大人






 それは綺麗な星空が広がる夜だった。
 穏やかな波と心地よい風。
 とても気持ちがいいから少し表に出てみようか、そう明るい声がルクスを誘う。
 断る理由もないので頷けばすぐに笑顔で手を引かれた。
 甲板に出てしばらくは床に座ったり、意味もなくうろうろしたりしながら雑談を楽しんでいたが、そのうちに段々と落ち着ける場所が欲しくなってくる。
 最終的に二人が辿り着いたのは甲板の手すり。
 そこに背中を預け、身体をぐっと逸らして大きく天を見上げる。
 広がる満天の星空を前に自然と口を閉ざし、今度は静かな空間を楽しんだ。

 どれくらいそうしていただろうか。
 そろそろ身体を逸らし続けるのも痛くなってきたという頃、ふいに隣で静かに空を眺めていたキリルがポツリと呟く。

「僕達さ、いつまでこうして一緒にいられるのかな?」

 それはまるで世間話か何かのような、何でもない風にコロリと転がり出てきたもの。
 少し油断すればそのまま流してしまうところだろうが、頭が内容を正確に理解し始めるとそうもいかなくなる。
 その時ルクスが出来たのは、視線を隣にいる存在へと小さく向ける事だけだった。

 二人は終わりある旅の途中で出会った。
 老若男女、職業も何もかもがバラバラである仲間達は、目的を遂げたあとは自然と自分達の本来あるべき場所へと帰っていく。
 ルクスとキリルにもいずれ訪れるその時。
 しかし「そんな時など来なければいいのに」と、ルクスはそう思っている自分に薄々気づいていた。
 それじゃあ元気でと笑顔で別れるには、キリルの存在はルクスの中で大きくなり過ぎていた。
 このまま時間が止まればいい。
 そんな非現実的な事を一瞬でも願ってしまう始末だ。
 しかし時間はそんなルクスに構う事なくどんどんと先に進んでいく。
 この旅も、一歩一歩確実に終わりへと向かっている。
 “いつまで一緒にいられるのか”
 それはルクスが無意識に避けてきた疑問だ。
 いつかは別れが来るという現実を直視してしまう。
 言葉に出してしまえば終わりが鮮明に見えてしまうような気がした。
 目的を果たしたあとも、これから先もずっと共にありたいと願う気持ちすら儚く弱いものに思えてくる。
 しかもこれは一歩間違えば相手に重く圧し掛かる酷く自分勝手な願いだ。
 口に出して、万が一嫌われでもしたら。
 ああ、自分はいつからこんなに臆病になってしまったのだろうか。
 ぐるぐると頭を回る経験した事のないそれから逃げるかのように、先の事や別れの事は極力考えないようにしてきた。
 それなのにキリルはあっさりとそれを飛び越えてくる。

「……いつまでかな」
「ね、いつまでだろうね。でも僕は出来る事ならずっとずっと、これから先ももっとたくさんの事、ルクスと一緒に経験したいって思う」

 そして、更にもっともっとルクスの深いところまで入り込んでくるのだ。
 ほんのわずかだが変化したルクスの表情に気づいたのだろう。
 おかしいかな、とキリルは少しだけ首を傾げる。

「好きな人と一緒にいたい、一緒に何かしたいって思うのは、自然な事じゃないかなって僕は思うんだけど」

 夜風の程良い冷たさが髪を揺らす。
 キリルの穏やかな笑みと声音が静かにルクスを包み込んだ。

 キリルは子供っぽい。
 そう誰かが言っていたが、それはとんでもない誤解であると言ってやりたい。
 自分の気持ちを臆する事なくストレートに相手に伝える事の出来る強さ。
 戦闘での強さなら鍛えればいくらでも身につける事が出来るが、これは自身の根っこの問題。
 そう簡単な話ではない。
 それも単なる押し付けとも強引さとも違う、ましてや子供のような単なる無邪気さとも違う。
 例えるならそう、まるで身体に沁み入ってくるような静かで純粋な言葉。

 ルクスには決してマネの出来ない、キリルの大人で素直な強さなのだ。










END





 


2010.10.01

四周年、どうも有難う御座います!





NOVEL