離別






 戦いが終わった後に、キリルは協力してくれた仲間達全員を住んでいる場所まで送った。
 もう急ぐ必要はないからと、協力してくれた皆を送る事くらいはしたいからと。
 そう言って仲間達と出会った全ての場所を回った。
 もう急いで邪眼を追いかける必要はない。
 この後紋章砲やクールークの事などで忙しくなるだろうリノと数人の護衛はのんびりしているわけにもいかずに先に戻った。
 こちらの世界に戻ってきた途端に倒れたキリルを心配して残っていたコルセリアも、クールークの皇族としてやるべき事があると思うから、とキリルの体調が戻って皇都についた時にそう言って先にオベルへと向かった。
 そうして残った人達をキリルは送った。
 別れ際に、歓迎するからまた来いよ、と言ってくれる人は多かった。
 ろくな言葉もないまま分かれようとした人も幾人かいたが、それでもありがとうございましたとキリルが言えば、分かりにくいながらも労うような言葉をくれた。
 キリルにはどちらの言葉もただ嬉しかった。
 そうやってクールークと群島諸国の各地を回り、最後にオベル王国にたどり着く。



 紋章砲と邪眼を追い続けたキリルの旅は、これで終わった。



 それから何気ない時間を過ごした。
 戻ってきた最初の頃は邪眼を壊した当事者として話を聞かれたり話し合いの場に引っ張り出される事はあった。
 でも数日も経てばそれも落ち着き、何もない時間ばかりになった。
 その頃になってルクスはキリルに声をかけた。
 一緒に出かけよう、と。
 旅の最中はずっと忙しかったわけではない、それでも1日中のんびり出来る日は少なくて、その少ない休日にオベルにいる事はなかった。
 結局ずっと、案内するから一緒にオベルを見て回ろう、という約束は果たせずにいた。
 ようやく時間が出来たので、だから一緒に出かけよう、と声をかけた。
 ほんの少し迷うような素振りの後に、キリルは笑って頷いた。
 表情が翳った瞬間は見なかった事にして、ルクスはキリルの手を握って外へと出た。
 空を見上げれば綺麗な青色ばかりが見えて、光が目に痛いくらいだ。
 少し暑く感じるが天気はよくて、いい天気だね、と空を見上げながらキリルが言えばルクスも同じように空を見上げて、そうだね、と返した。
「港は…、もう何度も見ているよね。」
「うん、だから市街地をのんびり見てみたいかな。いつも買い物をしてすぐに戻るって感じだったから。」
「そうだね、今日は時間があるから。」
「1日付き合ってくれるの?」
「キミが望むならいくらでも。」
 キリルがほんの少しお互いしっかりと繋いでいる手に力を込めた。
 見ればルクスの言葉に喜んでいるようにも何か寂しがっているようにも見える顔をしていたが、隣にいるルクスと目が合えばキリルはにこりと笑った。
「それじゃあ徹底的に付き合ってもらうね。それこそルクスが疲れるくらい。」
「ボクは構わないけど、そうしたらキリル君も疲れるよ。明日もあるんだから。」
「………、うん、そっか。」
「うん、そう。」
 少し強引に手を引っ張ってルクスが歩き出す。
 それにつんのめって転びそうになるのをギリギリ避けたキリルがついて行く。
 ルクスにとっては随分と見慣れた場所で、キリルも何度もここには立ち寄っているので見慣れない場所ではない。
 その為かここの住人にもそれなりにキリルの顔は知られていた。
 英雄であるルクスと一緒にいる事が圧倒的に多いので、目を向けられる事はどうしても多かったせいだろう。
 何となく向けられる視線は少し気になったが、それさえ気にしなければ一緒に何気なく歩き回るのは2人とも楽しかった。
 途中でキリルが唐突に、お饅頭が食べたかったんだ、と言い出した。
 お腹がすいたわけではないが、ルクスのいるオベルで食べてみたかった、というのがキリルの言い分だ。
 なんだかよく分からない理由だし、饅頭ならイルヤ島の方が種類が多く美味しいのだけれどと思ったが、でもキリルの要望を却下する理由にはならない。
 食べ物を売っている小さな店でお互い1つ饅頭を買う。
 店主がルクスにキリルの事を訪ねると、友達です、とそう返した。
 照れながらも嬉しそうに笑うキリルと穏やかな顔をしたルクスに店主は少し驚いた後に笑った。
 それじゃあおまけだよ、と言って渡されたのが饅頭をもう1つと1枚の福引き券。
 饅頭は半分に分けて2人で食べたが、福引券を貰ったキリルは何だか不思議そうな顔をして首を傾げた。
 補助券を貰っているのは何度も見たが、それを福引き券に買えてくじを引いているところはそういえば見た事がない。
 興味がなかったのか、ただ単に時間の都合だったのか、きっと後者だろうと思いながら今度はキリルを福引き所まで連れて行った。
「それを渡して回す、それだけ。」
「へー…。」
「何かしら当たるから。」
「うん。」
 わくわくした様子で回すものの、転がった玉の色は白で、外れみたいなものだと説明されると残念そうに肩を落としたのが何だか面白かった。
 でも少し可哀想にも思え、そういえば少し前に買い物をした時に貰った券が携帯用の道具袋の中に入れっぱなしだった事を思い出す。
 6枚分あるよと言えば、ルクスに遠慮した様子を見せたものの嬉しそうだった。
「気にしないで、探せばまだ部屋にあるだろうし。」
「あ…、うん、ありがとう。」
「………、でも、キリル君。」
「なに?」
「そんなに真剣な顔をしてやるものでもないと思うよ。」
 ガラガラと音を立てて回した結果、出てくるのは白ばかり。
 1回1回全部を酷く真剣な顔をしてやっているキリルにルクスは苦笑しながら言うが、実際キリルは真剣だった。
「だって全部外れだし…、少し悔しい。最後だけど、折角だしルクス引く?」
「………、やめておく。今日は当たる気がしないから。」
「そう?ルクスってゲームとか強いから、こういうのも強そうなのに。」
「うん、それなりに。でも今日は無理。」
「へー………、って、あー、やっぱり駄目だった。」
 小さな音を立てて転がった玉はやっぱり白。
 本気で落胆するキリルに店主がおくすりを7つと、それに加えて何かの袋を1つ手渡してきた。
 何だろうと覗き込んでみれば、お菓子だった。
 果物を薄く切って乾燥させた物、と一緒になって覗き込んだルクスが言った。
 景品の一覧にお菓子など書いていなくてなんで渡されたのだろうと店主を見れば、凄く残念そうだったから、と苦笑交じりに言われた。
 その後に、それにルクス様のお友達のようですから、と言葉が続いた時は店主がとても穏やかな顔をして笑っていた。
 優しいその表情にお菓子を押し返すわけにもいかず、礼を言ってありがたく受け取った。
「なんていうか…、ルクスって好かれてるんだね。」
「そう…だね。優しくはしてもらっている、とても。」
 考えるように辺りを見回した後にルクスは小さく笑みを浮かべてそう返した。
 その穏やかな笑顔にキリルはつられるように笑い、キリルの笑顔を見たルクスが嬉しそうに笑みを深めて、気付けば2人で笑い合っていた。
 本当に優しくて綺麗な場所だとキリルは思った。
 晴れた空は目に痛いほどに青くて、岩に囲まれている市街地はそれでも時折海の見える場所があるし、流れてくる風は柔らかい潮の香りを含んでいる。
 住む人は明るくて優しくて、旅の最中ではゆっくりと出来なかった事がとても残念だと思った。
 綺麗で優しい場所。
 案内してあげるからと、一緒に見て回ろうと、そう言ってくれたルクスの気持ちがよく分かった。
 もし逆の立場だったらキリルだって絶対にルクスを案内した。
 一緒にこの場所を見て一緒にこの場所で過ごしたいと、絶対に思った。
 そうしてその結果こうして笑い合えるのはどうしようもなく嬉しい事だ。
 暫くはただお互いを見て笑っていたが、それじゃあ行こうか、と軽く手を引っ張るルクスにキリルは頷いた。
「ルクス様。」
 ここの住人らしい女性に声をかけられたのは歩き出そうとした瞬間だった。
 どうしたのかと目を向ければ、笑顔で何かを渡される。
 美味しいですからぜひ、と言われた物は焼き菓子だった。
 好意は素直に受け取るべきだろうと、そのお菓子も礼を言って受け取った。
 そんな袋を持ち歩いているためだろうか、歩いていれば他に何人もの人に声をかけられた。
 ルクスに挨拶がてらに渡す人もいたし、キリルに向けてルクス様をよろしくお願いしますと深々と頭を下げて渡す人もいたし、真っ赤になって突きつけるように渡して逃げるように去っていった人もいた。
 福引き所で貰ったお菓子をきっかけに、少し歩いただけでルクスとキリルの両手が塞がる程にお菓子やら食べ物やら花やらを渡された。
「………、本当にルクスって大人気なんだね。」
「………、確かに幾つか貰う事はあるけど…、こんなに貰ったのは初めてだよ。」
「今日は何かいい事あったのかな?」
「特に何も聞いてないけど…。」
「なんでだろうね?」
「さあ?」
「とりあえず、これ持って移動も大変だから、1度戻ろうか。」
「そうだね。」
「ああ、そうだ、そういえば王宮の方にあるって言ってなかったっけ、ルクスが軍主の時に使っていた船がある場所に行く道って。」
「うん。じゃあ置いたら行こうか。」
 歩き出そうとする前に当たり前にお互いを見たが、両手に荷物をいっぱいに持ったこの状態では手は繋げないな、とほぼ2人同時に思った。
 仕方ないねとキリルが言って上にある王宮に向かう。
 石を綺麗に削った階段を上って、柔らかい緑の上を歩いて。
 途中でまた声をかけられたが、これ以上は持てないとさすがに断って、王宮前まで上りきる。
 何気なく後ろを振り返れば辺りを囲む岩の隙間からほんの少しだけ海の深い青色が見えた。
「キリル君?」
「あ、うん、少しだけ海が見えるなって。」
「海が見たかった?」
「そうじゃないんだけどね。海は結構毎日見てたし。ただ、見えるなって…。」
「………、ここよりも向こうの方がよく見えるよ。」
 1人の兵士が2人の所に駆け寄ってきた。
 警備などがあまり厳重ではない王宮の庭園だが、それでもさすがに見張りとして立っていた兵士が2人の両手にある荷物を見て気を使ってくれたらしい。
 2人がかりで持っている物を1人に渡すのはどうかと思ったが、持ちますと言われたので結局渡した。
 たった1人の見張りが持ち場を離れるのもどうかと思ったが、それは今さらだろう。
「ボクの部屋に。」
「はい。」
「後でお茶だね。」
「淹れてくれるの?」
「うん。」
「やった。」
「戻ってきたらね。それで、こっち。」
 手があいたのでまた手を繋いでルクスが向かったのは王宮の横にあるあまり目立たない道。
 逆に行けばオベル遺跡のある方向で、ひっそりとした感じは気軽に入れない遺跡に行く道ととてもよく似ていた。
 ただ遺跡の方は木々に囲まれた場所に出るが、こちらは海の見える山道に出た。
 狭くはないが広くもない道で、柵もなく下を見れば随分と高くて少しだけ怖く思えた。
 でも海がよく見えた。
 港よりも高い場所にあるためか、視界を遮る物が何もないためか、道の端に立てば海と水平線と空ばかり見えた。
 その景色を見て動こうとしないキリルに、隣にいるルクスが首を傾げた。
「キリル君、危ないよ。」
「うん…、でも綺麗。」
「そうだね。」
「船の上で海なんていっぱい見たけど、でもやっぱり綺麗だから…、見れなくなると思うと少し寂しいな。」
 キリルの言葉にルクスが小さく肩を揺らす。
 戸惑うようにキリルを見て何か言おうとしたが、結局何も言わずに視線を落とした。
「赤月に海はないんだって。でも大きな湖はあるって。海と湖ってやっぱり雰囲気違うのかな?」
「ボクは大きな湖の方を知らないな。」
「ボクも知らない。でもきっと海の方が好きだな。ルクスのいる場所だなって思うと、それだけで何だか嬉しい気持ちになれる。」
「キリル君…。」
「だから海がないのは残念だな。あ、でも空は一緒だよね。今日みたいに晴れてる空の天辺はルクスの目の色に似てるし。それを見て、ルクスも同じ空見てると思ったら、寂しくないかな。」
 顔を上げれば、海を見ていたキリルはルクスを見て、そうして笑った。
 ついさっきまで見ていた笑顔とは違う、一緒に行こうと誘った時に見えた翳りを思い出させた。
 この先は聞きたくない言葉だなとルクスは思った。
 でも遮るわけにもいかなくて、ただキリルの手を強く握った。
 同じくらいの力でキリルが手を握り返してくるのが分かった。
「赤月帝国に帰る事になったんだ。」
 初めてキリルの口から告げられた事だけれど、でも以前からそんな雰囲気はあった。
 元々キリルの故郷は赤月帝国だから、何もかも終わった今帰るのは当たり前だ。
 仲間を送りながらオベルまでの道のり、キリルがアンダルクとセネカの2人とずっと何かを話し合っていたのは知っている。
 だから、聞くのは初めてでも、分かっていた。
 全ての仲間を送り届けてオベルでの後始末が終われば、キリルは赤月帝国に帰ると。
 そんなのは、もうずっと前から、それこそキリルの故郷が赤月帝国だと聞いた時から、分かっていた事だ。
 それでもどうしても繋いだ手に力がこもってしまった。
「………、いつ?」
「明日とか明後日の話じゃないけど、でもあんまり長居するのもリノさんとかに申し訳ないから、近いうちには。」
「迷惑なんて、誰も思ってないよ。」
「でもだからって、ずっといるわけにはいかないよ。2人も帰りたいって思ってるし、名前しか知らなくても、ボクの故郷でもあるし。」
「うん…。」
「だから、帰るよ。」
 きっぱりとキリルは言うのに、表情は寂しそうなままで、しっかりとルクスの手を握っている。
 終わったら帰る事なんて最初から決まっていた。
 でもずっと考えていなかった。
 ルクスと一緒にいる毎日が楽しくてあまりに当たり前になっていて、ルクスから離れて故郷に帰るなんてそんな事、出会ってからずっと考えもしなかった。
 何もかもを終えてアンダルクとセネカに話を持ち出されるまで、本当にいっそ忘れていた。
 帰るんだと、離れるんだと、そんな事は全部。
「ルクスは、これからもオベルにいるよね?」
「うん…。」
「じゃあ、手紙を書いてもいいかな?」
「いいよ。返事は、出してもいい?」
「うん、勿論。今は家が何処なのかってよく分からないんだけど、戻ったらちゃんと送るから。」
「待ってる。」
 離れたお互いの現状を知るには手紙しかなく、手紙を送ればキリルが赤月に帰りそれで何もかもが途切れるという事はなくなる。
 でも今までのように話す事が出来なくなるんだと実感させて、それが少し辛かった。
「ルクス。」
「キリル君。」
 お互いの名を同時に呼んで、けどお互いに続く言葉はなく、顔を見合わせたまま少し黙り込んだ。
 離れたくないからオベルに残ってほしいと。
 離れたくないから赤月へ一緒に来てほしいと。
 その言葉は何とか飲み込んだ。
 きっとどちらか片方が告げたら、言われた方は頷くだろうと分かっていたから、言えなかった。
 後どのくらいお互いの顔を見て話が出来るのか。
 後どのくらいこうして手を繋いで一緒に歩けるのか。
 考えればいっそ怖いくらいだけれど、きっと簡単に決めていい事でも、そんなに簡単に周りを巻き込んでもいい事ではないだろうから。
 せめて出来るのは今だけは手を離さない事くらいだと思った。
 お互いに寂しそうな悲しそうな、でも相手にそんな顔を見せてはいけないと笑おうとしている、変な顔をしていた。
 そんな顔をさせている事が申し訳なく、きっと自分もそんな顔をしているんだろうと思い、キリルは海の方に目を向けた。
 眩しいくらいに光を反射させている海を見て、笑みを消すと何かに耐えるように顔を歪めた。
「………、ねぇ、ルクス。」
「………、なに?」
「また会いに来るから、絶対に来るから。ボクの事、待っていてもらっても、いいかな?」
 キリルの顔をルクスは見る事が出来なかった。
 酷い顔をしている事だけは分かるので、ただ俯いた。
 キリルも同じ気持ちで振り向けず、海を見たまま言葉を待った。
 波の音がよく聞こえた。
 風も少し強くてその音もよく聞こえる。
 海鳥の姿が見えたが、鳴き声は遠くて聞こえない。
 海は本当にきらきらとして綺麗で。
「待っている。キミがそう言うなら、何年だって、ここで待っているよ。」
 でもルクスから返ってきた声のほうがよほど綺麗で深く心に残った。
 少し気を抜いたら泣きそうだと思ったのは、お互い一緒だった。
 ずっと繋いでいた手を少し離して、今度はお互いに指を絡めるようにして、もう1度握った。
「行こうか。キリル君に見せたい場所、まだたくさんあるから。」
「うん、ボクもルクスと見たい場所たくさんある。」
 この場所を忘れる事のないように、忘れさせないように。
 次の再会が初めの時のようにぼんやりとした記憶だけにならないように、出来るだけたくさんの事を覚えているように。
 歩き出した2人は、そんな事を思いながら、本当に無理矢理な笑顔で笑い合った。










END





 


2007.10.01

オベルってどんな場所だったっけ、と4を起動させて歩き回ってみたのですが
何気なく1等賞が出るまでくじを引きまくり(21回目で出ました)、無駄にお店を冷やかした後、意味もなく住人に声をかけまくる
そうして最後に本拠地のあった場所まで行ってみようと思ったらエンカウントがあってマジびびりする
そんな結果でした(物凄く反映しなくていい事)
キリルが帰る時との事なのでリクエストなのに何だか微妙に薄暗くなりました、ごめんなさい

そんなものですが、気に入ってくださると嬉しいです
リクエスト、ありがとうございました!





NOVEL