一言






※4キリ4リク『距離』から続いています。





「それは……本当に申し訳ありませんでした。部屋に戻ったら一言注意しておきます」

その日シグルドは珍しくルクスとふたりでカウンター席に座り軽い酒の入ったグラスを傾けていた。
勿論ルクスは酒は飲まないが、酒に水で付き合うというのも何とも味気ないので見た目がビールみたいという理由で炭酸を選んだ。
ふたりの間に頻繁に会話が飛ぶ事はなかったが、静かに飲むのもたまにはいい。
少しだけ照明の落とされ、静かな音楽が流れる落ち着いた室内。
気まぐれに交わされる世間話も酒のつまみには丁度良かった。

そんな時だ。
ルクスが思い出したかのように先日あったキリルとの一騒動の話を持ち出したのは。

『ハーヴェイの指摘もあって、キリル君と距離を置こうと思った』

口元に寄せようとしていたグラスがピタリと止まり、思わず隣に座るルクスを凝視してしまう。
その話を聞いたシグルドは一瞬開いた口が塞がらなかった。
それもそのはず。
自分の相棒が口にした些細な一言が原因で、ひとつの関係がぎこちないものへと変わろうとしていたのだから。
目を丸くしたまま即座に謝罪を口にし、そして脱力したように肩を落とし溜息を洩らす。

「いつまで経っても無神経でガサツでガキ大将みたいな奴で本当に困ります」
「そうだね。でも時々考えさせられる事も、そして気付かされる事もある」

今回の自分がそうだった。
ルクスは炭酸が口内で暴れないようにゆっくりと喉へと通し、シグルドに小さな笑みを向ける。
それは何もかもお見通しという笑み。
何だかんだと悪い点ばかりを挙げてはいるが、それすらも含めハーヴェイという人間を認めている。
きっと他の誰よりも。
それが分かっているから、こうして笑みを向けて自分の発言に肯定するのを待っているのだ。
こうなってしまえばシグルドはもう苦笑いを浮かべる事しか出来なくなってしまう。

「ええ、その通りです。無神経ゆえに所構わず、何より容赦がない。だから余計に」

そして一旦グラスへと視線を落とし、揺れる水面を眺める。
グラスの中に綺麗に詰まれていた氷が段々とバランスを崩し始めていた。

ハーヴェイは普段から誰が相手だろうともハッキリと物を言う。
唯一のボスと認めるキカに対しても、多少言葉は柔らかくなるものの、それは変わらない。
シグルドはそれが時々羨ましいと感じる事があった。
キカの船に乗るようになって、いつの間にか参謀の真似事をするようになった。
そんな器ではない事は自分自身よく分かっているのに
何故未だ真似事を続けているかというと他の船員にそれが務まりそうな人間がいないという単純な理由からだ。
一度武器を取れば腕は立つし臨機応変に立ち回る事も出来るとても信頼の置ける船員達。
しかし交渉事や事前の細かな作戦、いざという時一歩後ろに下がり、カッとならず冷静に周りを分析する等は苦手なのである。
これまでよく組織が成り立っていたと思うが、これもひとえにキカの人望が成せる業。
シグルドが加わった事で組織の精神面はより強化されたと言える。
真似事とは言え、参謀ともなれば自我を強く出すのはあまり好ましくない。
時には非情な案を弾き出さなければならない時もある。
この船が、キカが望む方向に少しでも早く、少しでも安全に舳先を向ける為に。
顔には決して出さないが酷く悩む時もある。
考えて考えて、そしてドツボに嵌まっていく事もある。
一瞬の判断を戸惑う事もある。
そんな時、気付くと傍にいる相棒の何でもない一言に助けられてきた。
最初の頃は考えすぎな事をその都度反省していたが、今ではあまり深く考えてはいない。
それすらも全部含めてシグルドというひとりの人間なのだ。
足りなくて、必要だと感じる部分は他から補えばいい。
加速した思考のブレーキは、クラッシュを起こす前に必ずそれが止めてくれる。

「自分のような人間には、なくてはならない存在なのかもしれませんね」

ふと瞳を細めてそう呟く。
何だか自分の発言ではないみたいだ。
グラスの中のそれは軽いものだし酔うのはまだ早すぎる。
雰囲気に当てられてしまったのだろうか。
ぼんやりとそう考えていると、隣で相槌を打つ気配がしてハッと顔を上げた。
こんな事を素直に口にするのも、ましてや誰かに聞かせたのも初めての事。
ルクスは先ほどと同じ笑みを浮かべながらシグルドを見ている。
どんな顔をしたらいいか分からなくて思わず頭を抱えたくなったが、一度口にしてしまったものは消える事はない。
散々四方八方に視線を巡らせた後、ようやく勘弁したのかぎこちない苦笑いを浮かべた。

「つまらない事を言いました。酒の席の戯言だと思って忘れて下さい」
「そうするよ」

そう言うとルクスは瞳を伏せて、手の中のグラスを少しだけ揺らしながら中の炭酸を遊ばせ始める。
ルクスの事だから忘れたふりをしてくれるだろうし、人に洩らす事も決してないだろう。
しかし「シグルドが口にした」という事実はずっと残るのだ。
今日の自分は本当にどうかしている。
小さく息を吐き出し酒を口にしようとした、その時。

「シグルドさんッ」

背後からどこか切羽詰ったような声で名前を呼ばれたので、ルクスと一緒に首だけを振り返らせる。
するとそこにはキリルが眉を八の字にし、困惑の表情を浮かべながら立っていた。

「あの、今さっきそこでハーヴェイさんとすれ違ったんですけど、もしかして熱でもあるんじゃないですか?」
「と言いますと?」
「物凄い赤い顔して物凄いスピードで走っていきました。酔ったという感じでもなかったし……」
「え……」

カランとひとつ、グラスの中の氷が崩れる。
キリルが指差す『そこで』はこの場所の入口に向けられている。
これまで静かに流れていた音楽は、丁度次の曲へと変わる為の準備を進めている最中だった。

シグルドとルクスはそのまま表情を変える事なく、無言で首を元に戻す。
そして流れるようにグラスを傾け酒を、炭酸を一口喉へと送るとグラスをカウンターにそっと置いた。
微かな振動に氷が敏感に反応する。
しばらくふたり真っ直ぐ前を見たまま、新たに流れ始めた音楽に耳を傾けた。
状況が上手く飲み込めないキリルが再度シグルドの名を呼ぶ。
それが合図だったかのように、シグルドはおもむろに自らの額に掌を押し当てガクッと首を垂らした。
頬が、いや身体中が熱いのは酒のせいではない。
ハーヴェイの顔が真っ赤だったのも、キリルが心配している風邪の類ではない。
自分が今どんな顔をしているかなんて想像もしなくない。
その心中を痛いくらい把握しているルクスは正面を向いたままポンとシグルドの肩に手を置いた。

「気をしっかり」
「…………………………努力します」

ハーヴェイは嘘が下手だ。
部屋に戻れば可笑しいくらい挙動不審に迎えてくれるに違いない。
そんな姿を見れば嫌でも意識してしまうから、普段通り接する自信がどうしても持てない。
一体どうすればいいのかと、今はただただ頭を抱える事しか出来なかった。







END





 

2007.10.01 まず微妙な続きものになってしまってごめんなさい。 リクエストを聞いた時、4キリ4の方と合わせ一瞬にしてここまで話が駆け巡りまして……。 しかしルクスとシグルドのペアは何だか新鮮で楽しかったです(笑 ラプソの彼らはこんな感じがいいという自分的理想をどーんと詰め込みました。 リクエスト、どうもどうも有難う御座いました! NOVEL