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橋爪大三郎著『永遠の吉本隆明』(洋泉社新書y)

<オビ表1>
吉本隆明はどこかで間違えたのか?
いや間違えなかったし、裏切らなかった!
なぜ彼は“戦後思想の巨人”なのか、その根拠と全貌を解き明かす。
洋泉社 定価:本体720円+税

<カバー表2>
思想家吉本隆明はどう闘ってきたのか?
なぜ安保世代、団塊の世代は彼の思想に魅せられたのか?
なぜ共闘者との訣別を恐れず、「孤独」を貫きとおせたのか?
彼が貫いた思想の原則とはどこからくるのか?
その誠実さゆえに「代償」としなくてはならなかったものはなにか?
その思想にはどんな意義があり、私たちはなにを受け継げばよいのか?
吉本思想の「世界的同時代性」は、ほんとうに理解されているのか?
大いなる影響と敬意を認めつつも、新たな思想の展開を試みる
橋爪大三郎による、二一世紀に向けたスリリングな挑戦!



【目次】

第一章 吉本隆明とはどんな思想家なのか 011

1 吉本隆明の全体像とその時代を考える 012
吉本隆明は「戦後思想の巨人」である。が…… 012
吉本隆明の二つの側面――科学者であり文学者であること 016
個人的内面と客観的社会の「総体」を語る思想家 019
「近代」という場所から見えるもの 020
吉本思想と吉本読者の関係について 022

2 「近代という自由」と吉本思想 024
「近代の自由」とはなにか 024
日本の近代化における諸事情 026
戦後日本の特殊性と文学者たち――三島由紀夫 029
大江健三郎と江藤淳の場合 031
吉本思想の特質と彼が払った代償 034
「次」へのステップのためになすべきこと 036


第二章 吉本隆明の仕事を読んでみる 041

1 『擬制の終焉』が最初の転機だった 042
マルクス主義と六〇年安保闘争を振り返って 042
なぜ多くのセクトが生まれることになったのか 045
吉本「スターリン主義批判」の意味したもの 047
団塊世代へどんな影響を与えたのか 050

2 『共同幻想論』の独創性はどこにあるのか 053
『共同幻想論』の源泉を探る(1)――フロイト 053
源泉(2)――デュルケムと物理学 056
ヘーゲル思想と「逆立テーゼ」の問題 059
吉本「インセスト・タブー論」を構造人類学から見たとき 060
『親族の基本構造』を訳出し、それを紹介した頃 062
『共同幻想論』が先駆的な仕事である意味 064

3 『言語にとって美とはなにか』には、フランス現代思想と同時代性がある 066
先行研究者たち――三浦つとむとソシュール 066
吉本「品詞」研究の画期性 068
諸言語に共通する特性 071
言語本質論から文学の原理論へ 073
フランス現代思想との同時代性 077

4 『心的現象論』はなぜ未完なのか 079
社会や文学に向かう原点としての心的現象 079
「原生的疎外」と意識のストーリー 081
なぜ完結しないのか 084
文学の永遠の課題としての「個」 086
『心的現象論』の誠実さと困難 088

5 吉本思想、八〇年代以降の仕事について 092
吉本サブカルチャー論とオタク的大衆文化研究の相違 092
何が「価値」のあるものなのか 094
問題意識の喪失という事態 095
オタク化したニッポン 098
吉本隆明は間違えたのか 099


第三章 吉本隆明はどう闘ってきたのか 103

1 「反核運動」への批判は、冷静な世界分析に立ってなされていた 104
七〇〜八〇年代、吉本隆明はどう世界情勢を受けとめていたのか 104
ソビエト共産党の問題と吉本思想が出発点としたこと 106
反核運動が背景としていたこと 109

2 マスメディアの犯罪報道に対し、吉本隆明は原則を貫いてきた 112
「ロス・疑惑」と推定無罪の原則 112
地下鉄サリン事件の裁判をどう考えるか 114
オウム真理教事件はまだ終わったわけではない 116
消費社会の価値観と麻原彰晃について 118
吉本隆明は一貫して原則的立場から発言してきた 120

3 『超「戦争論」』で見据えているものはなにか 121
「存在の倫理」について 121
テロも戦争も「悪」である 123
国家の発展段階論と「アジア的」ということ 125
なぜ段階論なのか 127
吉本国家論の目指すもの 129

4 橋爪戦争論の立場から 130
「段階論」は戦争体験からきている 131
それは吉本隆明の個別的選択だったのではないか…… 132
テロは最大の「悪」であり、戦争は合法的である 134
個人の自由と社会の発展をどこから考えるか 136


第四章 吉本思想と橋爪社会学と 139

1 私の社会学と吉本隆明 140
自分と社会をどうつなぐか 140
『共同幻想論』から構造主義へ 141
言語への着目 143
言語による構成と実在世界――言語派社会学へ 146
身体と権力の問題をどう考えるか 148
個と「逆立」しない社会思想へ 150

2 社会学とは何だろうか 152
ヴィトゲンシュタイン・マルクス・レヴィ=ストロース・小室直樹 152
社会学の二つの立場 156
コンテクストを「つなぐ」ことと「編み変える」こと 157
社会学的パターン認識からの脱却 160

〈付録〉吉本隆明はメディアである(一九八六) 163

   あとがき 185
   橋爪大三郎のお奨め二一冊 189


【あとがき】

 本書の成立については、佐藤幹夫氏に感謝しなければならない。
 二〇〇三年四月二二日の夕方、佐藤幹夫さんがテープレコーダをもって、私のもとを訪れた。佐藤さんは、『樹が陣営』という個人編集の雑誌を主宰していて、同誌が「吉本隆明特集」を組むという。その取材である。私は雑誌の原稿依頼があると、時間がないことを理由に、口述で原稿をまとめてもらう場合がある。今回もそういう約束だった。

 佐藤さんと一緒に、洋泉社の小川哲生さんもやって来た。いま思えば、取材した原稿をふくらませて、洋泉社の新書にしようというプランが最初からあったのだろう。とにかく二人を前に、取材のインタビューが始まった。

 一時間程度の軽い取材のつもりで、話し始めた。佐藤さんの尋ね方が巧みだったのかもしれない。話しているうちに、私のうちに隠れていた、吉本隆明氏とその業績に対する敬意があふれ出て、いつまで話してもなかなか終わらない。気がつけば、四時間以上になっていた。喉は乾くし目も回るが、何も準備をしていなかったから、その場で思い出し、記憶と感触をたぐるようにして、進めていった。それは私にとっても、驚きと発見をともなう体験だった。

 終わってから、これならこのまま本になりますね、という話が出た。
 この日の語りおろしの約半分が、『樹が陣営』25号(二〇〇三年七月二〇日)の、四〜三二ページに収められた。『言語にとって美とはなにか』のところまでである。本書に再録するにあたって、修正を加えた。また、第三章「吉本隆明はどう闘ってきたのか」は、二〇〇三年九月一六日、本書のために追加で語りおろしたテープをもとにしている。

 というわけで、本書を企画したのは、佐藤幹夫さんと小川哲生さんだが、若い世代の人びとに、最近読まれなくなりつつある吉本隆明氏の、思想家としての偉大な全貌をわかりやすく伝えたいという二人のねらいは、まさに私の思いでもある。三人のコンビネーションが、本書に結実した。


 私が吉本隆明の名前を意識したのは、高校生のときだった。
 学校からの帰り道、友人たちと連れ立って、日暮里のとある古本屋に寄った。店の人が、「たったいま、吉本さんがみえていたんですよ」と耳打ちしてくれた。それを聞いた友人たちの興奮ぶり。そうか、吉本隆明という人は、それほど崇められているのだ。

 大学に入ってみると、クラスには、吉本隆明ファンが大勢いた。私の友人はほとんど全員と言ってもいい。数人も集まると、「大衆の原像」「自立」「関係の絶対性」などといった用語をちりばめた、ミニ吉本たちの討論となる。私は、なかばあきれながら、それを黙って聞いている。

 そして大学闘争の季節となり、私も全共闘に加わって一年あまり活動した。いまの若い人びとには理解してもらいにくいのだが、全共闘は、革マルとか中核とかいった新左翼のセクト(党派)とは一線を画した、ふつうの学生たちの集まりだった。そして、セクトに加わらないけれども、積極的に状況とかかわっていく根拠を、じつに多くの学生たちが、吉本隆明氏の著作に求めていたのである。

 みんなが読むのにつられて、私も吉本氏の著作を読み始めた。そのうち気がつけば、いつまでも読んでいるのは私だけ、みたいになってきた。私はいつも、半テンポ遅すぎるか、半テンポ早すぎるのだ。

 やはり吉本さんの著作を丁寧に読む友人に、詩人の瀬尾育生さんがいる。瀬尾さんはあるとき、「宗教性試論」という三〇枚ほどの原稿をもってきた。これは、「遠隔対称性」という吉本さんの議論を下敷きに、宗教や共同観念のあり方を演繹的に構成した、じつに刺戟的な論文だった。私は大いに触発されて、「国家論」という社会学科の卒業論文を書いた。それでも腑に落ちないことが多くあり、構造人類学の勉強を始めたことは、本書でのべたとおりである。

 思えば、私はずっと、遠く先をゆく吉本隆明氏の背中を見て、仕事をしてきたような気がする。あとに続く者として、ずいぶん勇気づけられた。ささやかな本書を捧げて、その恩義にわずかでも報いたい。


 本書のもとになるテープを起こして、使える原稿に仕上げてくれた佐藤幹夫さん、いつもながらの的確な仕事ぶりで本書をあっという間にかたちにしてくれた担当編集者の小川哲生さんに、この場を借りてもう一度お礼を言いたい。

二〇〇三年九月
橋爪大三郎


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