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(東京新聞ブックナビ・ノンフィクション・第1回 09年4月12日掲載)

 医師と患者の関係はどうあることが望ましいのだろうか。かつて医師は厳然たる権力者でよかった。しかし近年、患者と適切にコミュニケートする能力をも求められるようになった。加えて不足する勤務医。労働環境は悪化の一途をたどってきたのだが、国は彼らを守ろうとはしなかった。

塚田真紀子『医者を“殺すな!”』(日本評論社・一八九〇円)は、過労死(自殺)に追い込まれる勤務医たちの実状に迫るルポだ。過重労働の理由は四点。「仕事量や労働密度が増えたこと」「深夜の受診数が増えたこと」「勤務医の年齢構成の変化」「(激務は当り前という)医師の意識」。医師の疲弊は患者の命の危機に直結するという当り前のことがいかに忘れられてきたか。しなやかな文体だが、強いメッセージを発信している。

 一方、医療事故はどうしても起こってしまう。出河雅彦『ルポ医療事故』(朝日新書・九〇三円)は、この十年に社会を揺るがしてきた九つの事故・事件を取り上げ、その過程を丹念に追う。事故をくり返さないためには何が必要か。よく訓練を受けた新聞記者らしい厚みのある取材と冷静な記述に終始しながらも、真相を知りたいと願う被害者の側に立つ、というポジションは明瞭である。ただし単純で平板な「病院叩き」のルポとは一線を画している。

鳥集徹『ネットで暴走する医師たち』(WAVE出版・一五七五円)は医療事故を追うという縦軸に加え、ブロガ―医師たちに迫り、ブログリテラシーの難題にも切り込んでいく。当の匿名医師たちに取材の敢行を試みているが、著者の世代にあってインターネット環境がより重要であればこそのことだろう。この果敢な挑戦には敬意を表したい。

三著には共通点がある。不幸にも医療現場において何らかの対立が生じた時、どう乗り越えていくか。いたずらな敵対は誰も利さない。このモチーフの熟成は、医療ルポの書き手たちにとっても大事な課題である。三著共に一つの到達点を示していると感じた次第だ。