背中合わせ






今日は珍しくたくさんの魔物を相手にした。
魔物退治の依頼を受けて向かった先は人の手がまるで入っていない密林のような場所。
始めていく場所には大抵何かが潜んでいる。
大物一匹ならば全神経をそれに注げばいいが、小物が大量となるとどんな人間でも次第に集中力が削がれていくものだ。
それが視界も悪く、更に大物と小物のダブルパンチだとしたら、身体が疲れを訴えるのも頷ける。
過酷な戦闘を幾度となく経験しているルクスとキリルも例外ではない。
しかし今回は魔物退治の依頼なのだからこの辺りの魔物を一掃しなければ遂行したとは言えず、
疲労云々などとは言っていられない。
その時ばかりは集中力の邪魔になるものを全て封じ、武器を持つ手に力を込める。
こうして朝からひたすら武器を握り続けて。
出発前にあらかじめ取っておいた宿の部屋に帰りつく頃には疲労も既に限界、ふたり一斉にそれぞれのベッドへと沈み込んだ。

「今日は疲れたね……」
「そうだね」

タイミングを計ったかのように同時に息をつく。
依頼の猶予は三日間とされているが、
ギリギリまで時間を使うと回復されたり仲間を呼ばれたりする可能性が高くなり、そうなってしまえば非常に面倒且つ厄介だ。
仕掛けるならば超短期決戦。
勝算はあった。
魔物の潜伏場所や目撃情報、被害状況、立地条件等全ての面に置いて細かに確認をし導き出した答え。
魔物がアメーバのように分裂という非常識な真似をしてこなければ十分ふたりで事足りた。
誤算があったとするならば、それは知らず知らずのうちに「超短期決戦」という言葉に気持ちが急き、
朝から疲労困憊になるまで頑張り過ぎてしまったというところだけだ。
日はまだ暮れるか暮れないかというところで、まだベッドに沈むには早過ぎる時間だったが、
しかしこのままでは夕食まで持ちそうもない。
ベッドに寝転がっていたキリルがむくりと起き上がった。

「ルクス、マッサージしようよ。マッサージ」

酷使し続けた右腕をぐるぐる回しながら、向かいのベッドに座るルクスの前に立つ。
風呂は最悪明日の朝でもいいとして、
疲れた筋肉はその日のうちに少しでも解しておいた方が変に尾を引く事もなくなる。
頑張った後は、頑張ってくれた身体の為にも少しでも楽になる可能性を実行していく。
例えそれが気休めだったとしても、身体の負担になる事はない。
ルクスの隣に腰を下ろし、先ほどまで剣が握られていた手を取る。
ベッドが追加の体重分音を立てて軋んだ。
ルクスはキリルと違って両の手に武器を持つ。
満遍なく溜まるそれを残さず体外へ追い出すように
手の平を、手の甲を、腕を丁寧にマッサージしていった。
するとしばらく大人しく腕を預けていたルクスが、空いている方の手を伸ばしてキリルの腕に触れる。
そして向かい合うように座り直し、同じようにキリルの腕をマッサージし始めた。
キリルはルクスと違って武器はひとつしか持たないが、
重量がある為長時間扱うとなると腕にもそれなりの負担がかかってくる。
まずは武器を持つ腕一本を、念入りに揉み解した。

自分で解すのも気持ちがいいし効果も勿論期待出来るが、
人にやってもらうと何故それが何倍にも膨れ上がるのだろうか。
人の身体だからと気遣うからだろうか。
確かに自分だと張った場所のみを無遠慮に揉むだけで終わるが、
相手がいれば気持ちよくなってもらおうと、それ以外の場所も一緒に強弱をつけて丁寧に揉もうとする。
きっと単純にそれだけの違いだ。
ゆっくりと時間をかけ一通り腕のマッサージを終えた後は、今度は背中へと移っていく。
ルクスは初め当然のようにキリルの背後へと回ろうとしたがキリルはそれを制し、
ルクスに立ち上がるよう促がすと自分もすくっと立ち上がった。

「こうやって背中合わせにするとね、伸びて気持ちいらしいんだ」

その場に立ってキリルの指示を待っていたルクスの背中に自分の背中をピッタリつけ互いの腕を組合せば、
背丈が変わらないふたりは肘の位置も違和感なく綺麗に納まる。
マッサージという行為は、キリルもこれまでアンダルクやセネカ相手にずっとやってきたものだが、
ふたりとは身長差等の関係でこれだけはあまり上手くいった事がなく、
少しだけ目的とは違ったわくわくした気持ちが顔を出す。

「いくよー」
「うん……うん、これはよく伸びるね」

キリルが上体を折ると、自然とルクスの身体がキリルの背に乗り大きく反らされる。
パキパキと小さく骨の鳴る音が聞こえ、随分と固まっていた事が判った。

「はい、次はキリル君も」
「あー、伸びてる、伸びてる」
「気持ちいい?」
「うん、すっごく」

ただ背を伸ばすだけではなく、そこに相手の体温が乗っかるので余計に心地良く感じる。
それは気休めなどではなく、するのも、してもらうのも、本当に気持ちがいいもの。
気付けば疲労一色であった身体はぽかぽか温まり、ダルさが綺麗に抜けている。
明日でいいかと考えていた風呂に行こうという話が出来るようになっていた。







END





 

2008.08.25 かぶらない「背中合わせ」を考えてみました(笑 でも人にマッサージしてもらうのって本当に気持ちいんですよね。 気持ちいいので美容院とかでもすぐに寝てしまいます。 NOVEL