若大将とぼく

”特技”が生かされた”若大将シリーズ”

 ぼくのおやじは、たいへん堅実な考え方の持ち主だったから、家を増築する場合でも、い

っぺんに建てることをしないで、必要に応じ、予算に従って、こんどは応接室、つぎは物置

、そのつぎは金がないからベランダだけにしようなどといったぐあいだ。

 おかげで、一間の建築が終わったかと思うと、つぎの工事がすぐにはじまるといったわけ

で、家の中には、年中、大工さんなどの職人さんが出入りしていた。

 ぼくは、暇だから、学校から帰って来ては、職人さんの仕事ぶりを見物していた。そんな

とをしているうち、大工さんや庭師、左官屋などと親しくなり、ぼくは「おじさん、おじ

さん」といいながら、仕事の話を聞いたり、遊んでもらったりした。

 そんなとき、職人さんたちは

「池端さんの家の若大将は、気さくで、おもしろい」

 などと、よそへ行って話したり、家のものにいったりした。

 ぼくの若大将という、特殊な呼び方を聞いたのは、これがはじめてである。

 やがて東宝にはいり、映画俳優になったぼくは、デビューする前から、いろいろと宣伝で

り出されていた。作品的には、デビューのころは、いわゆるアクションものが多かった。

若手俳優を売り出すには、スカッとしたスーパーマンが一番手っとり早い。

「暗黒街の弾痕」「東から来た男」「顔役暁に死す」といった作品では、たいてい、めっぽ

う腕っぷしが強かったり、ピストルの名手だったりするのだが、表面はおとなしく、いざと

いうときは頼りがいのある男ーーという設定だ。

 しかし、アクション一辺倒では、変化に乏しいし、ファンも限られてくる。それよりもな

により、いったい、ぼくがどんな傾向の役柄や作品に向いているのか、当時は東宝でさえよ

くわからなかった。

 そこで、「銀座の恋人たち」のようなロマンチックな都会喜劇もやらされたが、これは女

の子の前ではテレっぱなしのぼくは、そんな軽妙な味も出るわけがないし、演っていても楽

しくはない。

 そうかといって、「名もなく貧しく美しく」のような文芸作には、まだ主演はムリだった

ので、ちょっと顔を出す程度で、もちろんぼくの作品とはいえず、単なる”お付き合い”的

映画だ。

 そこで藤本真澄専務を中心とした東宝の製作首脳部が考えついたのが「加山の大学時代の

イメージをモデルにして、主人公を設定したら・・・」ということで「大学の若大将」の企

画が持ち上がった。

 ぼくは学生時代、スキー、水泳、ボクシング、ヨットなどのスポーツをなんでもこなした

し、歌もうたえて、楽器もやれる、そういう”特技”をスクリーンで生かせば、この若大将

映画はシリーズにもできると、すでに東宝は考えていたにちがいない。

 このシリーズのヒーロー、田沼雄一は東京のある大学の学生で、銀座あたりの牛肉屋のし

せ「田能久」の息子だ。

 本当は茅ヶ崎の百姓であるぼくに、洗練された都会性と、ファンに親しみやすい、下町情

あふれる庶民性を与えようとしたのだろう。

 相手役には、すでに「東から来た男」で共演していた星由里子君が選ばれた。会社は星君

のコンビで売り出そうというプランだった。

 学友には運動部仲間であると同時に部のマネージャーである江原達怡さん、悪役と三枚目

とを一手に引きうけた感じの”青大将”こと田中邦衛さんらが中心になって、レギュラーが

固まった。

 ガンコ者で、息子のやることは、なんでも気に入らないおやじ(有島一郎)、年の割りに

元気で、モダンで合理的考え方で、若大将の悩みの相談相手になるおばあちゃん(飯田蝶

子)などの”常連”もきまった。

 第一作の「大学・・・」は、とりあえず、大学の水泳部員で、公開期日も真夏なので、大

いに水しぶきを上げて、お客さまに涼んでもらおうということになった。

 以来、「銀座の・・・」「日本一の・・・」「ハワイの・・・」「海の・・・」「エレキ

・・・」「アルプスの・・・」と年間二本のペースでつづいている。

 話の内容は、もちろん、ぼくの大学時代そのままではない。

 主人公がかならず運動部の中心選手だが、ぼくは、一度もスポーツのクラブにはいったこ

とがない。

 また、この主人公は、大ぜいのガール・フレンドから追いかけ回され、それに見むきもし

ないで、ひそかに慕っている娘さん(星君の役)がいる。ぼくの大学時代は、ガール・フレ

ンドに追い回されたどころか、ぼくを追い回したのは他校のケンカ相手だった。それに残

ながら、ひそかに慕っていたのは娘さんではなくて小遣い銭とメシだ。もっとも、スポーツ

をやるだけに、メシをたくさん食べるという点だけは、映画も実際も同じだった。

 たいていシナリオにとりかかる前に「こんどはヨット部員でいきましょう。ヨットは乗れ

るから・・・」「このつぎはスキーでどうでしょう。外国ロケでもして、スキーのレースは

迫力ありますよ」というぐあいに、主人公の設定や、大まかな筋について、いろいろ自分の

意見をいう。それがかなりかなえられてきた。

「大学・・・」は水泳、「銀座・・・」はボクシング、「日本一・・・」はマラソン、「ハ

ワイ・・・」はヨット、「海・・・」ではまた水泳、「エレキ・・・」がアメリカン・フッ

トボール、「アルプス・・・」はスキー、そのあとの「歌う・・・」は日劇でのワンマンシ

ョーをそのままフィルムにおさめた記録、「レッツゴー・・・」はサッカーと、それぞれ主

人公のやるスポーツが毎回変わっている。「ハワイ・・・」でハワイへはじめて外国ロケし

、はじめて自分の作曲した歌を三曲うたったり、バックに流したりした。

 外国ロケは、そのあとも「アルプス・・・」でスイス、ドイツ、ローマへ行き「レッツゴ

ー・・・」で香港、マカオ・ロケする。

 俳優に年はない、とか、役者は年をとらないとかいわれるが、ぼくが第一作の「大学・・・

」に出演したのが、二十四歳のとき。それからもう五年もたっている。

 主人公が大学生という設定には、そろそろ年齢的にムリが来はじめていりのではないか

も思う。事実「アルプス・・・」では、大学院の学生になっていた。

 本当の学生だって、一学年をていねいに二度ずつやるヤツもいるから、三十男だってい

ことはいるんだが、ぼくは、ストーリーの幅をひろげる意味で、ムリに学生でなくてもいい

ように思う。

 いまぼくの考えている”若大将もの”は、まずタヒチ、サモアなど南太平洋を旅行した

とからヒントをえた「南海の若大将」だ。

 主人公が友だちといっしょに南太平洋に出かけて行って、現地人の女性や日本からやって

きたガール・フレンドなどとのカラミを色どりに、泳いだり、潜水したり、探検やアクショ

ンがあったり、中心となるスポーツは潜水だ。カラー・フィルムと水中撮影とで、南海のす

ばらしい色彩と、珍奇な生物とにあふれる海底をとらえたら、きっと楽しいものができると

思う。

 このほか「大空の若大将」もおもしろい。それも大学のグライダー部ではなく、いっその

こと主人公が大学を卒業後、自衛隊に入隊した社会人にしてしまう。航空自衛隊に実在する

アクロバット・チーム「ブルー・インパルス」をモデルにして、ジェット機のパイロットに

なる。それに、いま、ぼくが憧れているスカイ・ダイビングなどをとり入れたら、かなりス

リルに富んだものになるだろう。

 同じ社会人にしても、主人公がふつうのサラリーマンになってもいい。たとえば「背広の

大将」。大学を出て会社にはいった田沼雄一が、いろいろな社会の荒波に出会いながら、

勇敢に生きていくというストーリーだ。

 このほかスポーツではモーター・ボート・レースなども、かなり画期的に迫力が出るので

味がある素材ではないかと思う。

 なにぶんにも、この若大将シーリーズは、毎回、登場人物の設定が同じだから、主人公の

やるスポーツを工夫したくらいでは、たいして目先が変わらず、同じような印象を与えてし

まう。それだけに、同じ登場人物を使って、まったくちがったストーリーを作り上げないと

、観客に飽きられてしまうだろう。

 ぼくに才能があったら、シナリオを自分で書いてみたいと思っているのだが、どうも少々

リらしい。

 これまで、ぼくもずい分いろいろな作品に出てきたが”自分の映画”といえるのは、やは

この若大将だし、唯一のぼくのシリーズものでもある。だから、このシリーズは、これか

らもずっと続けて行きたいし、一作一作を少しずつでもいいものにする努力をしたいと思っ

ている。

10年09月16日新設
10年11月18日更新
(写真訂正)