左手






ルクスは非常に器用であるとキリルは思う。
両の手に剣を持ち、それを難なく使いこなしている。
右の腕、左の腕。
それぞれ向かってくる相手に適した動きをするのだ。
前に一度こっそりと訓練場にある二本の剣で試した事があるが、
とてもじゃないがキリルには使いこなせるレベルのものではなかった。
あっちもこっちもと考えるとどうしても意識が四方八方へと飛んでしまい集中がまるで出来ない。
途中から気付けば利き腕である右だけの剣を使っていて、左手は構えているだけでまるでお留守。
それでは意味がないと左も動かそうとするが、今度は右と同じ動きをしてしまう。
動きが同じなのでどちらか一本止められればもれなくもう一本も止められてしまう。
つまり左、右関係なく、ひとりの敵とさえも満足に切りあう事の出来ないのだ。
改めて剣を同時に二本使う事の難しさを知る。
それと同時にルクスがいかに器用で凄いかをキリルは知った。
利き腕でない左一本を中心とするだけでも大変なのに、
右も左もまるでそれぞれ意思でも持っているかのようにしなやかに動かす事が出来る。
こんな複雑な事を難なくこなしてしまうルクスに対しての純粋な尊敬と憧れ。

その気持ちが、キリルにこの質問を投げかけさせたのだった。

「ねえねえ、どうしたら二刀流になれるの?」





*****





海賊達にとって睡眠と食事と酒と大暴れの時間は格別である。
カチャカチャと軽快に鳴る食器達。
賑やかが好きな海賊達の常に絶えない笑い声。
静かな食事もいいが、こうして仲間達との楽しい雰囲気に囲まれた食事は最高だ。
今日も今日とて楽しい食事の始まり。

なのだが、その日の食堂の真ん中には一際異質な雰囲気を放つひとつのテーブルがあった。

そのテーブルにつくのは三人。
ひとりがフォークを手に、食事の乗ったトレイを前にしてはいるが一向にそれを口に運ぼうとはせずただ一点を見つめている。
普段と何ひとつ変わらない表情をしているので非常に気付きにくいが、これは考え込んでいるのだ。
それも猛烈に、相当深く。
それに気付ける数少ない人間であるもうふたりが、その正面に座って困惑している。
そんな奇妙な状態が永遠続いている。
何故真ん中なのか。
別にそこにいたくているのではない。
そこがたまたま空いていたから。
そしてそこにたまたま異質な雰囲気を放つ人間を見つけたからだ。
いい加減このままでは埒が明かない。
ふたりチラッと視線を合わせ微かに頷いたあと、
本日何度目かの相手の名を呼び、そして「一体何があった」と強く問いかける。
するとこの時になってようやく視線を僅か上げた相手が、ゆっくりと口を開いた。

「…………どうすれば」
「あ?」
「どうすればなれるんだろう……二刀流……」

それは真剣。
真剣そのもの。
そんな相手、ルクスを前にして、ハーヴェイとシグルドは更に困惑の表情を浮かべるほかなかった。

「どうすればって……んなの慣れしかないだろうが」
「どうしたんですか、突然」

当然の疑問にルクスがポツリポツリと答える。
キリルに嬉々としてどうしたら二刀流になれるか聞かれた事。
もしかしたらキリルは二刀流になりたいのかもしれない。
それならば一応長い事二刀流と付き合っている自分が何かしらのアドバイスが出来ればいい。
しかし肝心のアドバイスが何ひとつとして出てきてはくれない。
一体いつからこの戦闘スタイルだったのか。
初めて二本剣を握った時、自分はどのように扱い、どのように感覚を掴んだのか。
どのようにして今のように無意識に握れるようになったのか。
考えれば考えるほど訳が分からなくなり、段々とこれまで自分がどうやって二本の剣と付き合っていたのか分からなくなり、
仕舞いには今までどうやって戦ってきたのかも分からなくなった。

「………………」

フォークを手にしながら淡々と、でも真剣にそう語るルクスに、
ハーヴェイとシグルドは呆れたように肩をすくめ、そして苦笑いを浮かべる。

「……はあ、それで悩んでいると」
「そんなになるまで考え込まなくても、きっともっと簡単な話ですよ」

役に立ちたいと思う気持ちが強すぎて周りどころかキリルの事も、そして自分自身の事も完全に見失ってしまっている。
そして余計な迷路に自ら率先して迷い込んでいる。
この異質な雰囲気はルクスの軽いパニック状態を表していたのだ。
原因さえ掴めればそれを打ち崩す手はいくらでもある。
迷いの出口を探すルクスは、ふたりの言葉に素直に顔を上げた。

「それぞれに適した戦闘スタイルというものがあります。無理にそれを崩す事はないんです」
「そうそう、よっぽどの事がない限りそういうのはいじらない方がいいぜ。
 今のスタイルがしっくりこないなら色々試して早く自分に合うの探すべきだけど、キリルの場合そうは見えないからな」
「今回の質問も二刀流になりたいからではなく、憧れからくる興味というやつでしょう。
 ですからもっと気楽に答えて差し上げたらいいと思いますよ」

瞬きを繰り返しながら「気楽」という言葉を噛み締めるルクスに焦れたかのように、
ハーヴェイが身を乗り出してその肩を数回叩く。

「慣れとかそんなんでいいんだって。初めは失敗だらけでも何百何千と振り回してれば嫌でも身体が覚える。そうだろう?」

キリルもそんな難しい答えは望んでいない、もっと単純な事でいいんだ。
そう言い目の前のふたりが笑う。
元からの素質もあるだろうが、こういうものは大抵が努力と月日の問題だ。
複雑なものほどより多くの努力と時間を使って確実に自分のものにしていく。
そしてそれがルクスの戦闘スタイルにピッタリはまっていた、ただそれだけの話。
いくら努力をしてもスキルを持ち合わせていなければ意味がない。
伊達にこれまで武器を扱ってきた訳ではない、キリルにもそれはちゃんと分かっているだろう。
何もルクスと一緒の二刀流になりたい訳ではない。
聞きたい話はそんなものではないのだ。

「………………」

考えてみれば何て簡単な事、何て単純な事。
何故あんな難しい考えにまで至ったのか我ながら理解に苦しむ。
己の壮大な勘違いに気付かされたルクスは、しばしの沈黙のあとふたりに向かって小さくお礼を言うと、
手にしたままだったフォークをようやく食事の乗ったトレイへと伸ばす。

まずは腹ごしらえ。
それからすぐにキリルの元へと向かってあの時保留にしてしまった質問に答えようと、そう思った。







END





 

2009.03.08 キリルの質問にぐるぐる考えるルクスが書きたかった。 何か最近こんなんばっかり書いてる気がします(笑 NOVEL