隣にいるキミを見て
最近チクチク刺さるような視線を感じる。 しかし、それは敵意に満ちたものでは決してない。 今も感じる背後のそれに、ルクスは指先で首筋を軽くかいた。 本人はこっそり投げているつもりなのだろうが、こうも何度も向けられれば勘付くのは容易い事。 誰からの視線かは理解していたし、それがとてもよく知る相手からのものとなれば問い詰める必要もない。 相手は自分をマイナスの視線で見つめる事はしないと、そうハッキリ言い切れる存在であったから。 しかしこの視線を感じ始めたのは昨日今日の話ではない。 ようするに気になってきてしまったのだ。 何故こうも頻繁に視線を向けてくるのか、そして向けるだけで何も言ってはこないのか。 キリル君。 そう名前を呼びながらルクスは素早く振り返る。 勿論相手が尚も視線を向けてきている事を計算してだ。 予期せぬ事態に逃げ遅れてしまったキリルは、もう言い訳などできないほどに、 ルクスと正面から視線を合わせる事となってしまった。 中途半端に開いたふたりの距離が気まずさを更に演出しているようだ。 数秒間呆けた表情の後、バツの悪そうに慌てて視線をアチコチへと彷徨わせている。 そんなキリルを見てルクスも多少なりとも慌ててしまう。 別に視線の事を咎めるつもりはない。 ただ気になってしまったので、その理由を知りたかっただけなのだ。 何か気付いた事があるのなら教えて欲しいし、それがいけない事ならすぐに直したいと思う。 そう静かに説明をしたルクスをようやく遠慮がちに見上げたキリルは、 やがて小さく首を振り、観念したかのようにルクスへと近づいていった。 「……こうしてルクスの隣に立つようになってみてさ、時々思うんだけど……」 目の前にまでやってきたキリルはふたりの背を比べるように片手を持ち上げ、それを互いの頭の上で前後に移動させる。 ほとんど変わらないふたりの頭の高さ。 キリルの持ち上げられた片手はデコボコと方向を変える事なく、綺麗に一直線のラインを引いた。 「ほら、僕達って背格好とかほとんど変わらないよね。 だからせめて僕がもっともっと大きかったら、ルクスの盾にでも何にでもなれたかなって」 さすが観念しただけの事はあって、キリルは淡々と視線の理由を告げていく。 それがあまりに流れるような声音だったので、一瞬ルクスは反応が遅れてしまった。 「ルクスは強い。僕が君と戦闘面で本当の意味で肩を並べられる日はまだまだ遠いと思ってる」 ゆっくりと片手を下ろし、瞳を伏せる。 そんなキリルに向かって飛び出しかけた言葉は、再び持ち上げられた瞳に遮られた。 「それでも傍にいる事を許してくれるなら、 まだ戦闘面で未熟なうちは僕はきっと、絶対どんな事をしてでも君を守るよ」 だから早く面積だけでも広くなればいいなって。 照れ隠しなのか、キリルはニッと悪戯を企む子供のように歯を覗かせながら笑う。 それを見たルクスも続いて微笑むが、それは酷く曖昧なものであったと自分自身気付いていた。 納得して肩を並べられるようになるまで、どんな事をしても、身を挺してでも守る。 キリルの意思は固い。 それは「何においても、勿論戦闘面においても誰よりも頼りにしている存在だ」とルクスが告げたところで 本人が納得していないのだから意味がないだろう。 謙虚で努力家なキリルはこれからもっともっと強くなる。 負けてはいられない。 キリルがルクスを目標としている以上、 ルクスが立ち止ってしまえばキリルの可能性を丸々潰す事に繋がるのだ。 どんな相手にでも身を挺すのではなく、己の刃で跳ね除けられるくらいもっとずっと強くなろう、ふたりで。 彼が隣にいてくれて、本当に良かったと思った。 END2008.04.29 NOVEL