はもういいと思った。
 今は触れている温かさの方がずっと重要に思えたから。
「………、おやすみ、キリル君。」
 そう言って、ルクスも眠る為に、もう1度目を閉じた。










END





 


2008.11.30

なんとなく前回と続いた感じで…、いや、微妙に全体的に続けているような気持ちでいるのですが…
遊んでいたのに気付いたら寝ていました、的な感じでぐたっと一緒に寝ているのが、ボクは好きなようです
いえ、べったりはそれはそれで大好きですけどね!(けっきょくどっちでもいいのかよ)
翌朝起きたキリルは自分のしたことに大慌てします、ルクスは先に起きたけどキリルが起きるまで大人しくしてます
大した進展のない2人で本当に申し訳ありません…





NOVEL