品切れ号復刻シリーズ
小浜逸郎氏との対話 (vs.佐藤幹夫)
「オウム」という問い その7(樹が陣営14号・1996・3掲載)
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■オウムをめぐる言説について
佐藤 このへんで次の話題に移りましょうか。今回のオウム事件の大きな特徴の一つとして、さまざまな識者、批評家、精神病理学者、宗教人、ジャーナリストなど、本当に多くの人が自説を展開したということですね。宮崎勤の事件や湾岸戦争のときもそうだったのですが、今回はそのスケールが一回りも二回りも大きいという感じです。ぼくなんかもこうやって特集を考えるくらいですからその中に一人、ということになるのでしょうが、やはりきちんと向かい合うことを強いてくる何かがある、という感じがあります。こうしたなかで、これまで雑誌に発表されたそれぞれの言説について、ちょっと長くなってしまいますが、ぼくなりの関心で乱暴に見取り図を引いてみますと次のようになります。
まず、吉本さんの提示した問題をどう考えるのかということが大きな課題としてあります。芹沢俊介さんや山崎哲の言説も個別のところでは異なったニュアンスがあるのですが、大筋では思想や宗教理念に市民社会の倫理を超出していくものを
見ようとしている吉本さんの系列に入れていいと思います。いずれこのあと詳しく取り上げてみたいと思います。これに対して市民社会の側に思想のスタンスをかけ(と括ってしまうのは単純すぎますが)、明確にオウムを全否定する発言をしたのが、橋爪大三郎さんや小浜さんだったと思います。吉本さんの言説に対して、名前を掲げて批判されたのは今のところ小浜さんだけなのですが、産経新聞の「斜断機」での応酬を見ているかぎり、その影響、波紋は小さくないと感じています。
もう一つはこの期間、中沢新一さんのはたした役割です。オウムの広告塔だとかそうではないとかではなく、やはりいろいろな意味でキーパーソンの一人だった。中沢さんもあとで再度触れてみたいと思います。また中沢さんをはじめ、宗教学者と呼ばれている人たちの社会的な役割が云々されたことも、目に付いたことの一つでした。一方には脱マインドコントロールを掲げ、カウンセラーを続けながらオウムの反社会性を告発する浅見定雄のような聖書学者がいましたし、島田裕巳のようにそれこそ提灯持ちを結果的にさせられてしまった学者もいます。島田なんかは思想的には何も得るものがないという感じなのですが、カルト教団に対してどういう対応のマニュアルを作っていくのか、それは宗教学者の重要な仕事だと舛添要一なんかがさかんにテレビで主張していました。それはそれで一つの立場でしょうが、小浜さんも書かれていたと思うのですが、宗教学者が当の宗教や信仰に対してどういうスタンスをとるのか。それを外在的に、一方的に研究の対象とみなすいわゆる宗教社会学的なものではなく、自身も宗教家であるようなないような、際どい均衡のなか
で打ち出されてくる宗教に対する認識や知見に惹かれるところがぼくにはあって、その意味でも中沢さんものが関心を引きました。
それから明らかだったのは既成の宗教者たちの壊滅ぶりです。オウムは仏教ではないとか、本当の宗教ではないという紋切型の発言ばかりで、まあこんなもんなのかな、という感じだったですね。あの「イエスの方舟」の千石のおっちゃんも一度テレビに出たんですよ。麻原がどれだけ極悪人かということを強調するテレビの文脈のなかでのみ語らされていて、止めた方がいいよという気がしましたけれどね。小浜さんご覧になりましたか。
小浜 見ました、見ました。あれが宗教だなんてとんでもない奴だという、というようなことをしきりと言っていましたね。ぼくも、マスコミの流れにのせられてえらく安っぽく見えるなあという印象でした。あの人はあんなにマスコミに叩かれたのに、よっぽど人がいいんでしょうね。そこがまた持味なのかもしれない。
佐藤 それから小林よしのり問題といいますか、『週刊SPA』における『ゴーマニズム宣言』と宅八郎の応酬ですね。表現と当事者性の問題、表現されたものと現実の事柄がいつのまにか逆転してしまう、両者の臨界がなし崩しになってしまったということがあそこでの特色ではないでしょうか。宅八郎はいつもそうで、それが彼の戦略というか、メディアを渡り歩くやり方ですよね。メディアの中に敵対者を作り、そこに現実のリアクションを持ち込んで巧妙に自身を被害者的な立場にまつりあげ、敵対者にとって脅迫的な情況を作り出す。小林よしのりも自身がオウムに脅迫されていたこともあって、宅八郎の格好のターゲットに
されてしまったという感じです。
あといわゆる保守派、西部邁や佐伯啓思、福田和也、西尾幹二という人たちの発言や、精神病理学者、心理学者と称される人たちの発言、また切通理作、鶴見済、宮台真司などの若手の批評家たちの応酬もありました。ぼくなりの関心で見取り図を引けば、こんな感じです。小浜さん何かございませんか。
小浜 いえ、たいへん手際よくまとめていただいて、特にないのですが、事件と同時進行的に発言してきた当事者の感想として一言いわせてもらうなら、これだけの大きな問題なのに、まともに噛み合う論争がほとんど一つも生まれない、この思想風土はいったい何なんだ、ということですね。毎度のこととはいえ、みんな言いっ放しなんです。法的処置の問題一つとったって、いくらでも真剣勝負する材料はあるのになあ、と残念でなりませんね。
ぼくが挑発した吉本さん、中沢さん、山崎さん、それから「斜断機」の(題)氏――このペンネームはぼくの判断では芹沢俊介さんに間違いないと百パーセント確信していますので、この際、反論対象としてはっきり限定するために、あえてぼく自身の責任において、その判断をことばにしようと思いますが、その芹沢俊介さんにしたって、ぼくの見るところでは、ほとんどまともな反論をしていない。芹沢さんなど自分がつきつけられたことに関してはただの一言も弁明できずに、傷つけられたくやしさからか、小浜は麻原を詐欺師と決めつけてすませたなどと、ぼくが言いもしなかったことをうろ覚えの記憶で駆り出して誹謗中傷の匿名記事を書いているんですからね。まったくひどいもんです。『噂の真相』以下ですよ(笑)
。いずれきっちりオトシマエはつけさせてもらうつもりですから、もしできたら、佐藤さん、『樹が陣営』の誌面を拝借できないかと思うんですが(笑)、その節はよろしくお願いします。
佐藤 えーっといきなり芹沢さんのお名前がとび出したんで驚いたのですが、小浜さんも、それからもしよろしければ芹沢さんも、『樹が陣営』などでよろしければ、遠慮なくお使いください。
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