眠れない夜は
眠れない。 そう言ってルクスがキリルの部屋に訪れたのは、先ほどまで今日だったものが昨日に姿を変えた深夜の事。 ベッドに入ったはいいものの、いつまで経っても目は冴えたままで眠気が来ない。 事務的に瞼を閉じてみても、いつの間にかそれが開き視界に天井を映している。 そんな事が永遠と続けば、いくらルクスでも諦めの二文字くらい浮かんでくるというもの。 溜息と一緒にベッドを下り、そして何の気なしに部屋を出て、そして気づけばよく知った部屋の前まで来ていた。 ノックをする気は毛頭なかった。 緊急事態でもなければ何という非常識な時間。 無意識に向いてしまった己の足に疑問を持ちながらも、さっさとこの場から立ち去るはずだった。 しかしルクスはそれをしなかった。 何故か。 普段ならばとっくに寝入っているこの時間、それなのに目の前のドアの隙間から確かな明かりが漏れていたからだ。 こんな時間まで一体何をしているのだろう。 睡眠時間を削るほど急を要する問題でも起こっているのなら自分も何か手伝えないだろうか。 そう思ったら、手は自然に軽い拳を作り控えめなノックを響かせていた。 「はーい」 それに応答したのは何という間延びした声。 とても問題を抱えているとは思えない、のんびりとしたそれ。 予想とは違うものに目を丸くしたルクスを出迎えたのは、やっぱり目を丸くしたこの部屋の主であるキリルだった。 ルクスの姿を目にしたキリルが一言。 一体どうしたのと、突然の訪問者に当然の権利を持って質問を投げてくる。 それを問われればルクスも素直に答えるしかない。 こうして非常識な時間にノックをしてしまったのだから、そこはきちんと説明しなければならない。 しかしここまでに至った経緯を説明すればするほど優柔不断極まりないような気がしてきてしまう。 何せ出てくる単語は「何となく」「気づけば」「いつの間にか」ばかりなのだ。 そんな曖昧なもので何か作業をしているのであろうキリルの手を止めてしまった。 申し訳なくて、説明の最後に「ごめん」と一言添える。 するとキリルは慌てて首を振ってにっこりと笑った。 「実は僕もルクスと全く同じ状況だったんだ」 眠れない。 眠れない。 ふたりでひとつのベッドに寝転がってごろごろと時間を過ごす。 よく分からないが、何故か眠れない。 明かりをつけていたのは何となく。 部屋の中で過ごしていたのも、やっぱり何となく。 自分も曖昧だらけだとキリルは笑う。 そして今のこの状況、「眠れない」と連呼する自分達を見て何となく小さい頃の自分を思い出したと、ポツリポツリ話し始めた。 興奮、恐怖、困惑、疑問。 小さい頃の眠れない理由というのは大体限られている。 初めて武器を与えられた時は、興奮して眠れなかった。 一人前だと認められたようで。 初めて魔物に止めを刺した時は、怖くて眠れなかった。 自分の手の中にある重いそれは、こうも簡単にひとつの命を摘んでしまえるのだと。 それは魔物だけではなく、 誰にだって近しい誰かにだって、少し手元が狂えば己の意志とは関係なしに簡単に傷を負わせる事が出来てしまう。 下手をすれば命さえも奪ってしまう。 この時初めて武器の本当の重さと怖さを知った。 重い重い、何という重いもの。 そう考えたら何もかもが怖くて分からなくなって、眠れなくなった。 今でも時々それがよみがえってくる事がある。 武器がとんでもなく重いという考えは、あの頃から少しも変わっていない。 しかし今ではそれをしっかり握る事が出来る。 例え迷っても、進むべき道を指し示してくれる人達がいる。 一緒に喜び、騒いでくれる人達がいる。 そう思ったら、不思議とそれらに睡眠を妨げられる事は少なくなっていった。 が、それでも理由のない目の冴えは時々やってくる。 「せっかく眠れないんだから、時間を有効利用するのもありかなって思えるようになったんだ」 それならばと、こんな風に考えるようにした。 しかし有効活用の手段はまだまだ模索中である。 ゆえにルクスがこの部屋を訪れるまで、こんな「何となく」な時間を過ごしていたのだ。 しかし今日のルクスの訪問で何かヒントを得られたかもしれない。 そしてそれは、黙ってキリルの話を聞いていたルクスも同様である。 「何かよく分からないけど眠れない時はさ、こうやって昔話するのもいいかもね」 「うん、そうだね」 「ねえ、今度はルクスの話も聞かせてほしいな」 「分かった、それじゃあ……」 こうして夜は更け、やがて空は白み始める。 どうせ眠れないのだから、たまにはこうして夜通し話でもしてみようか。 END2009.07.18 NOVEL