肝試






おどろおどろしい不気味な雰囲気が辺り一面を容赦なく覆う。
薄暗くてハッキリしない視界、首筋を這うようにじれったく流れる生温かい風。
地面を踏み込む己の足音すら不気味に聞こえて、自然とその足取りは抜き足差し足忍び足だ。
初めは好奇心の塊だった気持ちも、一歩二歩とこの空間に入り込んでいく度にそれ以上の恐怖心にとってかわる。
何が起こるか判らないという恐怖心。
人間は予想外の展開が起こる事に少なからず恐怖を覚える生き物だ。
知らず知らずのうちに大きく鳴る心臓を、キリルは服の上からぎゅっと押さえつける。
それに気づいたのか、キリルの隣を歩くルクスが「大丈夫か」とそっと声をかけた。
いつもなら何でもない、むしろ自然と心地よくしみ込んでくる大好きな声なのに、
今はこの不気味な雰囲気も手伝い、何より突然かけられた声とあってキリルにとっては驚きの対象にしかならない。
キリル自身驚くくらいあからさまにビクッと震わせた身体につられるように、ルクスの身体も大きく跳ねた。

「……ご、ごめん」
「いや、こちらこそ……」

足取りと同じく最小限にまで抑えられた声の音量。
思わずその場でふたり向かい合ったまま立ち止まる。
それからしばらく見つめ合う事数十秒。
どちらからともなく出てくるはずの先を促す言葉は、一向に出てくる気配はない。
どこからともなく流れてくる風。
それにざわざわと揺れる木、葉、カラカラと岩を滑り落ちる小石達。
確かここは地下洞窟のはずで、何故こんなところに風が吹くのか、こんな緑がわさわさしているのか。
あれこれと疑問は尽きないが、それに応えてくれる人間はここには誰もいない。
本当にふたりだけ。
途中にあるらしい恐怖に耐えられない人達ように作られた脱出通路も、辺りを見回して探す勇気がなければ意味がない。
この空間から抜け出すには、自らの足でゴールまで向かうしかない。
ドキドキバクバク。
向かい合ったふたりはその手を取り合い、ごくりと喉を鳴らす。
ひとりじゃないから大丈夫だ。
ひとりじゃないから大丈夫だ。
そう呪文のように頭の中で繰り返しながら、向かい合ったままぎこちないカニ歩きで前へと進もうとする。
若干腰が引けていて歩きづらいが、互いに手を取り合う事で上手くカバーしゆっくりと一歩一歩確実に足を動かす。
すり足のためにズズズと地面を靴がこする音が洞窟内にこだまする。
ただ順路という看板がさす方向にひたすら進むが、
「今自分達はどの辺りにいるのだろう」「ゴールはいつだろう」という疑問が永遠を予感させる。
地図が置かれていないのは、そういう恐怖心をあおるためだろう。
全く良くできているにもほどがある。
暗がりなので互いの表情は見えても顔色までは判断がつかないが、血行が良さそうな顔色でない事だけは間違いない。
ザザザッと明らかに風でないものが木を揺らす。
同じタイミングでビクッとはねる身体。
どこからともなく聞こえてくる水滴の音。
何だか心なしか段々とこちらに近づいてきているような気がする。
いや、微妙な距離感を保ちながらついてきている?
それともこちらから近づいていっている?

これまで相手にした事のない得体のしれないものに対する恐怖心。
もう限界だった。

「キリル君……」
「ルクス……!」

普段からは考えられないような切羽詰まった声で名を呼び合う。
繋がれた手にぎゅっと力がこもり、そのまま互いを求めるかのようにふたり身体を寄せあって――――――――――。










「………………なーんていう年齢相応の可愛い展開にはならないのか、お前らは……?」
「いやあの、驚きはしたんですよ、驚きは……」
「だからってな、お前ら………………何もオバケ役の人はっ倒してくる事ないだろうがああああああああ!!!」

入口兼出口で仁王立ちになって叫ぶハーヴェイに、シグルドの大きなため息がプラスされる。
キリルとルクスは、それに今でも正座する勢いで肩をすぼめながら耳を傾けた。

ことの始まりは買い出しのために一緒に船を下りたハーヴェイが、街で偶然見つけた一枚の看板だった。
『恐怖の館〜肝試し危機一髪〜』
何とも奇妙なネーミングセンスの看板にひかれ、
シグルドが止めるのも構わずフラフラとその館へと近づき、係りだと思われる扉の前に立つ男に声をかけた。
それは夏場の限られた時期に登場する肝試し館で、この街のちょっとした名物なのだという。
『恐怖の館』というくらいなのだから、この扉の向こうにある館内全てがそういう仕様になっているのかと思いきや、
本番の肝試しは地下に深く広く作られた洞窟スペースで行われるという話だ。
「館じゃないじゃん」という看板と中身の大きな違いにも注目が集まり、結構な話題を呼んでいるらしい。
好奇心旺盛なハーヴェイは見事にこれに食いついた。
そんな話題ならせっかくだから入ってみようと、
4人分の代金を払いシグルドの手を引いてさっさと扉の向こうへと消えてしまったのだ。
ハーヴェイの考えとしては、いつまでもじれったいキリルとルクスに少しきっかけでも与えてやろうという軽い気持ちだった。
例え赤の他人同士だったとしても、一緒に恐怖体験をした人間は結束力が生まれて親密になる事が多いという。
元々キリルとルクスは互いに好意を抱いているのだから、更なる進展は大いに期待できる展開だろう。
ふたりが肝試しごときで抱き合って怯えるとは思わないが、それでも暗がりという空間が盛り上がる材料になるかもしれない。
そんな軽い気持ち。
途中まで小言を漏らしていたシグルドも、ハーヴェイの考えに一応は納得したらしく大人しく従った。

その結果がこれだ。

「暗いところからいきなり現れるから、敵かと思ってついうっかり」
「この人達はそれが仕事なんだよ!! ったく、どうすんだよこれ……」

館の、いや、洞窟の中にはたくさんの脅かし役のオバケ達がいた。
さすが有名なだけあって衣装やら特殊メイクなどは完璧だし、人間の恐怖心を最大限に煽る脅かし方もしっかりと心得ている。
それは周りの雰囲気とプラスされ、驚くほどの効果をもたらす。
これまでたくさんの人達に悲鳴とひと夏の思い出を提供してきたのだろう。
そんな百戦錬磨のオバケ達だったが、今回はそれが裏目に出た。
キリルとルクスが肝試しに素直に驚いていた事は意外な点だが、その驚き方は意外の一言では済ませられない。
きっと今洞窟の中はオバケ達の屍がそこかしこに転がり、本物の恐怖の館と化しているだろう。
驚きのため途中まで自分達のしている事に全く気付かなかったふたりは、
倒したオバケ達を放置してどんどんと新たなオバケを退治しながら先に進み、この入口兼出口まで戻ってきた。
自分達の仕出かした事に気付いたのは、
ようやく洞窟から抜け館の扉を開けた時、入口兼出口に立つ案内係にすら驚いてふたりの拳でノックアウトさせたあとだった。
出たところで待っていたハーヴェイとシグルドも、まさかの展開に一瞬身体が動かずぽかんとそれを見守ってしまった。
倒してきた人達相手に武器を手にしなかった事だけが唯一の救いだ。

「とりあえず……中の人たちを運び出さないとな」

倒れた案内係を介抱しながらシグルドが呟く。
キリルとルクスに説教をしていたハーヴェイも今第一にやるべき事を思い出し、
急いで扉にかかっている「open」の札を裏返して「close」へと変える。
良かれと思ってした事だが、結果的にこのような大惨事になってしまったのだからこの大人達にも責任がないとは言えないだろう。
小さくなってハーヴェイの説教を聞いていたふたりも、ハッと顔をあげて再び中へと入ろうとする。
が、すぐにハーヴェイに止められてしまった。

「お前らはここで留守番。また驚いて殴り倒されたらかなわないからな」

ここで来るかもしれない客に謝り倒せ。
それなら倒しても構わない。
ニカッと悪戯っ子のように笑うハーヴェイと苦笑いを浮かべるシグルドが館の中へと消えていく様をふたりは無言で見送る。
そして今後は誰にススメられたとしても絶対にお化け屋敷の類には近寄らないと、強く強く誓い合うのだった。






END





 

2009.10.01 肝試しを重視したらイチャイチャがどこかに消えてしまったような気が……申し訳ありません。 こんなですが少しでも満足して頂けたら嬉しいです。 3周年&リクエストどうも有難う御座いました! NOVEL