真剣






「お前ら、いつも助けてやってんだからたまには俺の事も助けろ」

そう言ってハーヴェイがルクスとキリルを連れ出したのは、そろそろ昼食時だとふたりが食堂にやってきた時の事である。
それを見越し入口付近で待ち構えていたハーヴェイは、
ふたりがやってくるなりそんな事を口走りながら問答無用で腕をつかみ、ズンズンと歩きだす。
廊下を通り過ぎ、甲板を抜け、そして船すら下りてしまう。
訳も判らず引きずられるふたりはただただ困惑するしかない。
ハーヴェイは未だ無言のままだ。
尚も腕を引き続けて、ようやくふたりが解放されたのは港近くにある船乗り達で賑わう大きな食堂に入ってからだった。
ふたり並べて無理矢理席へと座らせその正面にドカッと腰を下ろしたハーヴェイは、
適当に何か頼むよう促し自らは店員の運んできた水を思いっきりあおる。
ふたりは勢いに負け、とりあえず飲み物だけ注文しハーヴェイの話を待つ。

「………………で、いつになったらこの状況を説明してもらえるの?」

が、いつまで経っても何も言葉を発しないハーヴェイに痺れを切らせたルクスがとうとう話を切り出した。
普段は物事をハッキリと口にするハーヴェイ。
そんな人間がここまで勿体つけるのだからそれ相応の事と簡単に想像がつく。
最初に「俺の事も助けろ」と言っていたのを考えると、言いづらい内容なのだろう。
それを「難しい内容」と取るか、「気まずい内容」と取るか。
脚を横に投げ出すように組み、頬杖をつく顔も正面とは少しずれた方へと向けていたハーヴェイの視線がチラリとふたりに向く。
そしてボソリと。

誕生日。

そう呟いた。

シグルドの誕生日が近い。
その話にルクスとキリルが驚いた事に、ハーヴェイは驚いた。
仲間内では当たり前に知られていた事だし当然ふたりも知っているものとして考えていた。
しかしシグルドはいい歳して自分の誕生日を宣伝して回る性格でもないし、周りもそんな意味のない事はしない。
ルクスとキリルも人の誕生日に浮かれあれこれ嗅ぎまわる事などしないので、
必然的に今のように話が噛み合わず顔を見合わせる事態に陥る。
落ち着いて、少しでも考えれば簡単に判る事だった。
しばらくポカンとしていたハーヴェイだったが、
そこは自分の考えたらずだったと反省し「シグルドの誕生日なんだけど」と改めて話を切り出す事にする。
ここまできてしまえば今更勿体ぶっていても仕方ないと腹を決めたのか。
ハーヴェイはずいっと身を乗り出し、真剣な表情でようやく本題へと入る。

「あのさ、何したらいいと思う……?」

今度はルクスとキリルがポカンとする番だった。
勿論驚いているのではない、ポカンとしているのだ。
ここまできて一体何の話かと思いきや、相方の誕生日に一体何をしたらいいかという想像もできないようなハーヴェイの相談。
ぽかんとせずにはいられなかった。

「……あの、それは僕達よりもっとおふたりと年齢の近い方に相談した方がいいのでは……」
「却下。あいつらの事だ、からかわれてオシマイだよ」

だから今までの礼としてお前らが助けろ。
そんな無茶苦茶な視線に、ふたりは顔を見合わせる。
この手の相談はする事はあってもされる事はないだろうと思っていた。
しかも相手はいつも色々と面倒を見てくれるハーヴェイなのだから尚更だ。

「今までは?」
「は?」
「今まではどうしてたの」
「あー……めでたい日は仲間総出のどんちゃん騒ぎが毎年恒例で、んで後々それに個人的な何かが加わってったって感じだなー」

上等な酒、ナイフの手入れ道具、
ハーヴェイには到底理解できないがシグルドならば好きだろうと思われる分厚い活字びっしりの本。
思いつく限りのものは渡しつくしたし、
最後の手段ともいえる「本人に直接欲しいものを確認する」という行為もすでに実行済みだ。
これ以上はどんなに頭を捻っても、案どころか地を這うようなうなり声しか出てこない。
ようはネタ切れというやつだ。
真新しい何かがほしかった。
それでついついルクスとキリルを捕まえてしまった。
まさに藁をも掴む思いというやつだ。
あのハーヴェイがこんなに悩み誰かに相談を持ちかけてきているのだ。
それだけシグルドの誕生日がハーヴェイの中で大きなイベントであると物語っている。
ルクスとキリルから見たふたりは、まさに「一を聞いて十を知る」という感じで、
どんな状況下でも一言声をかければ相手の考えている事全てを理解する事ができる理想の存在。
いや、その一言さえもいらない完成された存在。
なのでハーヴェイがこんなに悩んでいる事に、驚きを隠せない。
いつも自分達の悩みに的確に道を示してくれるハーヴェイが何故こんな事で悩んでいるのか、と。

「直接聞いてみたらどうですか? シグルドさんに」
「何が欲しいかって? んな事とっくの昔に実行済みだっつの」
「それも勿論ですけど、そうじゃなくてこんなに悩みまくってるんだって事をですよ」
「あ?」

ふたりの付き合いを考えればネタ切れも当然かもしれない。
ふたりの関係を考えればこんなに悩むのも騒然なのかもしれない。
しかし長い長い付き合いゆえ見失ってしまうものもある。
頭を抱えるハーヴェイを前に瞬時にそれに気づいたキリルとルクスは、互いに顔を見合わせたあとに小さく笑った。

「案外それがいいプレゼントになるかもしれない」
「……どういう意味だよ」

不思議だ。
自分自身の色恋に関しては全く鈍感だというのに、他の誰かの事に関してはこんなにもよく見えるなんて。
ルクスとキリルは、丁度いいタイミングで運ばれてきた注文していた飲み物に、一呼吸置く意味でゆっくりと口をつける。
ハーヴェイはシグルドに個人的な何かを贈る事に拘りすぎていて、肝心な事を忘れてしまっているのだ。
誕生日に何かを贈りたい。
それは何故。
その一番根っこにある、一番素直で大切な気持ち。

「ハーヴェイさんが自分のためにこんな一生懸命悩んで祝おうとしてくれたって知ったら、シグルドさん凄い喜ぶと思います」






END





 

2009.10.01 祝うまでの過程にきゅんきゅんくる人なのでこんな感じに仕上がりました。 シグルドが名前だけの登場で御免なさい。 少しでも満足して頂けたら嬉しいです。 3周年&リクエストどうも有難う御座いました! NOVEL