一歩






※アテンションプリーズ※
この話は08.03.16発行「もしものお話。」のお題NO.04、05の続きっぽい感じです。
もしキリルが幻水4中に復帰しルクスと合流していたら、という内容でした。
ここら辺を押さえておいて頂ければお題本未読でも全く問題ないと思われます。
が、もし不親切な感じになっていたら申し訳ありません。





* * * * *





手合わせをお願いします。
キリルが突然ルクスにそう切り出したのは、同じく突然甲板に群がってきた魔物達を一掃し皆が一息をついた時だった。
最後の一匹を海へと叩き出し、一際大きな水飛沫の音と共に戦闘は終わりを告げる。
その場にいた全員が「お疲れ様」と声をかけ合って、非戦闘員がすぐに甲板の後片付けに入ろうとする。
何も変わらないいつも通りの光景だが、ひとりキリルだけは違っていた。
水飛沫の音の直後にキリルがした事は周囲に労いの言葉をかける事でも重い武器を下ろし息をつく事でもなく、
ただ静かに己の手の平をじっと見つめる事。
何度か軽く拳を作っては広げ軽く拳を作っては広げを繰り返し、最後に力強くそれを握り締めてルクスの前へとやってきた。
そして突然切り出された手合わせのお願い。
いつもと違う雰囲気をまとう相手に、ルクスが疑問を抱くのは仕方がない事だった。

先の戦闘中も特におかしなところはなく、
魔物に向かうキリルは、いつものように細身の身体には似つかわしくない大きな武器を握り立っていた。
ブランクを抱えるキリルは、リハビリと称した戦闘でまずは守りを確保してから動く。
周囲の状況を把握し、己の間合いや足元に障害となるものはないか、何歩ならば飛び退いても大丈夫か等。
それはその身を案じる周りの人間の言葉がそうさせるのか、
それとも思うように動かない自分自身の能力をある程度測っての事なのか、もしくは無意識に身体が防御体勢をとってしまうのか。
しかしそれではどうしても向かってくる敵よりワンテンポずれが生じてしまい、攻撃パターンは自ずと限られてきてしまう。
間合いギリギリまで引き付けての攻撃は万一外れた時に大きな衝撃となって返ってくる。
キリルの武器は小回りがきかないのでそのリスクは相当だ。
一歩。
たった一歩相手より早く踏み出す事が出来れば攻撃のバリエーションもずっと増えるし、下手なリスクを背負わなくて済む。
危険にその身を晒さなくて済む。
だがそれを提案するのをルクスは躊躇っていた。
もし無意識のうちの行動だとしたら無理にそれを破らせるのは酷というもの。
己の身を守るという行為は、本能。
戦闘面で不安を覚えているのならより強くそれが働く事も理解出来る。
自分の都合だけでリハビリ途中のキリルを戦いの場に連れてきたルクスには、
守りから攻めへの切り替えを促がす事がどうしても出来なかった。
一歩早く踏み出したからといって絶対に勝てる、絶対に大丈夫、そんな事は誰にも言えやしない。
絶対なんていう言葉は戦闘に置いて最も忌むべき言葉なのだから。

ただひとつだけ気付いた事といえば、今回の戦闘に関してはいつもより踏み込む回数が多かったという事くらいか。

「……何だか嬉しそうな顔してる」
「うん。僕もこれでようやくスタート地点に立てるような気がして」
「僕に勝って?」
「違うよ。別にルクスに勝てなくてもいいし、勝つ必要もない」

リハビリが終わったと感じたのならそれが自分のスタート地点。

「以前の自分に戻る為の努力は終わって、このスタートからはようやく君の役に立つ為に強くなる努力が出来るから」

これまでのブランクで後退していた距離を取り戻し、今後からは新たな一歩へ。
今回の戦闘で気付いたものは決して間違いなどではない。
踏み込む回数が多かったのは確認と確信と一致させる為、そして更なる自信を得る為。
そして己に与える最終確認、最後のテストとして選んだのが、キリルの申し出であるルクスとの手合わせだ。
確かに勝つ必要はない。
そんなものより大切なのは満足のいく、納得のいくものが出せるか、相手に見せられるかだ。
つき合わせてごめんと口にするキリルに引く気配は微塵も感じられない。
このリハビリを負い目に感じていたのは何もルクスだけではなく、キリルも一緒だ。
戦力になるか分からない人間を仲間にと誘ってくれたこのリーダーを落胆させない為にも一刻も早く己の状態を取り戻し、
そして見てもらいたかった。
大丈夫、その決断は間違っていなかったのだと感じて欲しかった。
長い道のりの先にようやく見えた出口と新たなスタートラインに嬉しいと思う気持ちと、
目の前にそびえ立つ最後の大きな壁に対する真剣な気持ち。
全てを物語るキリルの表情を前に、ルクスは小さく笑みを浮かべた後そっと瞳を伏せた。

「なら手加減の必要もないね」

ルクスの言葉に、キリルは力強い笑みと共にお願いしますとハッキリ口にする。
互いの中にある負い目はこの場で全て清算し、これからは少しずつ少しずつ一緒に進んでいこう。
武器を握り直すと同時に己の気持ちも、しっかりと握り締めた。







END





 

2008.10.27 いつもお付き合い下さり、本当に有難う御座います。 頂いたリク内容と激しくずれたような気がしないでもないですが、 色々遠慮ナシにぶつかり合えるくらい仲良しになったんだね、という事でひとつ(笑 NOVEL