背中合わせ






 圧倒的な強さというものを、ルクスに出会ってキリルは実感した。

 キリルはずっと、幼い時から大人に混じって戦っていた。
 時には父親から止められ、アンダルクやセネカにはしっかりと守られて、けれど武器を持って戦いの中に立っていた。
 そうして大人に混じってそれなりに戦えていた。
 キリルは自分が強いとはあまり思っていなかった、だっていつだって守られていた。
 でも逆に弱いともあまり思っていなかった、だって自分の身を守る程度の事は出来た。
 旅の最中で魔物や盗賊の類と出会っても大抵は何とかなるくらい、とキリルは自分自身の力量をそう思っていた。
 でも、紋章砲を追う旅の中で仲間が増える中。
 自分に力量はそれなりに上の方なんだと、多くの人を見てようやくキリルは理解した。
 守られてばかりの自分は、誰かを守れる力を持っていた。
 守る為に傷だらけになっていた大切な人達を、本当は守る事が出来た。
 けれどキリルがそれを理解したからといって、結局アンダルクとセネカが何を言ってもキリルを守る行動に出るのは変わらない。
 せめて彼らが傷つかないように自分自身を守りながら、それでも積極的に戦っていこう。
 そんなに必死に守らなくていいから、といくら言っても聞いてくれない2人に、特にアンダルクに、キリルはひっそりとそう心に決めて。
 守ってくれる人達を、協力してくれる人達を、出来るだけ守れるように、せめても迷惑をかけないように。
 ずっと戦い続けていれば。
 気付けば、キリルの実力は誰もが認めるまでになっていた。
 それを純粋にキリルは嬉しいと思った。
 戦場に身を置いているのだから、弱いよりは強い方がいい。
 力ばかりが全てではないと分かっていても、自分の無力さに嘆くような事だけはしたくなかった。
 だからそれなりの力がある事は嬉しかったし。
 今よりも強くなろうとずっと思い続けた。

 でも、どれだけ強くなっても、きっと彼には届かないのだろうな。

 ふとそう思う瞬間がある。

 後ろにある気配が、ふと動いた。
 相手にしていた魔物への攻撃が、浅かった、とキリルが思った瞬間だった。
 悲鳴を上げてなお戦意を失わずに向かってくる魔物の体を、ルクスが真っ直ぐに貫いた。
「ごめん。」
「いや。」
 短い言葉を交わして、すぐにルクスはキリルの後ろに戻る。
 キリルと背中を向かい合わせにして、数歩離れたその位置に。
 いつからルクスがその位置にいるようになったのかは覚えていないが、最初は少し後ろの方から全体的に戦場を見て動いていたルクスは、気付けば最前線を行くキリルのすぐ傍に立つようになった。
 戦場を動いている時には隣に、戦う為に立ち止まった時は後ろに。
 ごく当たり前のようにルクスがその位置にいるようになった。
 今までその位置にいたアンダルクとセネカは、本来は2人とも後方向きで前線のキリルについていける戦い方ではない。
 ルクスの実力なら安心と思ったのか、ルクスはキリルの傍に、2人は戦いやすい後方に、気付けば入れ替わっていた。
 別にそれに対してキリルは何の文句もない。
 セネカとアンダルクは無理をして最前線を行く自分についてきていたのだから、むしろ下がってくれて安心した。
 ルクスはどこにいても問題はない、どんな位置にいても結局は助けられている。
 戦闘において何も困る事はないのだけれど。
 ただ1つ、キリルには問題があった。
 ルクスは強すぎた。
 武器を手に魔物の中に単身で飛び込めば、何事もなかったような顔で戻ってくるし。
 魔力はそんなに高い方ではないのだけど、と言っていたけれど、左手を掲げてしまえば無事でいられる相手はいない。
 流石群島諸国の英雄とでも言えばいいのか。
 ただとにかくルクスは圧倒的に強くて。

 ああ、守られているな。

 背中合わせに立つたびにそう実感して、その瞬間ばかりはどうしても悔しいと思った。
 今の自分の実力ではルクスに届かない事を、キリルはどうしようもなく理解しているし。
 どれだけ頑張っても、簡単に肩を並べられない事だって、理解していた。
 だから、どうしようもなく悔しかった。

 出来る事ならば、ルクスがキリルを守る、そういう意味で背を向けあうのではなくて。
 出来る事ならば、お互いを守り補い合う為に、信頼し合って背中を預けているのだと。

 本当は、そんな関係になりたいのに。
 ルクスに届く事のない自分の力量に、悔しいな、と本当に心から強くキリルは思った。

「………、はぁ…。」
 そんな事を考えるのは何度目か。
 武器の手入れだと刃を拭きながら今日の戦闘を思い返し、キリルは深くため息をついた。
 少し頭冷やしてきます、と人気のない場所まで来たので人目は気にしない。
 だからもう1度ため息をつく。
 ルクスの強さを凄いと思うと同時に、自分の力のなさを後悔するのは、もう何度目になるのかよく分からない。
 もう手入れも終わった武器をしつこく磨きながら思い出してみようとしたが、思い出せなかった。
 でもこの1人で反省会も結構な回数になったと思う。
 最初は、それじゃあ強くなれるように頑張ろう、とハーヴェイに鍛錬の相手をしてもらっていたが。
 勝っても負けても疲れ果てても武器を握って放さないキリルに、そんなにがむしゃらにやっても体壊すだけだろうが、と同じくらいに疲れ果てたハーヴェイが言った。
 ハーヴェイが立つ事も辛そうな状態である事に、そこでようやく気付いて。
 それでもキリルが武器を握っている事すら辛くなるまで付き合ってくれていた事にも気付いて。
 どうしようもなく申し訳なくなったので、後悔した感情のままに鍛錬に付き合ってもらうのはやめる事にした。
 次に冷静になってから鍛錬をしようと思い1人で反省会をしていたのだけど、その時の場所は焚き火の前で、酷く心配した顔のシグルドが声をかけてくれた。
 でも、ルクスとの力の差が開きすぎていて悩んでいます、と言えばシグルドを困らせるだけだった。
 話を聞いてもらって気持ちが軽くなったのは本当だが、たいした事も出来ずにすみません、とシグルドに謝らせてしまった。
 その次からはとりあえず1人になってから考え込もうと決めて、今のようになった。
 考えてどうにかなる問題ではなかったが、せめて沈みこむ気持ちだけはどうにかしたかった。
「………、ダメ、だなぁ…。」
 綺麗に磨いた愛用の武器に視線を落として呟く。
 力の差が、どうしても距離を縮められない自分の力量が、本当に悔しくて。
 でもそれに毎回落ち込んでいる自分も情けないと思う。
「いっそルクスを…。」
 自分から離してみるか、あえて自分から離れる行動に出るか、どちらかをしてみようかと思ったが。
「あー…、それも、なぁ…。」
 一方的に守られるばかりはダメだと思うが、でも離れたいわけじゃない。
 出来ることならキリルもルクスの力になりたいのだから、本音を言えば一緒にいたい。
「どうしよう…。」
「ボクが何か?」
「うわっ!」
 かけられた声に顔を上げて振り返れば、灯りを持ったルクスが随分近くまで来ていた。
 気配どころか足音にも気付かなくて、ついでにルクスの持つ灯りを見るまで辺りが随分と暗くなっている事にも気付かなかった。
「そろそろ日が落ちるから。」
「あ、ごめん。そろそろ戻るよ。」
「………、いや。」
 立とうとしたキリルに、ルクスは少し考えた後に首を横に振り、キリルの隣に座った。
 けれどその後キリルに目を向ける事はなく、何もない地面をじっと見ていた。
 試しにキリルがその視線の先を追ってみたが、特に目立ったものは何もない。
 それを確認した後にルクスの顔を見れば、何となくその横顔は困っているように見えた気がした。
「ルクス?」
「………、キリル君。」
「なに?」
「正直に…、言ってくれてかまわない。」
「え?」
「ボクはキミにとって何か不都合な事をした?」
 ルクスの言葉にキリルは不思議そうに首を傾げた。
 助けられた事ならばいくらでもあるが、ルクスの行動でキリルが不利になった事など1度もない。
 戦闘でもそうでない時でも、本当に何度礼を言っても言い足りないくらいに、助けられている。
 だからルクスが何でそんな事を、多分困ったような顔で言うのか、分からなかった。
「何でそんな事を言うの?」
「悩んでいたから。」
 確かに悩んでいたし、1人だと思っていたから独り言も気にしないで言っていた。
 ダメだな、いっそルクスを、それもな、とそんな事を呟いていた気がするなと思い出して。
 言葉だけを全部繋げれば、あまりいい雰囲気の言葉ではない事に気付いた。
「………、何処から聞いていたの?」
「ダメだな、って。」
「声かけてくれればいいのに…。」
「深刻そうだったから。」
 だから声をかけづらくて、でも心配してきてくれたのだから帰るわけにも行かずに、タイミングをみていてくれたようだ。
 ごめんね、とそう言ってから、でも別にルクスが何かをしたわけでもないから、とキリルは続けようとしたが。
 結局声に出たのは謝罪の言葉だけで。
 何かを考えるように、キリルも何もない地面に視線を落とした。
「………、じゃあ、聞いてもらってもいい?」
「うん。」
「怒らないで聞いてくれる?」
「………、うん。」
 ルクスが小さく頷いたのを視界の端で見て。
 キリルは1度息をついてから話を始めた。
「暫く戦場でボクと一緒に行動するのをやめてもらってもいいかな?」
 キリルのその言葉をルクスは無表情に聞いた。
 けれど、完全に平静さを装えなかったのか、指先が微かに反応するように動いた。
「ルクスにしてみればボクはまだ弱くて頼りないと思う。リーダーのボクが倒れたら大変だと気遣ってくれるのも分かる。だから、これはボクの我侭なんだけど、でも最近ずっとそう思ってた。」
「………、キリル君。」
「最近ずっと一緒にいてくれたのに、酷いと思うけど、でも守られるばかりは嫌だから、お願いしたい。」
 本当は何時でも一緒にいたいのだけれど。
 でも、多分このまま守られてばかりでは、その強さに甘えてしまうと思うから。
 少し考えて、やっぱりせめて戦場ではいくらか距離を取ろうと思った。
「それで、ボクの力量が信頼に値するって、そうルクスが思えるくらい強くなれたら、その時はまたルクスの傍で戦わせてほしいんだ。」
 その言葉を聞いてルクスが顔を上げたのが分かった。
 つられるようにキリルも顔を上げてルクスを見れば、じっとこちらをみているルクスと目が合った。
 その目には責めるような雰囲気も、キリルの言葉に納得している雰囲気もない。
 ただとにかく困惑しているように見えた気がした。
「キリル君。」
「ごめん…、やっぱり酷い我侭だよね、これ…。」
「そうじゃなくて。」
「え?」
「ボクはキミの護衛の為だけに傍にいたつもりは、1度もない。」
 ルクスの言葉に今度はキリルが不思議そうな顔をした。
 あんなに常時傍にいる理由は、護衛の為だと思っていたし、他には思い浮かばなかった。
 最前線で戦う者同士協力した方がいいという理由もあるかもしれないが、それにしたって他にも同じ場所で戦う仲間はいるのにルクスはキリルの傍から離れなかった。
 他に何の理由があるのかと不思議に思っていれば、ルクスが少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
 ルクスにしては珍しい反応だなと思った。
 だから何を言われるのか少しだけキリルは不安に思ったが。
「呆れると思うけど…、ボクが安心するから、傍にいたんだ。」
「………、え?」
「キリル君の力量は理解しているし、その上で信頼している。だから傍にいると安心して戦える。」
 ずっとキリルを信頼して背中を預けていたんだ、とそんな言葉は思ってもみなかったもので。
 驚いて目を丸くしたキリルは、つい詰め寄るようにルクスの腕を掴んだ。
「え…、え!?いつから!?」
「ずっと。」
「何で言ってくれなかったの!?」
「そう取られているとは思わなかった。それに…。」
「それに?」
「………、誰かに背中を預けて安心するのは、初めてだったから。」
 ああ、そうか、ルクスも少し戸惑っていたんだな、とそれを理解して。
 すれからずっと信頼されたいと思っていた人に本当はずっと信頼されていたんだという事も理解して。
 今まで悩んでいた事と、それから込み上げて来たどうしようもない嬉しさと、それを思えばついキリルは声を立てて笑ってしまった。
「なんだ、悩む事なかったんだ。」
「ごめん。」
「謝らないでよ、ボクが勝手に悩んでいただけだし。それに、結局ボクが守られてばかりいて、力の差があるのは本当だし。」
「確かにボクはまだキミに勝てる自信はある。でも、ボクはキリル君に助けられているよ。」
「え!?」
「キリル君にとって助けるという行為が当たり前になりすぎていて、気付いていないだけ。」
 思い返してみるが、ルクスに助けられた事ならいくらでも思い出せるのに、逆にルクスを助けたところは本当に思い出せなかった。
「本当は、ボクを守ろうとしてくれるキリル君の安全を考え、もっと距離を取らなければいけなかったのは、ボクの方なんだ。だから、ごめん。」
「だから謝らないでよ。ボクはただ友達の力になりたいだけなんだから!」
 つい勢いで叫んだ、でも何処までも本音である言葉に。
 理解するのが少し遅れたように間を空けてから、ルクスが驚いた顔をした。
 微かな変化なのは変わらないが、それでも驚いているとキリルがはっきりと分かるくらいなので、かなりルクスは本気で驚いたのだろう。
 何をそんなに驚く事があるのかとキリルが思ったのは一瞬。
 次に自分の言葉を理解して、あ、と声を上げた。
「………、友達…?」
 ルクスがぼんやりとしながら呟く。
 勢いで言ってしまった言葉だが聞かれたのなら否定できないし、元々否定するような言葉でもない。
「か…、勝手だと思うだろうけど…、でも、ボクはルクスを友達だって、ずっとそう思ってる…。」
 緊張のためか何だか顔が熱く感じた。
 でも、否定されたり迷惑だと思われたりしたらどうしようという不安な気持ちの為か、血の気の引くような感じもした。
 それでも何とかルクスから目を逸らさずにいれば。
 驚いた、そうしてどこかぼんやりとしていたルクスは。
 やがてとても嬉しそうな顔をして笑った。
 今までの何となく雰囲気が柔らかくなってほんの少しだけ口元が動くようなものとは違う。
 本当に心から嬉しそうでとても穏やかな、綺麗な笑顔で。
 友達だと言った言葉を受け入れてくれたんだと、そうしてルクスもキリルを友達だと思ってくれているんだと。
 どんな言葉よりも明確にそれをキリルに伝えてくれた。
「それじゃあ、さっきのボクの言葉はなしで。」
「うん。」
「ごめんね、本当はずっと一緒にいたいって、そう思ってたんだ。」
「うん、分かった。」
 頷いたルクスは、立ち上がるとキリルへと手を伸ばした。
 ルクスの方からは一緒にいたいとかそういう言葉はないとしても。
 他人とあまり触れ合わないルクスの方から手を伸ばしてきてくれるのだから、これはきっと言葉の苦手なルクスからの答えなのだろう。
「暗いから、もう戻ろう。」
「そうだね。」
 ルクスが伸ばした手を、今まで悩んでいた事が嘘のように笑顔でキリルは握って。
 皆の所に戻ろうとすれば、向こうから探しにきてくれたらしいハーヴェイとシグルドの姿が見えて。
 キリルが落ち込んでいた事を知っていた2人へと、もう大丈夫です、という意味を込めてキリルは元気に手を振った。










END





 


2007.07.31

物凄くお互いを大好きだと言い合っている2人を書いて、その後に150年後の完全にお互いを理解しあっている2人を書いて
更にその後にこの現状を書くと、正直加減の程度が分からなくなりました、うわー、大丈夫かな
加減の程度が分からなくて読み返してみれば、こいつらまだ友達同士だとも思ってなかったんですね
なので友達宣言していただきました、お互いがお互い大好きなのに…、半分かけて、ようやく…
そんでもって、とにかく主人公が強いのが大好きなので、1番にルクスが強く2番目はキリルなんです、これは絶対譲りません





NOVEL