切望






「どうしよう。」
 ふとルクスは無意識にそう呟いた。
 本人は心の中で呟いたつもりだろうが、しっかりと声に出ていたので一緒にいたフレアはきょとりと目を丸くした。
 気付かないルクスはいつも通りの無表情で何処かを眺めていた。
 何気なくその視線を追ってみる。
 薄々答えは分かっていたが、案の定視線の先にいたのはキリルだった。
 いつものようにハーヴェイとシグルドの2人と何かを話しているキリルをじっと見る。
 楽しそうなその様子を羨ましく思うのなら声をかけに行けばいいのに、とフレアは思ったが、どうやらそうではないらしい。
「どうしたの?」
 声をかければルクスはフレアの言葉の意図を理解していない様子で振り返る。
 やはり先程の呟きを声に出した自覚はないらしい。
「どうしよう、って言ってたじゃない。」
「え?」
「声に出ていたわよ。」
 今更遅いが、咄嗟にルクスは口元を手で押さえる。
 それから何処となく困った顔で目を逸らした。
 別に無理をして自分に話してくれなくてもいい、とフレアは思ったが、それはそれで少し寂しい気もするのでルクスの反応を待った。
 先程ルクスが目を向けた先にいる3人に相談できる事ならそれでもいいし、自分に話してくれるのなら出来る限りの事はする。
 今でも自分の内面を表に出すのが苦手な弟の様子を見守っていれば、そろりとルクスが口を開いた。
 姉に話してもいいと思ったらしい。
「キリル君に…。」
「ええ。」
「どうしたいのかと、思って…。」
「………?」
 フレアが首を傾げる。
 流石にルクスも今のは言葉が少なすぎると自覚しているので、何とか続けられる言葉を探すがなかなか見つからない。
 そもそも言葉に出来るほどルクス自身が今の心境を理解していないという問題がある。
 お互いが困惑した様子を見せる中、それでも何とか理解しようとフレアが尋ねた。
「どうしたいかって、何かしたいの?」
「………、多分。」
「何を?」
「分からない…。」
 肝心の部分が分からないままではどうしようもなくて2人とも黙り込む。
 困ったルクスはキリルを見た。
 それで何か分かる事があるかもしれないと思ったが、結局は何も分からない。
 ただやっぱり、どうしよう、と心の中で呟いた。
 その言葉しか浮かんでこなかった。
 キリルに対しては色々な気持ちを感じてきたし、その殆どは初めて感じる名前も分からないものばかりだったが、それでも1つずつハーヴェイやシグルドの協力を得て理解してきた。
 仲間だと思い、大切だと思い、友達だと思った。
 それで大抵の事は対処出来るようになったのだが、最近になってまた1つ新しい問題が現れた。
 それが今抱えているどうしようと思う気持ち。
 分かる事は、キリルに何かをしたいらしい、ただその1つだけ。
「何だろう…。」
「そうねぇ…。」
「よく分からないけど、時々衝動的に何かを思う。」
 放っておけば通り過ぎる一過性のものだ。
 けれど何度も繰り返し湧き上がってくる何かは、正体が分からないという事もあって気持ちが悪い。
 先程もそれを感じたので、その気持ち悪さを吐き出すように思わず声に出してどうしようと呟いてしまった。
「こういうの…、苦手。」
「でしょうね。」
 殆どの感情を上手く抑え込めるルクスにとって、コントロールの出来ない感情は気持ち悪いものでしかない。
 キリルが関わるものでなければ、きっと早々に存在を認めないまま押し込んだだろう。
 困った様子でルクスは繰り返した。
「本当に…、どうしよう…。」
 そう言ってじっとルクスはキリルを見る。
 何となくその様子を眺めていたフレアは、ルクスの静かな青い色の目が何処か熱に浮かされているように見えて、何を困っているのか少しわかったような気がした。
 キリルを特別大切にしているのは知っている。
 そして2人ともお互いを友達だと言っていたが、本当は友達とは少し違うんじゃないかとも思っていた。
 けれどこんなに明確に違いを見たのは初めてだ。
 流石にどうしたらいいのかフレアは戸惑った。
 困っているルクスに手を貸すべきか、それとも何も言わずに見守っておくべきか。
 ルクスの意識がすっかりキリルに向いている間、フレアは海を見ながら考えて、そして深くため息をついた。
「どうしたの?」
「ルクス、ちょっと。」
 フレアが手招きをすれば、ルクスは不思議に思いながらも元々近かった距離をもう少し詰める。
 近くなったルクスの肩を掴んで、フレアはルクスの耳元で簡単な手助けを伝えた。
 どうせ自分が何もしなくても、2人の近くにいるハーヴェイとシグルドが何かしら手を貸すように思えた。
 もし彼らの手助けがなかったとしても、きっともうルクスがキリルを選ばない事はないだろう。
 半ば諦めたように伝えて手を離すとルクスが目を丸くしている。
 最近ではよく見るようになった年相応の表情にフレアは笑ってルクスの肩を叩いた。
「そう言うわけで、行ってらっしゃい。」
「え…、え?」
 ルクスが困惑していればフレアは無理矢理ルクスをキリル達の方へ向けて突き飛ばすように背中を押す。
 数歩よろけた後にルクスは振り返ったが、笑顔で手を振るフレアに諦めてキリル達の方を見た。
 近くに行けばすぐにキリル達はルクスを見る。
 途端にまたよく分からない衝動を感じたけれど、出来る限り何でもない顔でルクスは笑った。
「ルクス。もうフレアさんと話はいいの?」
「え?」
「随分真面目な顔をして話してたじゃないか。ちょうど何やってんだろうなって話してたとこ。」
「もしかして邪魔をしましたか?」
「いや…、大丈夫。」
 悩んでいた事を話していただけで、その前はオベルに残ったリノについて少し話をしていただけだ。
 内容も聞かれて困る事ではなく話も終わっていたのでルクスは首を横に振る。
 それからキリルの方を向いた。
 どうしたの、とキリルが尋ねてくるので、答えようとしたがルクスは口を噤む。
 その様子にキリルは首を傾げた。
 ハーヴェイとシグルドも不思議そうにしている。
 3人の様子に、別に今じゃなくてもよかったのではないかとルクスは思ったが、フレアが様子を見守っているのが分かるので相談を聞いてもらった手前ここで逃げるわけにもいかない。
 少し迷った後に覚悟を決めて口を開いた。
「あのさ、キリル君。」
「うん。」
「その…。」
 先程のフレアの言葉を思い出す。
 たったこれだけでいいから言ってみなさい、と彼女は言った。
「好きだよ。」
 正体の分からない何かを我慢しないで、いっそそれをキリルへ伝えるように、この一言だけでいいから。
 そう言われた事を実行してみれば、つっかえていた物がなくなったような気持ちになったが、同時に何故か急に恥ずかしくなった。
 キリルもきょとりとした後に顔を赤くしてうろたえた様子を見せた。
 ハーヴェイとシグルドは、また何かやりだした、と呆れた様子だが今はそんな事どうでもよかった。
 この後どうするべきだったのか聞いておかなかった事を後悔したが振り返る気になれない。
 それよりもキリルの反応が心配で、ただじっと見守っていれば、そのうち恥ずかしそうにしながらもキリルは笑った。
 嬉しそうな様子に何もかもがどうでもよくなった気がして、ルクスはもう1度繰り返した。
「キリル君の事、本当に好きだよ。」
 自然と出てきた言葉を口に出せば、気持ち悪さの正体がほんの少しだけ理解出来たような気がした。










END





 


2010.10.01

キミに届けボクの想い的な何かで4周年ありがとうございます





NOVEL