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橋爪大三郎 人間にとって法とは何か

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イスラム法では利子が禁止!? アメリカのリバタリアニズムは売春やドラッグの合法化を主張している!?  時代や文化圏によって異なる法には、どのような根拠や正当性があるのか。
本書は、近代法の本質を「言語ゲーム」の観点から読み解き、キリスト教、イスラム教、仏教など宗教法の成り立ちを探る。さらに「公」の概念をもとに日本の法秩序を問い直す。
人類は法によっていかに幸福を実現できるのか。自由と公共性は両立できるか――。正しい法感覚を磨くための最良のテキスト!!

<目次>

【プロローグ】 講義を始めるにあたって
公と個人 13  日本近代化の不幸、戦後の不幸 15
法と道徳の違い 16  法にどうアプローチするか 18


【第T部】 法の原理―法はなぜ必要なのか

第1章 法とは何か
 1 法とは強制をともなったルールである
人間の社会になぜ秩序は必要なのか 24  法と強制力の問題 26
法はなぜ正しいのか 28

 2 法の強制説(命令説)vs 法のルール説
法の強制説とマルクス主義 30  なぜ法のルール説を採るのか 34
ルール説による証明 35

 3 法の理性説(自然法)
「神の法」とトマス・アクィナス 36  神の法から自然法へ 38
人権思想はどこからきたのか 40

第2章 ハートの法理論
 1 H・L・A・ハート
法律家の社会的地位について 43
法とは「一次ルールと二次ルールの結合である」 45  二次ルールについて 47

 2 言語ゲーム(language game)としての法
暗黙のルールと明示化されたルール 49  ルールブックがなぜできるのか 51

 3 審判のいるゲーム
審判とルール 53  審判の役割は命令か 54

第3章 近代法の原則とは何か
 1 罪刑法定主義
裁判も処罰もすべて法(条文)を前提とする 56  推定無罪と挙証責任 58
裁判における被告人の権利 60  罪刑法定主義について 62

 2 契約自由の原則
民法と裁判所の役割 64

 3 憲法
憲法とは政府へ宛てた手紙である 66  政府の正統性と憲法 70
イギリスの憲法の場合 72


【第U部】 法の歴史―古代宗教と法

第4章 ユダヤ教と法
 1 神との契約
なぜ「神との契約=法」なのか 76  憲法のアイデアと「神との契約」の類似性 78

 2 厳密ルール主義
ユダヤ教の厳格さ 80  ユダヤ人の生活様式はなぜ二千年も保たれたか 81

 3 律法と註釈の体系
ユダヤ教の経典について 83

第5章 キリスト教と法
文明論としての「宗教と法」 86

1 個人救済の愛の律法
イエス・キリストとユダヤ教 87  パリサイ派と律法 89
ユダヤ教からキリスト教へ 92

2  世俗法と教会法
ローマ法とキリスト教徒 95  政教分離の始まり 96

3 政教分離と近代国家
近代国家の成立とルターのロジック 98  宗教戦争から生まれた宗教的寛容 101 キリスト教と議会 103

第6章 イスラム教とイスラム法
ユダヤ教とイスラム教 105

1 『クルアーン(コーラン)』と法源
『クルアーン(コーラン)』とはどんなものか 106
違反と誤審と「二重の幸福論」 108
その他の法源―法学者の判断が新しい法源になっていく 110

2 イスラム法共同体 
法学者と政治的支配者 113  イスラム法共同体がなぜまとまるか 114

3 イスラム主義・保守派と改革派
イスラム原理主義とは誤解の産物である 116  イスラム諸国と近代化の問題 118 イスラム社会の直面する問題 120  イスラム女性とフェミニズム 122

第7章 仏教と法
1 サンガのルール
サンガと戒 124  サンガの特徴 126 サンガにはなぜ法律が及ばないのか 127 大乗と戒律 129

2 中国仏教と法
中国仏教の特徴 130  禅宗について 131

3 日本仏教と法
戒律を学ばなかった日本仏教 133  浄土真宗の革命性 135

第8章 儒教と法
1 徳治主義と法治主義
法ではなく徳による支配を 138  中国社会の構造と法 140
連帯責任と宗教における個人主義 143

2 官僚制と律令制
武力を排した中国官僚制の歴史 145  支配者のための法 148


【第V部】 日本人と法―法感覚を鍛えるために

第9章 日本社会と法
1 律令法から中世法、近世法へ
律令時代以前の法 153  空洞化する律令制 154
なぜ武士が台頭してきたか 156  鎌倉幕府と関東御成敗式目 159
法的根拠から見た明治維新 160

2 一揆と村八分
惣村と農民の団結 162

3 法の支配と空気の支配
法の支配がなぜ重要か 164  全員一致と「空気」の支配 167

第10章 明治国家と法
1 幕藩法と近代法
中央集権化と天皇の権限 169

2 明治憲法と法
明治維新から内閣制の導入まで 171  天皇機関説論争 172
明治の指導者たちの法律感覚 173

3 法をめぐる日本人の誤解
「官/民」とは何か 175  統治権を放棄する日本政府 178
予算問題と財政投融資の矛盾 179  民主主義はどこまで理解されているか 181


【第W部】 未来を構想するために −法と自由をめぐるいくつかの問題

第11章 民主主義とリバタリアニズム
1 リバタリアニズムとは何か
反権力としてのリバタリアニズム 184  どこまで民営化できるか 186

2 自由の根拠−身体と財産
自分の身体はどこまで自由か 188  所有と税と法律と 190
財産相続の問題 192

3 公共性とは何か
家族・公衆・ルール 194  公衆とは公共そのものである 197

第12章 国際社会と法
1 国際社会(international community)とは何か
国際紛争は誰が調停するのか 201  慣習法としての国際法 202

2 国際法は法なのか
国際法に強制力はない 204  国際法と憲法、どちらが上位か 205
東京裁判の問題 207  国際法は訂正できない? 210

3 日本をとりまく国際法の問題
日本国憲法と国際法の乖離 211  歴史認識はどこまで共有できるか 214
日本的常識と国際基準 215  原点から日本社会を築きなおすために 217

あとがき 220



<あとがき>

 明治の昔から、法律は、法学部に閉じ込められてきた。ごく少数の専門家の手に握られてきた。ふつうの人びとには馴染みにくいものだった。

 このことが、日本の社会を、どれほどゆがめてきたことだろう。
 法律は、人間と人間のあるべき関係を規定するもの。市民社会の基礎にあたる。

 そこでは、いま現に通用している法律の条文をこと細かに解釈する「法律学」よりも、法律とはそもそもどういう原則から成立しているのかを扱う「法学」のほうが、はるかに大事である。そうした法律の原則は、法学部の枠には必ずしも収まりきらない。哲学や歴史や、経済学や社会学や、宗教や人類学や、といった広い文脈に、視野を拡げる必要がある。

 本書は、そうした広い文脈から法律をとらえ直そうとした、ささやかな試みである。

 ところで、ロースクール(法科大学院)を新設して、法律家の養成を進めようという準備がいま進んでいる。

 これは、歓迎すべきことではないかと思う。

 これまでのように、法学部で法律を勉強し、司法試験を目指すというやり方では、勉強の幅が狭すぎたし、合格する人数も少なすぎた。理工系などさまざまな学部から、多様な人材がロースクールに進み、もっと社会常識を踏まえて、みっちり生きた法律の勉強をするのはよいことだ。

 カリキュラムを、ぜひ大胆に改革してもらいたい。人文学・社会科学や、理工学の常識を踏まえ、徹底的な討議(ディスカッション)を通じてリーガル・マインドを鍛える教育を行なってもらいたい。

 人数をうんと増やすことも大切だ。日本の裁判は、時間がかかりすぎだ。法律家の人数を増やし、開廷のやり方も工夫して、速やかに判決を下すこと。法律に対する信頼を取り戻す第一歩である。

 最近、法律をテーマにしたTV番組が人気を集めるようになった。法律を身近なものに取り戻したいという、人びとの願望が高まっている。なるべく多くの若い人びとが、法律に関心をもち、法について考え、法律家を志望してくれればと思う。
 最後になったが、人間学アカデミーを企画した小浜逸郎さん、テープ起こしの労をとられた佐藤幹夫さん、担当編集者の阿達真寿さん、佐々木賢治さんにお世話になった。記して感謝したい。

 二〇〇三年八月 著者記す


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