どらく ひとインタビュー

  第二十九回

妻との出会いが人生を変えた

  心底愛すると、いい曲できる年

          加山雄三

苦も楽も人生は自分次第
多才の人だ。若大将シリーズで人気を博し、シンガー・ソングライターとしてポップス界で一世を風靡(ふうび)。絵画展は毎回盛況、クルーザーも乗りこなす。かと思えば最新のゲームにも精通、陶芸にも挑戦している。好奇心に磨きがかかる中年の星、加山雄三さんを突き動かしているものは意外にも物理、宇宙への想(おも)いだった。

(取材・文/井上理江)来

司会)油絵を始めたのは59歳。

もともと絵は大好きで、船の設計図や完成図のデッサンはしていました。油絵は81年、夏休みに子どもたちと一緒に描いたのが最初。そのときの作品5点をその後、事務所に飾ってもらったんです。スポットライトの当たる所に置いてみたくて。そうしたら、それが専門家の目にとまって、個展を開催することに。いきなり86点も描いたのですが、それが大好評で。それから毎年、全国各地で絵画展を行うようになりました。

司会)絵には音楽とは違う楽しさがある?

絵画が「静」なら、音楽は「動」。対照的だけれど、それぞれの楽しさがあるからこそ両方大切です。特に絵は、自分が心をこめた一点ものをファンの人が持っていてくれる。それが何よりうれしい。

司会)最近は陶芸や漆器の作品も個展で発表されている。

不思議な縁があって両方とも65歳を過ぎてから始めたのですが、これがまたどちらも奥が深くて楽しい。
面白いもので、人間、
好きなことをやっているときって光るんだよね。同時に出来上がった作品もまたいいんだ、これが。

司会)ゲームも詳しいですね。

子どもが小学生のときからだから、筋金入りのゲーマー。
「バイオハザード」は1,2,3,4と全部やってきたからね。まあ、ゲームは
反射神経の訓練になるから老化防止にもいいし。なんていうのは言い訳で、単純に楽しいからやっているだけです。

司会)好奇心のかたまりです。

日に日に老いていく中、自分という人間を劣化させないための努力は必要ですから。そのための健康管理であり、演奏や作曲であり、絵でもあり。ただ、もっと単純に、興味を持ったらすぐに行動しないと気が済まないという性分というのもある。やるんだったらとことん究めたいし。特にそういう気持ちが若いときより強くなった気はします。

若くないと認め、気づいた
司会)今年、古希を迎えられたということで心境の変化は?

特にないですが、徐々に年はとっていくんだろうなという思いはある。
いつまでも若ぶっていても仕方ないし。
ただ、もう決して
若くはないと認めることが新たな気づきをもたらしてくれる、そんな発見が最近ありました。これは間違っていたなとか、優しさはやはり生きていくうえで大事だよなとか。

司会)年を重ねてきたからこそ、見えてきた気づき

そう。それと、出会いには必ず意味があると思っているので、今まで以上に出会いを大切にするようになりました。

司会)人生一番の出会いは?

妻でしょう。出会ったことで根本的に人生が変わったから。両親もそう。この親のもとに生まれたことが僕の人生の根底にある。考えてみれば、かつて多額の借金を抱えたことや倒産といった経験も貴重な「出会い」だった。多くの人に迷惑もかけたけれど、でも、今の自分を築くためには必要でした。あのときの苦しみがなかったら、今ごろただの馬鹿野郎になっていたと思います。

司会)これまで多くの苦労を経験されているのに、微塵(みじん)も感じさせない。そのコツは?

たぶん苦しみから逃げないでやってきたからでしょう。逃避していたらそれなりの人生でしかなかった。苦は楽の種、楽は苦の種という言葉を何度となく自分に言い聞かせながら、楽しく生きる努力をしてきたことが今の僕につながっていると思います。

人間はね、思いどおりのことをするんです。「色即是空、空即是色」の言葉どおり自分の思ったことが自分の人生になる。つらいと言って暗い顔をしていたら、それまでの人生。つらさを受けとめながらも明るく振る舞うことで、人生を楽しい色にできる。

過去の反省なく明日ない
司会)ダメージを受けたら、それをバネなりエネルギーに変えていく思考力が必要なのだ、と

そう。逆に窮地に立たされた苦しい経験がないと、本当の幸せもまたわからない。人間には苦も楽も必要なんです。それと、間違った方向に走ったとしても、それを軌道修正したいという平衡感覚を人間は本能的に持ち合わせている。だから誰でも自分次第で幸せになれるんです。

過去にこだわる人間に明日はないけれど、過去を反省しない人間にも明日はない。
自分が間違ったと思ったら、素直に真摯(しんし)
に反省することが、幸せな心の復活につながると思います。。

司会)そんなふうに、常にエネルギッシュに、前向きな気持ちへとご自身を誘ってくれるものは?

それは、宇宙の不思議や、存在の不思議さへの好奇心。実は年中、頭の中で宇宙旅行をしています。ものの成り立ちが僕は不思議で仕方ないんです。宇宙に意志があったからこそ人間は誕生したのだとか、光の速度よりも早いのは人間の思考力じゃないかとか、考えるだけでワクワクしてくるし、僕にとって安らぎになっている。かつて苦境に立たされたときも、それが癒やしとなってくれたから乗り越えられた。
宇宙や存在の不思議さへの探究心こそが、僕自身を突き動かすエネルギーの源になっているんです。

第六感信じて、舵取りを
司会)ところで、団塊世代にとって加山さんはあこがれの星ですが。

団塊の人たちは本当に頑張ってきたと思う。若大将や僕にあこがれてくれたことは決して間違っちゃいなかったよって言いたいぐらい。だから、定年で「やることがない」なんてぼやいていてはいけない。自身の第六感を信じて、自分のやりたいことをまた見つけたらいい。退職して職は失っても、生きた人間という肉体船に乗った魂は生涯現役。
自分がその肉体船の船長なんだから、棺桶(かんおけ)に入るまでは責任もって舵(かじ)取りしてほしい。

司会)ご自身のこれからの活動は?

今年はCDを出す予定です。正月休みに12曲作ったんだけど、30曲を目指しています。その中から10曲くらいを選びます。
自分でも驚くほど、曲作りに意欲が沸き上がっていて。そういうときにできた曲は結構いいと思います。

司会)若いアーティストの曲もよく聴かれるそうですね

クラシックからヒップホップまでジャンルは関係なく何でも聴きます。最近だと桑田佳祐、倖田來未、元ちとせ、平原綾香あたり。
彼らの曲から刺激を受けています。素直に描いた絵の出来栄えがいいのと同じように、音楽も心底愛する気持ちから生まれてきた曲は絶対にいいものになるという確信もある。もちろん、僕から生まれるのはあくまで70年代音楽で、加山雄三サウンドでしかないと思うんだけれど、1人でも多くの人に喜んでもらえるサウンドを作りたい。

質問1
司会)これまでの人生で最大の買い物(投資)は何ですか?

妻に対する愛情。そして、音楽や絵への愛情。自分が愛するものに対して情熱を注ぎ続けることが人生の投資だと思うし、それを続けなければ存在はあり得ないのではないかと思います。

質問2
司会)こだわりがある、という生き方をしていると思う人を挙げてください。

自分の周りには数えきれないくらいいます。しいて挙げるならサザンオールスターズの桑田佳祐君。それと山下達郎君。音楽を聴けばわかる。並の努力や知識ではできない曲を彼らは作っています。

質問3
司会)人生に影響を与えた本は?

「空飛ぶ円盤実験記」(G・アダムスキ著)。高校生のときに読みました。夢があって好奇心を揺さぶられ、これをきっかけに物理が好きになり、勉強を始めました。この物理に対する好奇心がいつも根底にあって、自分なりにいろんな専門書を読んだりしてきました。
今ももちろん読んでいます。たぶんどんなつらい状況にあっても、それを乗り越えてこられたのは、この物理に対する好奇心が自分の安らぎになってくれたから。僕に影響を与えてくれた本は数えきれないほどあるけれど、やすらぎを与えてくれたのはこの1冊です。

終わり

10年12月17日新設