遭遇






 その日は朝からキリルとシグルドがいなかった。
 依頼を片付けに行って来るね、と出かける前にキリルがルクスとハーヴェイにそう言った。
 内容は聞かないままだったが、リーダーであるキリルが直接出て、しかも一緒に行くのがシグルド1人ならば、そう時間のかからない依頼なのだろう。
 キリルが黙ったまま何日も仲間の元を離れるような事はしないので、遅くとも夜には帰って来る筈。
 行ってらっしゃい、行ってこい、そんな言葉でルクスとハーヴェイは2人を見送った。
 その後にルクスとハーヴェイが一緒に出かけたのは、何となくだった。
 ただ目的地が同じ鍛冶屋だっただけ。
 他愛のない話をぽつぽつとしながら、賑やかな大通りを歩く。
 鍛冶屋は大通りから少し外れた場所にあるが、腕は信頼出来るものだと知っている。
 大通りを曲がって少し歩き、店に向かう途中。
 曲がり角から唐突に人が走ってきた。
 相当急いでいたのか、通行人を確認する事なく速度を緩めないまま飛び出す。
 2人だった。
 長い黒い髪が風に靡いて、女の人がどうしたんだろう、とルクスは頭の片隅で思った。
 ルクスもハーヴェイも咄嗟に後ろに下がったのでぶつかる事はなかった。
 走っていた2人はそんなルクスとハーヴェイに気付かないまま走り去ろうとしたが。
 唐突に1人が足を止めた。
 自分で止まったというには不自然で、後ろから誰かに引っ張られたような止まり方だった。
 そうして、その原因は自分だ、とルクスが気付くのに数秒かかった。
 何故か走っていた女性の片方の腕を掴んでいる事に気付く。
 何か考えがあっての事じゃない。
 完全に無意識だった。
 驚いて手を離すよりも先に、腕を掴まれた女性が振り返る。

 真っ直ぐに向けられた目は、とても見慣れた優しい金色で。

「え?」
「あ。」
「え…、えぇ!!?」
「………、はぁ…。」

 走ってきた女性と思った2人は、何故か女性の格好をしたキリルとシグルドだった。

 3人が驚き、1人が力なくため息をつく中。
 1番先に我に返ったのはキリルだった。
 走っていた方向を見つめで何かを視界に捉えると、勢いよくルクスとハーヴェイを振り返る。
「今と後、説明はどっちがいい!?」
「今。」
 唐突の2択にルクスは迷いなく答えた。
「それなら付いてきて!」
 ルクスが掴んだ手を、今度はキリルが引っ張る。
 キリルとシグルドが走り出し、ルクスは引っ張られるまま、その後を慌ててハーヴェイが追いかけた。
 走った距離はそう長くない。
 キリルに言われるままに小道に身を顰めるように入り、シグルドがそこから見える1軒の店をじっと見つめる。
 看板は出ていないが、普通の家という雰囲気ではないので、きっと何かの店なのだろう。
 じっと見ていたシグルドが1つ頷くと、それに答えるように頷いたキリルが、ようやくルクスから手を離す。
「えーっと…、ごめん、びっくりさせたよね。」
「………、うん。」
 その謝罪は、突然走り出した事になのか、それとも2人の格好に対してなのか。
 よく分からないが両方驚いた事は確かなのでルクスは小さく頷く。
 そうして改めてキリルとシグルドを見る。
 最初に、女性が走ってきた、と思ったのも仕方がない話で、2人の姿はどう見ても女装だった。
 キリルの髪は随分と長いし、シグルドも肩より少し下で黒い髪が揺れている。
 そうして揃って長いスカート。
 短い物は候補になかったのか、それとも2人が徹底的に避けたのか、どちらにしても違和感だ。
 よく見れば化粧もしているし、胸も膨らんでいる。
 何を詰めってどう固定しているのか、ほんの少し疑問に思ったが、追及するのは流石に2人の為にやめた方がいいと思った。
 派手に着飾っているわけではないが。
 ぱっと見れば綺麗な姉妹に見えなくもないかもしれない。
「その…、ごめん、変な物見せて…。」
「え…、いや…。」
 そんな謝られる程に変な格好はしていない。
 かなり綺麗に成り立っていると思う。
 でもここで、似合っている、と言っても喜ばないのは分かっているので言葉に詰まった。
「ボク達も、これはないよなー、って思ってるんだ。」
「ええ、本当に…。」
「もう何から何まで無理があるというか…、そもそも身長からしてきついというか…。」
「キリル様はギリギリですが、オレなんてもうどうしようもないですよ。」
 そう言ってキリルとシグルドは揃ってため息をついた。
「………、で、基本的な事を聞くけどさ。2人揃って何やってんだ?」
 ようやく1番最初に聞くべき事をハーヴェイが思い出す。
 苦笑したキリルと店を見張っているシグルドが、もう1度深々とため息をついた。
 依頼を片付けると言って2人は出かけた。
 何かを追っている様子なので、その言葉は嘘じゃないのだろう。
 でもそれでなんで女装なのか。
「ギルドでの依頼だ。」
「それは知ってるけど、その恰好。」
「だから依頼だ。」
「女装がか?」
「女装もだ。」
 苛立ったような疲れたようなシグルドの返事。
 少なくともこの格好が不本意である事だけは間違いなさそうだ。
 ハーヴェイがキリルを見れば、彼も苦笑していて、心境はシグルドと同じなのだろう。
「いえ、本当に…、依頼を片付けに来ただけだったんですが…。」
 昨日ギルドで依頼を受けて、キリルはシグルドに一緒に来てほしいと頼んだ。
 依頼の内容が書かれた紙を見てシグルドは快く頷いた。
 依頼人の指定した人物の尾行と、出来たらいくつかの情報を得る事。
 人数は少ない方がいいと思い、キリルが近距離なので遠距離のシグルドがいてくれたらバランスがいいと思った。
 ただそれだけの事だったのだが。
「それで、何がどう女装につながるんだよ。」
「いえ、それが、その…。」
「確認ミスだ。」
「………、は?」
「2人して条件をちゃんと確認していなくて。条件には女装可能な人ってあったんですよ。」
「女装?女性じゃないの?」
「うん、女装。ボクも不思議に思ったら、色々な人がいるんだよ、って言われた。よく分からないんだけど、とにかくそれが条件で、それで何だかうっかりボク達でも大丈夫って言われちゃってさ。」
「自分で受けた依頼だから仕方がないだろうと思ってな。」
「うん、仕方ない。確認ミスはボク達が悪いんだから。」
「………。」
「………。」
 それで女装。
 潔いと言えばいいのか、馬鹿正直と言えばいいのか。
 仕方がない、の一言で済ませて諦めて女装までした2人に対して、何をどう言えばいいのか、ルクスもハーヴェイも分からなくなった。
 そんな2人の困惑を余所に、シグルドがキリルを呼ぶ。
 店から男が2人出てきた。
 そのどちらか、もしくは両方が、尾行対象なのだろう。
「というわけです。ルクス様、驚かせてしまって申し訳ありません。」
「今日中には帰れると思うから。あ、その時にはちゃんと普段通りで帰るから、心配しないで。」
「ハーヴェイ、お前は間違っても言いふらすなよ。」
「それじゃあ、また後でね。」
 キリルは手を振って、曲がり角へ姿を消した男達を2人は追う為に走り出した。
 少しの間、呆然とルクスとハーヴェイは立ち尽くした。
 こういう場合はどうすればいいのか。
 何も見なかった事にして帰ればいいのか、それとも2人を手伝えばいいのか。
「女装って…、色々な人って…、どういう意味だよそれ…。」
「………、1つ気になっているんだけど。」
「何だよ。」
「キリル君、丸腰だったよね?」
 大人しい女性のような雰囲気で困ったように笑っていたキリル。
 その恰好にばかり気を取られて忘れていたが、そう言えばキリルの手にはあの大きな武器はなかった。
 あれは武器だけでも目立ち、しかもしれを女性が持っているとなればさらに目立つので、きっと自分で置いてきたのだろう。
 けれど他の武器を用意したという雰囲気もなかった。
 シグルドはナイフなので隠し持っているだろうが、戦闘なんて無縁そうな服にどれだけの事を望めるのか。
 素手でも簡単に負けるような2人ではないと知っているけれど。
「追うか。」
「うん。」
 後で文句を言われるのは覚悟の上で。
 もう何をどう心配すればいいのか分からないキリルとシグルドを、2人は急いで追った。










END





 


2009.10.01

女装話だよ、と言うにはかなり無理のある、女装話
前にオフ活動でルクスとハーヴェイを女装させた事があるので、今回はこの2人になりました
どんな服装なのは勝手に考えてあげてください
ボク服装にはかなり無頓着なので、こういうのってあんまり考えられないんですよ

こんなぐだぐだな感じの話ですが、3周年&リクエスト、ありがとうございます!





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