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介護レポート:2004年9月度
「徘徊もデイサービスも自然に任せて」

今月、徘徊の回数はそれ程多くはなかったのですが、長時間の徘徊が増えました。(徘徊実績参照)60分以上の徘徊が3回もあり、その中に210分もの長時間の徘徊がありました。その時の顛末は下記のとおりです。

その日、母は午前0時頃から落ち着きがなく、門まで何回も出て行きました。その後、ベッドに入って寝たようなのでこちらも安心して寝ました。午前4時頃何となく目を覚ますと母がベッドにいませんでした。玄関のドアには鈴が付いており、ドアを開け閉めするとチリンチリンと鳴るので普通は気が付くのですが、そのときは母が何回も玄関のドアを開け閉めするので真夜中なので近所迷惑と思い、鈴を横に向けて鳴らないようにしていたのです。
徘徊と気が付いて直ぐに近所を探しましたが見つかりません。そこで以前に遠くまで出て行ったコースを自転車でたどってみると、以前のコースのもっと先の方を歩いているのが見付かりました。少しずつ家まで誘導し、ほっとして自転車をしまっているとその間にまた出て行ってしまい、家の直ぐ近くの大通りを渡ってしまいました。あわてて車椅子を持って追いかけましたが、なかなか車いすには乗りません。やっとの思いで車椅子に乗せて帰ってきたら朝7時半になっていました。母は3時間半も歩き続けて平気な様子だったのは驚きです。
その日は9時頃からのデイサービスにも無事出かけたのですが、デイサービス中も通常と変わりなかったそうです。以前もそのようなことがあり、そのときに玄関に鍵を付けようと思ったのですが、牢獄に閉じ込めるような気がして気が進まず、実行していなかったのです。今回は非常に反省しましたので、今回こそは鍵を付けようと思っています。しかし、使うのは夜中のどうしょうもないときのみにしようと妹たちと話し合っています。

それにしても母はなぜ長時間徘徊するのだろうか?
思い当たることは、最近、母の頭の中には下記のような地図的なイメージが出来上がっていることです。このイメージに衝き動かされて出て行くのかも知れません。
「自分の本当の家はここではなく、直ぐ近くにある。そこにはお母さん(継母)とお父さんが住んでいる。私はそこに住んでいるのだが、本当のお母さんでないので私がいると気を使うのでここに来た。しかし、余り長くここにいるとお母さんが心配するのでもう帰らなくてはならない。」
このイメージはまさに母の子供の頃の記憶の心象そのもののようです。(母の自叙伝「私の人生」「幼少編」参照) 小さい頃住んでいたところは北海道室蘭市であり、お父さんとお母さんはずっと前に亡くなったということをを説明しようとしたことは何回かありますが、このイメージを変えることは不可能でした。最近はあきらめて、こちらが母のイメージに合わせて「今、帰るとお母さんが気を使うから、今日はここに泊まっていった方がいいよ。」などと言っています。 そうすると意外に言うことを聞くことが多いです。

次にデイサービスについてですが、デイサービスを拒絶する傾向は今月も続いています。 しかし、先月の後半程ではなく、12回中6回行きましたから、まだあきらめない方がよいようです。10月をどうするか、ケアマネージャさんと相談しましたが、半分行く可能性が残っているのなら続けようということになりました。1日中家にいるより、デイサービスに行った方が母のためにも介護する側にもメリットがあるからです。母にとっては社会性を維持し、頭の刺激になり、また身体の運動にもなります。介護する側にとっても3時間半の貴重な自由時間が増えます。

 10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月
合計848分763分855分1282分1010分430分240分185分370分465分35分345分
回数32回28回26回31回36回12回17回12回31回18回3回8回
1回当り
時間
27分27分33分41分28分36分14分15分12分26分12分43分
1回60分
以上
3回3回6回10回3回4回0回0回1回1回0回3回
デイサービス
:○/計画
          9/136/12

○ひ孫の写真を見る母
  
(2004年10月4日撮影)






(2004年10月14日)

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