一緒に食事(カニ)でも






 きっと、これは何かの縁なんだと思う。
 2年前に戦争があった。
 その戦争は一応終結をしたけれど、以前戦った国を相手にまた戦い始め、そうして集まった仲間は以前共に戦った仲間達が殆どだった。
 もうこんなふうに、以前の仲間が多く集まる事なんて、ないと思っていた。
 戦争が終わって、オベルに身を置いて、時折会いに来てくれる人はいるけれど、こんなに人が集まる事はない。
 切欠が戦いだというのが少し残念にも思えるけれど。
 今回はリーダーではなく、頼まれて仲間になった自分を、笑顔で迎えてくれた以前の仲間達。
「結構、ありがたいものだね。」
 ポツリと呟いた。
 暗い夜の、けれど寝るには時間が早くて、皆がそれぞれに自分の時間を過ごしている頃。
 焚き火の前に行けば、人はいなかった。
 ルクスは特に何もする事がなかったので、少しだけ弱くなっていた焚き火に木の枝を放り込み、そのままここに座り込んでいる。
 そうして呟いたけれど、独り言のつもりはない。
 少しすれば、後ろのほうから小さなため息が聞こえた。
「それ、独り言か?」
 振り返らなくても誰かは分かった。
 キカの傍にいる海賊2人組みの片割れ。
 2年前の戦争では、何かと自分を構ってくれた人だ。
「ハーヴェイがいたから。」
「ちぇ、驚かそうと思ったんだけどな。」
 何か文句を言いながらルクスの隣まで来る。
 気配が消しきれてない、といいかけてやめた、どうせ文句が長くだけだろう。
 それに放っておけばすぐに機嫌は直る。
 案の定、幾つか文句を並べれば気が済んだようで、すぐに不機嫌そうな表情は消えた。
 そうして辺りをきょろきょろと見回す。
「なあ、キリル知らないか?」
「キリル君?」
 自分を仲間に誘った少年の名前に、ルクスは顔を上げた。
 少し前の食事の時間はいなかった。
 探しに行こうかと思ったけれど、彼の傍にいるセネカに止められた。
 気にしなくていいですよ、と言われたけれど、困ったようなその表情を見ればどうしても気になってしまった。
 なんとなくこの辺りを探してみたけれど、結局は見つからなかった。
 ついでに夕飯よりも探す事を優先してしまったので夕飯はろくに食べられなかった。
 思い出してみれば、なんだかお腹がすいてきた。
 後で魚でも釣ってみようかと思いながら、焚き火に枝を放り込む。
「知らないよ。」
「そっか。」
 短い言葉をハーヴェイは気にした様子はない。
 そういえば、彼の姿も随分見えなかった。
「じゃあ、これ渡しといてくれ。」
「え?」
 いきなり押し付けられたのは、何かの箱だった。
 ルクスの肩幅ほどの箱。
「これ…?」
「ああ、キリルに頼まれた…、いや、頼まれてないか。勝手にオレが世話やいてんな、これは。」
「ハーヴェイ?」
「とりあえず渡しといてくれ。たぶんそのうちキリルも来ると思うから。」
「……分かった。」
 頷けば、ハーヴェイは満足そうにルクスに手を振った。
 その姿に何か物足りなさを感じ、少ししてから足りない何かに気付いて口を開く。
「シグルドなら武器の手入れ。」
 そう告げれば、何故か顔を赤くして物凄い勢いで怒鳴られてしまった。
 走り去ったハーヴェイに、何故怒鳴られる必要があるのだろうかと首を傾げる。
 答えを知りたくても本人はいないので、今度聞こうと思った。
 とりあえず、押し付けられた箱を置く。
 勝手に世話を焼いた、と言っていた。
 仲がいいのかなとぼんやりとそんな事を思う。
 ルクスよりも先にハーヴェイはシグルドとこの戦いに参加していた。
 キカ様に言われたんだ、と相変わらずの理由を告げながら、キリルの肩に腕を置いて寄りかかりながら彼に同意を求めていた。
 キリルもニコニコと笑いながら頷いていた。
 なんか雰囲気が似ている2人だなと、そんな事を思ったのを覚えている。
 ハーヴェイは少し口が悪く、キリルは何か世間知らずな雰囲気があるが、2人揃って結構人懐っこい。
 ルクスが初めてキリルと会った時も、巨大蟹を片付けて、落ち着けばキリルは人懐っこい笑顔で握手の為に手を差し出してきた。
 無表情といわれる自分とは正反対の人だ。
 そうして今回再び仲間が集まったのが縁だというのならば。
 1番縁というものを実感しているのはキリルだ。
 正確な時間は思い出せないけれど、それでもまだ自分もキリルも幼い頃、確かに出会った。
 けれどとても短い時間を共有しただけで、その時はお互いの名前さえも知らなかった。
 ただ、キリル様、と呼ばれているのは聞いた、それだけだ。
 それでもキリルもうっすらと覚えてはいたらしい。
 ふとそれを口にした時に、ルクスが同意すれば、とても嬉しそうに笑ってくれた。
 それからというもの、何かと一緒にいる時間が増えたように思う。
 けれどキリルの姿は夕食よりも前の時間から見ない。
 本当にどこに行ったのだろうか。
 何故だか妙に気になる。
 もう1度探しに行こうかと思えば、人の気配を感じて顔を上げる。
 まだ距離は遠い。
 けれど不穏な気配ではなく、のんびりとした様子でこちらに向かっているから、仲間の誰かだろうか。
 ほんの少しだけ警戒しながらもその方向を見ていれば、赤い色が見えた。
「あー、ダメだなぁ…、難しい。」
 聞こえてきた声は、たぶん独り言だろう。
 元気がなさそうに俯いているので、焚き火の傍にルクスがいるという事には気付いていないようだ。
「キリル君?」
「うわぁっ!!」
 声をかけてみれば、案の定驚かれた。
「あ…、ル、ルクス、ごめん、気付かなかった。」
 かなり驚いたようで、胸の辺りに手を当てながらキリルが言った。
 その逆の手には、彼の背丈ほどある大きな武器が握られていて。
 近寄ってくる彼の姿が焚き火の明かりでハッキリ見えるようになれば、顔や手などに赤い色が見えた。
「1人で何して…って、え、なに?」
 無言のままに駆け寄れば、他にも傷が見えた。
 深い物がないのは幸いだが、数が多い。
「何が?」
 何があったのか、と辺りの気配を探りながらいくらか低い声で尋ねる。
 気をつけているつもりだったが辺りに魔物でもいるのか、それとも山賊か何かの類か。
 キリルの腕を庇うように引っ張り、腰にある双剣の片方の柄に触れる。
 一瞬で変わった雰囲気にキリルが驚いたように目を丸くして辺りを見回す。
 ルクスの短い、何が、では意味が通じていないようだ。
 困ったように辺りを見回し、自分を庇うような素振りでいるルクスを見て、あ、とキリルは声を上げる。
「ち、違うよ、ルクス。魔物とか山賊に襲われたとか、そんなんじゃないから!」
 慌てて言えばルクスは無言でキリルを見た。
 その視線の意味は分からないけれど、とにかく武器に触れたまま警戒を解いていないのは確かだ。
「確かにこの怪我は魔物相手にしてだけど、離れた場所だし、この辺りは大丈夫だから!」
 今度は少しだけ眉を顰めた。
 そうして辺りを見て、危険がないということだけは納得したようで、武器から手を放す。
 そうしてそのままキリルをじっと見る。
「え…、えーと…?」
 何でじっと見るのかと困惑すれば、ルクスもそれに気付いたようで、少し言葉を探すように視線を落す。
「じゃあ、怪我は何で?」
「あ、あはは、な、なんでもない、本当に、全然、たいした事…って、痛っ!」
「深いね…。」
「痛い、ちょっ、そこだけやけに痛い!」
「無自覚…、危ないね。」
「とりあえず手放して!」
「なんで怪我したの?」
 腕を掴んだままに聞いてくる。
 ずきずきと感じる痛みに耐えながら、つまりは、言うまで放さない、という意思表示なのだろうと思った。
「えーっと、えーっとね、その、魔物を相手に、ちょっと…。」
「なんで?」
「た、鍛錬?」
「キリル君。」
「ごめんなさい!言います、言いますから、とにかく痛いです!!」
 手を放せば、キリルは困ったように視線を彷徨わせる。
 随分と言いにくい事なのか、それでも真面目にこの場所から逃げようとはせずにちゃんと話をしようとしている。
「えーっと、あのね、ルクスってカニが好きだって聞いたんだ。」
「カニ?」
「うん。初めて会った時もカニ食べようとしていたし、ハーヴェイさんに聞いたらカニ饅頭よく食べていたって聞いたし。」
 確かにカニ饅頭は好んで食べていたし、あの巨大ガニもそれなりに気に入っていた。
 それがどうしたのかと思えば、キリルが困ったように視線を彷徨わせる。
「それで、ボク達が初めて会った時に、キリルあの大きなカニ結局食べられなかったじゃない?申し訳ないなってずっと思っていて…。」
「…………。」
「でね、この辺りにも似たようなのが出るって聞いて、あれ大きくて強いんだけど、足1本くらいは何とかなるかなって思って。」
「…………、もしかして…。」
「でも1人だと難しいね。ルクスは簡単にやってのけていたけど、ボクはまだ全然ダメだったよ。」
 キリルの言葉に呆然とした。
 そうして彼の怪我だらけの姿を見て、ばっと頭が真っ白になった。
「何を考えている!」
「っ…!?」
「1人でそんな危ない事をして、誰かに手伝いを頼めばすんだことだ!それ以前にそんな事で自分を危険に晒して、キミはリーダーなんだから、その辺りも考えて…、っ!」
 叫ぶ言葉を途中で止めた。
 キリルを見れば、悲しそうな顔で俯いていた。
 その姿を見て、初めて自分が感情のままに叫んでいた事にルクスは気付いた。
 言った言葉が間違っているとは思わなかったが、叫ぶ必要があったとは思えない。
「………ごめん、なさい…。」
 キリルが小さく呟き、その言葉で頭が冷えた。
 1人で危険に向かった事は褒められないが、それでもキリルは自分の為にやってくれたんだ。
「……いや、ボクこそ怒鳴ってごめん。」
 ルクスはそう言うのが精一杯だった。
 俯いてしまったキリルになんて言えばいいのか分からなくて困っていれば、先程ハーヴェイが置いていった箱を思い出した。
 焚き火の傍においてあったそれを取りに行けば、キリルも顔を上げた。
 少し躊躇いながらも焚き火の方へと歩み寄る。
「これ、ハーヴェイから。」
「ハーヴェイさん?なんだろう…。」
 箱を不思議そうに見て、ぱかりと蓋を開けてみる。
 その中身を2人は暫くじっと見て、そうしてお互いの顔を見た。
「カニ。」
「カニ、だね。」
 中には魔物ではない普通のカニが詰まっていた。
「もしかして、ハーヴェイさんに色々聞いたりしていたから用意してくれたのかな?」
「オレが勝手に世話を焼いた、って言っていたよ。」
「そっか、嬉しいな。」
 その表情に笑顔が戻り、渡された箱をニコニコとルクスに向ける。
「これでルクスにカニ食べてもらえる。というわけで、これ貰って。」
 渡された箱を見て、その中に入っているカニよりも、キリルにいつもの笑顔が戻った事の方が嬉しかった。
 ほんの僅かに、ぱっと見ただけでは分からないくらいに小さく、ルクスは笑って。
 キリルの頬にある傷の傍をそっと指でなぞる。
 少し痛みを感じたのか僅かに目を細めたけれど、それでもニコニコと笑っている。
「キリル君は、結局夕飯食べた?」
「食べてない。いつ戻れるか分からないからセネカにいらないって言っちゃったし、でもまぁ、明日まで何とかなると思う。」
 ルクスにカニを渡せたのがよほど嬉しかったのだろう。
 もうそれで十分だとでも言うような表情だ。
「コルセリアが起きていたと思うから、治してもらっておいで。」
「大丈夫だよ、これくらい。」
「治してもらっておいで。」
 少し強い声で言えば、キリルは少し怯んだようだ。
 だから意識してルクスは笑って見せた。
 きちんと笑顔に見えたか分からないが、キリルは小さく首を傾げた。
「その間に準備するから、一緒に食べよう。」
 出来るだけ優しい声で言えば、きょとんとしたキリルは、すぐにぱっと表情を明るくした。
「あ…、でも、ルクス夕飯…。」
「色々あって食べられなかったから、ちょうどいい。」
「じゃ、じゃあ、すぐに治してもらってくる!すぐに頼んでくるから、待っててね!!」
 その手にある大きな武器がなければ、その姿は小さな子供だ。
 待っててね、と念を押すように繰り返して走っていく。
 走り出した1歩目を一瞬痛そうに躊躇ったけれど、けれどそれを我慢した、何処か不自然な走り方だった。
 もっとしっかりと言っておいたほうがよかっただろうか、とそんな事を思ったけれど。
 とても嬉しそうに笑ったキリルを思い出せば、そんな考えは消えてしまって。
 カニの入った箱を抱えて、後でハーヴェイに礼を言っておこうと思った。
 そんなルクスの表情は、今まで誰も見たことがないほど、けれど本人は意識せずに、ただ嬉しそうに笑っていた。










END





 


2006.10.01

なんでハーヴェイがそんな役回りかって
寂しさで作ったようなサイトなので、できるだけこの4人は出すようにしようかなと思った結果です





NOVEL