時間を忘れて
旅の合間には時折自由な時間が与えられる。
それは、物資の補給の為だったり、純粋に仲間達の休息の為だったり、ギルドの仕事を頼んだ仲間を待つ為だったり。
理由は色々あるが、時折1日か2日ほど自由な時間が舞い込んでくる。
「あ、そうだ。言うの遅くなっちゃったけど、明日は物資の補給で町に行くから、自由時間になるよ。1日かな、次の日の正午に出発だって。」
昨日の夜に一緒に夕食を食べている時に、キリルはそうルクスに告げた。
その時は、そうなんだ、と短く返すだけだった。
キリルもその事に関してそれ以上の言葉はなかった。
後は誰に言ってなかったかなー、と呟いていたので連絡事項を告げただけの会話だった。
その後は普通に他愛のない会話に戻ったのだけれど。
昨日の夜の事を思い出し、ふとため息をついた。
船の中は静かで、甲板まで出ればようやく町の方から人の声が聞こえてきたくらいだ。
流石に船は無人ではなく、荷物を運びこんでいる人や、船の点検をしている船乗りの人達を何人か見かけるけれど、それでも殆どの仲間達は町の方へ向かったのだろう。
買い物をするなら今くらいしかない。
海の上では出来ないし、普段陸に上がっても自由とされる時間は少ない。
何より共に戦っている仲間達は海の上に生きると決めた人達でもないので、やはり陸の上が落ち着くのだろう。
こんな時にまで船にこもっている人はどうしても少ない。
それでも甲板でぼんやりしている自分は、変わり者の部類だろう。
何も今こんな所で立っていなくても、海へ出てしまえばいくらだって甲板から海を見れるというのに。
それでもルクスはぼんやりと甲板に立ち、せめて海に背を向けて町の方を見る。
「出発は、明日の正午…か。」
今日1日は自由な時間だ。
何もない、本当に何もなく好きに過ごしていい時間。
さてどうしよう、と思い、もう1度ため息をつく。
昔から暇な時間が好きではない、と言うか苦手だ。
幼い頃から1日全てが予定で埋まり夜に眠る時くらいしか休む時間がないような生活を続けてきて、それが当たり前になっている。
だからいつも何かで埋めていた。
訓練生の頃はとにかく勉強や鍛錬をしたし、軍主の頃はそれに加えて会議や仕事をしていたし。
戦争が終わって増えるようになった何もない時間も、出来るだけそんな事に当てて過ごして、ただ時折少しだけ覚えた釣りなんかをしていた。
キリルと共に行動するようになってからは、特にこれといった役割もないので、気の向くまま掃除をしたり武器や道具の管理をしたり。
そうやっていつも過ごしてきたけれど。
何故か今日になって何も浮かばない。
昨日から、キリルに明日は自由に過ごしてね、と言われた時から何故か何も浮かばない。
困った、と昨日から何度思っただろうか。
特に欲しい物はなく道具はキリルと買いに行く必要最低限の物で十分なので買い物に行く気はなく。
勉強がてらに本でも読もうかと思ったのだけれど、この町の図書館は以前行ったけれど本の量も種類もあまり豊富ではなかった。
訓練をするか、でもなければ船に残っている人達の手伝いでもしようか。
そう思ったのだけれど。
船に荷物を運び入れる人達と、船の破損箇所がないかを調べている人達を見て、息をつく。
何故だか体が動かない。
荷物運びくらいは簡単に出来る。
船の事も知識はあるので手伝えるだろう。
手伝いをすれば暇な時間は潰せる。
手伝いに気が向かないのならこのままどこか人気のない場所に行って訓練でもすればいい。
そう考えるのにどうもしっくりこない。
何故なんだろう、と少しだけ眉を顰める。
何故自分の考えが分からならないと悩まなければいけないのか。
「………、最近多い。」
自分が何をしたいのか分からなくなる時が。
思わず声になってしまった呟きを、誰がいるわけでもないのに誤魔化すように口元を押さえ、もう1度町の方に目を向ければ見知った姿が目に入った。
遠目だけれど、タルとスノウの2人だった。
何で2人なんだろうと思っていれば、駆け寄ってくるジュエルの姿。
この様子だと他の2人もそのうち集まってきそうだ。
そのままじっと眺めていれば何かを話していて、ジュエルとタルがお互い首を横に振った。
どうしたんだろうか、とルクスは少し首を傾げる。
もしかして何か問題でも起きたのだろうかと、ここからなら少し大きな声を出せば届きそうなので声をかけようか考えた時。
「あ、こんな所にいやがった。」
後ろに2人分の気配を感じた直後に声をかけられる。
集まっている3人と一緒にいない2人ではない。
声をかけられて振り返る前に3人の方へと向かっていくポーラとケネスの姿が見えた。
「なに?」
振り返り短い返事を口にする。
本人にそんなつもりはないのにどうしても素っ気無い雰囲気になるが、もうそんな事をハーヴェイやシグルドが気にするわけもなく。
ルクスにしてみればごく普通に返事をしただけなので、振り返った先にいた2人も普通にそれを受け入れる。
「いや、元騎士団の連中がお前を見なかったかって聞いてきたから、何処ふらついでんだろうと思ってさ。」
もしかしてさっきタルとジュエルが首を横に振ったのは、ルクスは見つからなかった、と言う意味だったのだろうか。
少しだけ背後に目をやり、最後に合流した2人が先程のタル達と同じように首を横に振ったのを見た。
別に隠れていたわけではない。
起きて身支度をして部屋から出て簡単に何かを食べて甲板に来たくらいだ。
どれくらいすれ違ったのか。
少しだけ申し訳なくなった。
けれど自分を探しているだけなんだと思うと、どうしても声をかける気にはならない。
探してくれているのに、あの5人の所へ行く気にならない。
「別に、普通に部屋から食堂に行って甲板だった。」
「じゃあ運悪かったんだな、あいつら。」
「そうだね。」
じっと5人から視線を動かさずにいれば、ハーヴェイが近寄って同じ方向を見る。
「なんだ、あいつら集まってんじゃん。」
「うん。」
「行かないのか?結構真面目に探してたぞ。」
「何か問題でも起きた?そんな話は聞いてないけど。」
「ばーか。」
軽く頭を叩かれる。
叩かれた場所を押さえ、何故いきなり馬鹿と言われて叩かれなければいけないのかとハーヴェイを見上げれば、シグルドが苦笑した。
「遊びに誘いたかった様子でしたよ。」
シグルドの言葉に、数度瞬きをした後、ああ、とルクスは呟いた。
まるで予想外の言葉を聞いたような反応だった。
けれどルクスがこういった類の言葉にこういった反応を返す事を2人は知っている。
2年前に数度見かけた。
その時と同じ反応をするのだから、もうため息をつくことすらしなかった。
「で、行かないのか?」
「………。」
ルクスが少し困った顔で黙り込む。
それから少し間を空けて、体が動かない、と呟いた。
「はぁ?」
「あ、違う、体調が悪いとかじゃない。……気分が乗らない、のかな?」
「自分の言葉に首を傾げるな。」
また叩かれる。
痛いなと思いながら集まっていた5人の方に意識を戻せば、また数人で散り散りになっていく。
まだ自分を探す気なのだろうか、そう思うと少し申し訳なくなった。
声をかければよかった。
気にせず好きに過ごしてきてくれ、と。
だって本当に体が動いてくれないんだ。
自分を当たり前のように探してくれる事は嬉しく思うし、彼らと過ごす時間をイヤだと思っているわけでもないのに。
どうしても、散り散りになっていく5人に声をかける事が出来ない。
ハーヴェイもルクスと一緒に5人の様子を眺め、そうして姿が遠くなると小さく息をついた。
「暇なのか?」
「うん。」
「これから何をしようとかは、考えていましたか?」
「船の事を手伝おうかと考えた。でも、やっぱり体は動かなかった。」
「他に考えた事は?」
「特にない。」
ハーヴェイとシグルドの問いにルクスは素直に答える。
この2人は本当に以前から何かとルクスの世話を焼いてくれる。
簡単な事を難しく考えるお前は本当に時折殴りたくなる、と以前ハーヴェイに言われた。
別に難しく考えているつもりはないし、実際に何度も殴られているのだけれど。
2人の問いに素直に隠さずに答えていけば、ふと答えが見つかるのは、本当だ。
今回も助けてくれるらしい。
申し訳ないと思うけれど、ありがたいとも思う。
「本当に、他に何も?」
だからシグルドの言葉に、もう1度考えていた事を思い返す。
誤魔化すような言葉を選んでも、深く考えずに返した言葉でも、答えは見つからない。
だから真剣に今まで考えてきた言葉を思い返して。
「………、失敗した、と。」
「え?」
「何故か、失敗したのかなと、思った。昨日、キリル君から今日は自由だといわれた時の事を思い出して、何故だかそんな言葉が過ぎった。それくらい。」
ルクスにしてみれば十分説明を加えたつもりの言葉だが、2人には通じなかったのかとても不思議そうな顔をした。
それでもその言葉の意味を2人は真剣に考えてくれている。
ルクスも何の言葉が足りなかったのかを悩む。
必要な連絡を告げるときや指示を出す時にはきちんと相手に伝わるというのに、自分の事となるとどうしても言葉が少なくなってしまう。
3人で悩んでいれば、ああ、とシグルドが声を上げて楽しげに笑う。
「ルクス様、せっかくですし、今日は一緒に過ごしませんか?」
そうしてそんな事を言った。
何故この流れでそうなるのかは分からないけれど、シグルドが先程のルクスの言葉が理解できなくて放り投げたとは思わない、ハーヴェイですらいつも投げ出さずに最後まで考えてくれるのだから。
きっと意味のある言葉なのだろうと、ちゃんと考える。
2人と過ごす事はルクスにとってある意味気が楽だ。
素っ気無く冷たいと思われがちな言葉は気にしないし、ふと自分が分からなくなる時はこうして助けてくれる。
2年前にも、最初は半ば強引に、気付けばかけられる言葉に当たり前のように頷いて、短い時間だけれど一緒に過ごす事は多かった。
探してくれている5人の所へ行けないのなら、それもいいかもしれないと思ったけれど。
少しだけ口を開いて、何故か閉じた。
その自分の行動が分からなくて、ルクスは視線を落とす。
断る理由はない、けれど先程体が動かなかったように、承諾を伝える事も頷く事も何故か出来ない。
困惑していれば、シグルドに続いてハーヴェイが納得したように声を立てて笑った。
「なんだ、お前、またそんな簡単な事を真剣に悩んでいたのかよ。」
「………、結局何?」
「ルクス様は、今日どうやって過ごしたいのですか?」
「………、それは…。」
「ではなくて、今日は誰と一緒に過ごしたいのですか、というのを考えた方が早いですよ。」
「え?」
誰と、と言われてもそんな事は考えていなかった。
暇だからどうしようかとばかり考えていて。
それでも、誰と一緒にいたいか、と聞かれた瞬間に、考える間もなく浮かんだ姿はキリルだった。
他には誰も浮かばない、目の前にいる2人でも、探してくれている仲間達でもない、キリルだけ。
まるでそれ以外の答えがないように、気付いていなかっただけでずっとそれだけを考えていたように。
「………、なんだ、そういう…事…。」
少し顔が熱くなったような気がして、隠すように手で覆う。
「そりゃ、失敗した、と思うよな。話をふられた時に、じゃあ明日は一緒に町に行こう、それを言えば全部簡単にすんだのに、タイミング逃してさ。」
「でも…、キリル君にだって都合が…。」
「ばーか。」
またも叩かれた。
けれど確かに馬鹿だと思うので反論も出来ずにいれば、少し乱暴に頭を撫でられた。
「そんなの、聞かなきゃ良いか悪いかも分かんねーんだから、聞くだけ聞けばいいんだよ。ダメだったらなんてのはダメだった時に考えろ。」
「………、そんなもの?」
「戦いでは最悪の場合は考えてなきゃいけねーけど、友達付き合いにまで、そんな考えかたすんなよ。」
ごく自然に出た、友達、とその言葉にルクスは顔を上げて2人を見た。
どんな顔をしていたのか、珍しい事に自分では分からなかった。
ただ2人は一瞬驚いたような顔をした後に、すぐに笑ってくれたから、きっととても情けない顔をしていたのかもしれない。
「友達、でしょう?」
なんと答えれば言いのか分からずに、ただ視線を彷徨わせる。
お互いがお互いに距離感が掴めないのか遠慮している部分がよく見えるけれど、それでも一緒に過ごしている時はあれだけ仲がいいのだ、友達と言っても何も不思議はないのに、それでもルクスは困った顔のまま考え込む。
本当に、子供の頃普通に友達と遊んだり喧嘩をしたりなんて、しなかったんだなと、こんな時にとても強く思う。
そうしてそれは時折キリルに対しても感じる事。
難しく考えずに、何も考えずに、言ってしまえばいいのに。
ただ困っているルクスを見ていれば、視界の隅に赤い色が入る。
ハーヴェイが船の下を見れば、ヨーンと共に船から降りているキリルの姿。
「おい、キリル!」
声をかければ、びくりとルクスがその名前に反応し、キリルは顔を上げて笑顔でこちらに手を振る。
「ハーヴェイさん、おはよーございまーす!」
「おー!これから出かけるのか?」
「ちょっと散歩に。」
隣のヨーンに、ね、とキリルが言えばヨーンも小さく頷く。
船から少し身を乗り出すように声をかけているハーヴェイは見えても、キリルからルクスは見えないらしい。
ハーヴェイは頭に巻かれている赤い布を掴み、俯くばかりのルクスを引っ張る。
それで姿が見えたのか、ルクス、とキリルが名を呼べば、困惑したままの様子だけれど、やはりその声を無視する事はできなかったらしい。
「………、おはよう。」
「おはよう!ルクスはハーヴェイさん達と一緒に船に残るの?」
「あ…、いや、その…。」
「いーや、ちょっとオレとシグルド用事があるから、これから出かける。」
「あ、そうなんだ。じゃあルクスは1人?」
キリルの声に少し緊張と喜びが混じったように聞こえた。
もしかしたらキリルの方もルクスを誘いたかったのかもしれない。
似た者同士だよなと思いながらハーヴェイがルクスの頭を小突けば、その意味を理解したルクスは顔を上げて息を吸う。
それから緊張した様子でキリルを見る。
「1人、だから…、特に予定ないから……、散歩、ボクも付き合わせてもらっても、いいかな?」
必死な、まるで一大決心を告げるような声で、そう言えば。
キリルのほうは一瞬きょとんとして、けれどすぐにとても嬉しそうに笑って、頷いた。
「もちろん、一緒に行こう!」
「………、うん。」
今降りる、と早口で告げ、ハーヴェイとシグルドを振り返る。
「ごめん…。」
「いいですよ、気にしなくても。」
「遠慮なんかしてないで、さっさと遊んで来い。それこそ時間を忘れるくらいに、楽しんでな。」
「………、ありがとう。」
走って行く後姿を見送って、2人は顔を見合わせて苦笑する。
お礼を言うような事ではない。
その前に悩む事でもない。
あれだけ仲がいいのだから、早く自覚と自信を持てばいいのに。
「あいつらはいつになったら、一緒に遊ぼう、ってそれだけの事を気負わずに言えるようになるんだ?」
「まぁ、気長に応援しましょう。」
「世話かかるリーダー達だなぁ…。」
少し照れたようにしながらも、結局一緒に過ごせて嬉しそうに笑う不器用な2人を、苦笑しながら見送るために手を振った。
END
2007.02.28
遊びたいんだけど誘っていいのか分からないんです、前回キリル君だったので、今回ルクス
いつまでテメー等そんな感じなんだよ、ごめんなさい、そろそろ普通に遊びに行く事くらいはします
騎士団の皆様の扱いが適当で申し訳ありませんが、個人的に、ルクスと彼らは友達までいけなかったような気がして…
だから余計にキリルに対して困惑気味です、つまり大好きなんです、お互い大好き、結局そんな結論
NOVEL