平和






 いつの間にか閉じていた目を開くと、入ってきた光が酷く眩しくてシグルドは少し驚いた。
 咄嗟に目を閉じて、今度は用心しながら少しずつ目を開く。
 何度か瞬きを繰り返して眩しさに目を慣れさせる。
 時間をかけてようやく目を開けば、ああ寝ていたのか、と自分の状況を今理解して。
 そして同時にすぐ隣にある人の気配に気付いてびくりと肩を揺らした。
「よう。」
 木陰に座っていたシグルドの隣。
 何をしているわけでもなく立っているハーヴェイ。
 多少ぼんやりする頭のままその姿を見上げ、そうして小さくため息をついた。
「………、寝ていたのか?」
「ああ、わりとしっかり。」
「どのくらい?」
「気付くかと思って5分くらいは突っ立ってたけど、その前から寝てたからな、知らね。」
 シグルドを見下ろしているハーヴェイがそう言って笑った。
 こちらをからかっている時に見せるような笑顔に、シグルドはほんの少し眉を寄せる。
 いくら時間があるからといって、そして別に疲れているわけでもないのに、こんな所で転寝など、確かに珍しくてハーヴェイなら面白がるだろう。
「笑うな。時間があるからいいだろう。」
「別に、悪いなんて一言も言ってないけどな。」
「顔が笑ってる。」
「面白がっているだけだ。」
「余計に質が悪い。」
 追い払うように手を振るが、ハーヴェイは笑うだけだった。
 起きたばかりでするには多少疲れるやり取りに、シグルドは諦めてハーヴェイから周囲へと目を向けた。
 久し振りに降りた陸地。
 随分と船旅が続き、そしてもう少し続く予定だった。
 けれど町に入ったのは、船の修理でも物資の補給の為でもない。
 ただ随分と続いた船旅に慣れていない何名かが疲れた様子を見せ、そして何名かの内にキリルが入っていたから。
 そうなれば行動が早いのはルクスだ。
 半ば強引に、休もう、とキリルに言った。
 疲れているという自覚の薄いキリルは頷く事に躊躇ったが、片方が意見を通そうとすればもう片方は滅多にそれを拒否しないのがルクスとキリル。
 重ねてルクスが休もうと言えば結局キリルは頷いた。
 場所は何処でもいい。
 海に囲まれたこの国で育ち、船の上にいることに慣れきっているルクスやハーヴェイはシグルドと違う、旅慣れているといっても長期間の船旅に疲れてしまったキリル達が落ち着ける陸地があれば、何処でもよかった。
 だから1番近くの港に入り、突然今日は休む為の日となった。
 原因となったルクスとキリルは、シグルドの視線の先、砂浜の上に座り込んで何かを話している。
 ルクスの手には拾ったのだろう木の棒。
 砂の上に文字を書きながらキリルに話しかけ、キリルはルクスの話を聞きながら書かれる文字をじっと見ている。
 その様子は分かるが、話し声は波の音に負けてしまって聞こえない。
「何をしているんだ?」
「さあ?少し前までは別の事してたんだけど、急に座り込んであの状況。」
 そう言ったハーヴェイは、言葉が終わるか終わらないかの所で大きな欠伸をした。
 ぐっと背を伸ばすその様子は随分と眠たそうだ。
 折角港について船から降りられるのだから、とキリルはルクスを誘い、そしてハーヴェイとシグルドにも声をかけてきた。
 一緒に行きましょう、と笑顔でキリルが言った。
 2人の邪魔になるのではないか、とほんの少し思った。
 けれど正直今更だ。
 ルクスも、護衛ついでに、と尤もらしいけれど必要のない役目を押し付けてきたので、素直に誘いに応じた。
 町から離れて少し歩いて辿り着いたのは小さな浜辺。
 大きな船は入れないような狭い場所で、桟橋は存在しているが今は使われていない様子の場所だった。
 偶然見つけたその場所で、人がいなさそうだから、とのんびりする事に決めた。
 のんびりとするにはちょうどいい。
 けれどする事が何もなさ過ぎるともいえる。
 あるのは浜辺と少し脆くなっている桟橋と囲うように存在している木々と。
 シグルドのように昼寝をするか、もしくは泳ぐか、あとはルクスとキリルのように何か遊びを自分達で考えるか。
 出来る事はそれくらいだろう。
「あー、眠くなってきた。お前がさっさと寝るから暇でさ。」
「ルクス様とキリル様がいるだろうが。」
「割って入れるか、あの雰囲気。」
 まだ話を続けているルクスとキリル。
 話している内容は真面目なものなのか、2人の表情は真剣だ。
 ただそれだけ。
 ただそれだけなのに、割って入れないように思える雰囲気が、確かにある。
 思わずシグルドがすまないと謝れば、別にとハーヴェイは苦笑した。
「暇だし眠いし、釣りでもしてみっかなー。」
「目の覚める事じゃないだろう。それに釣り道具なんてないぞ。」
「いや、さっき近くに物置みたいな小屋があってさ、そこで見つけた。ぼろぼろだけどな。」
「だろうな。」
「でも、まあ、まだ時間はありそうだし、暇だからな。」
 ハーヴェイは木陰から出て桟橋の方へと向かった。
 途中で砂浜の上に落ちていた棒を拾い上げた。
 流れ着いた木の棒かと思っていたそれが、どうやら見つけたという釣竿だったらしく、本当にぼろぼろだった。
 それで釣りは無理だろう、と心の中で突っ込みながらも、シグルドは木陰に座ったまま景色を眺める。
 ハーヴェイが行ってしまえば話す相手もいない。
 ルクスとキリルの様子は変わらず。
 ハーヴェイは本当に釣りを始めて桟橋に座り込んだ。
 のんびりとした静かな時間は、落ち着けて心地がいい。
 けれど暇だという気持ちも確かにある。
 せめて本でもあればよかったのだが、ここまでのんびりとした過ごし方をするとは思っていなかったので、生憎持ってきたのは武器といくらかの道具くらい。
 もう1度眠ろうか、とも思ったが。
 1度寝た為か目が覚めてしまった。
 別に起こされたわけではないのだが、用もないのに起こすな、とハーヴェイにひっそりと八つ当たりするくらいには、する事がない。
 ぼんやりとシグルドはハーヴェイの後姿を眺めて、そしてルクスとキリルを見る。
 2人は暇さとは無縁そうで、楽しそうだ。
 顔は真剣なのにそう感じる。
 出会ってそんなに長い時間を過ごしているわけでもないのに、もうすっかりと一緒にいるのが当たり前になった。
 ハーヴェイとシグルドが始終一緒にいると勘違いされているのと同じくらい、一緒にいるように思える。
 そんな4人が一緒に過ごしているというのもなんだか面白い。
 今更にそう思ってシグルドはほんの少し笑った。
 そのまま特に意味もなくルクスとキリルの様子を眺める。
 どうやら何かの説明をしているようだ。
 キリルが時折首を傾げ、その度にルクスは砂の上に木の棒で何かを書いていく。
 そんな時に少し強い波が打ち寄せてきた。
 逃げる間もなく2人の足元へと波が迫ってくる。
 濡れる事はどうでもいい様子だが、波が去っていけば砂の上に書いた文字は綺麗になくなり、まっさらな状態に戻っていた。
「あーっ、消えた!!」
「………、えーっと…。」
 キリルの叫び声に、ほんの少しだけ聞こえてきたルクスの声。
 そして桟橋から2人へと、きっとからかっているのだろう、ハーヴェイが声をかける。
 耐え切れなくてその様子にシグルドが笑っていれば、笑わないでください、と少し拗ねた様子でキリルが言った。
 すみません、とシグルドは謝るものの笑いは収まらない。
 拗ねたキリルを宥めているルクスの様子も微笑ましくて仕方がない。
 もう1度、すみません、と言えばキリルは苦笑して首を横に振った。
 そしてまた2人は話に戻る。
 砂に文字を書くのはやめたようだ。
 言葉だけになったルクスの説明を聞き逃さないようにキリルは一生懸命に聞いて。
 真剣な顔をしているのに、ふと、何気なく目が合った瞬間に2人はお互いに笑い合って、けれどすぐに真剣な表情で話し続けられる。
 割って入れない、とハーヴェイは言ったが。
 2人の甘ったるく感じる雰囲気に、だんだん見ているのも申し訳ない気持ちになってきた。
 シグルドは2人から目をそらし、そしてその先にいるハーヴェイの方へと目を向けた。
 魚がかかる様子はないのか、ハーヴェイに動きらしい動きはない。
 見ていて楽しいわけでもなく、けれどまたルクスとキリルの様子を見守る気にもならず、景色を楽しもうと言う気分でもない。
 ぼんやりとするだけの時間に戻れば。
 ああ暇だな、と思う。
 これでさっきは眠ってしまったのだ。
 ルクスとキリルは楽しそうで、けれど自分は暇で。
 何が違うのだろうか、と少し考えれば。
 自分の片割れは少し離れた場所。
 きっとこれがいけないんだ。
 答えはポンッと当たり前のように出てきた。
 それ以外に答えなんてない、この1つだけ、だから悩むのは無駄。
 そう思ってしまう程の早さだ。
 諦め悪く他の回答を探ってみるが何故だかうまく頭が回らない。
 再び眠る気にはなれないが、でも寝起きである事には変わりなく、まだいくらか眠っているのかもしれない。
 これで眠れたのなら昼寝に戻るのだが。
 やっぱり眠気がよってくる気配はない。
 小さなため息をついてシグルドは立ち上がる。
 木陰から、光を遮る物が何もない桟橋の方へ。
 眩しい光は少し痛いが、船の甲板で過ごしている時もこんなものだ。
 不安になるほど桟橋が軋む音を聞きながらハーヴェイの後ろに立てば、不思議そうな顔でハーヴェイはシグルドを見上げた。
「どうした?」
「いや…、暇になった。」
「そう言われてもな…。竿はこれしかない。」
「別に釣りの気分じゃない。」
 じゃあどんな気分、と聞かれてもなんと言えばいいのか分からないが。
 桟橋と木陰と。
 その距離がなんとなく気に入らない気分ではある。
 ルクスとキリルのようにお互い可愛らしさなど望めるわけもなく、近い距離など傍から見ていれば鬱陶しいだろう。
 本人達だって、一緒に過ごすのは当たり前だとしても、常時距離が近いのは邪魔だ。
 でも今は邪魔と思う気持ちはいくらか薄くて。
 そしてそれを見咎めて気にする人なんてここにはいないので。
 シグルドはハーヴェイの後ろに座り込み、背中を預けて寄りかかる。
 突然の背後からの重みに、ハーヴェイは少し驚いたようにシグルドを呼んだ。
 けれど返事は何もない。
 ただいくらかの重さと、じんわりと沁み込んで来る体温があるだけ。
 ぼろぼろの釣竿を握ったままそれを感じ、ふとハーヴェイは笑った。
「釣り、飽きたな。」
「早い。」
「釣れないから。」
「もう少しくらい辛抱して続けたらどうだ。」
「もう少しって?」
 聞けばシグルドは口を噤んだ。
 ハーヴェイは笑を耐えながら繰り返す。」
「なあ、もう少しってどのくらいだ?」
 どのくらい釣りを続けていればいいのか。
 どのくらい桟橋に座ったままでいればいいのか。
 どのくらい、このままでいたいのか。
 シグルドは黙り込んだが、ハーヴェイがじっと答えを待っていれば、諦めるようなため息が聞こえてきた。
「オレが飽きるまでだ。」
「なんだそれ。」
 笑ったハーヴェイの声など聞こえない振りをして、のんびりとしたこの時間をルクスやキリルのように楽しむ為に、シグルドは目を閉じた。










END





 


2008.09.30

今回は風望と早瀬がお互いへ読みたいと言った話(このサイト全部そうだけど、気にしない)
というわけで、ルクスとキリルを見てたまにはシグルドの方が自分からいちゃついてみようかなと思う話
………、いちゃ…、いちゃつき…?
えーっと、個人的にはすっごく甘えていると思ってますけどね!!
4キリ4とハーシグのいちゃつき方は、もう根本から違う気がします

気がつけばサイトを始めて2年経ちましたよ!(こんなに続くとは…)
こんな隅っこに存在するサイトに来てくださる皆様本当にありがとうございます!!
でも意味不明な感謝の気持ちですみませんでした!!!





NOVEL