サマナ☆マナ!
7
ダリアの城塞都市の街外れからほど近い場所に、その洞窟はポッカリと入口の穴を開けていた。
洞窟の名前はクレイディア。
今日あたし達が探索することになっている舞台がここなの。
パロさんやシン君との酒場での運命的な出会いから三日が経っている。
その間にあたし達は、今回の洞窟探索について入念な打ち合わせをしていた。
二人はともかく、あたしにとっては冒険者デビューなんだから。
それなりに期待もあれば不安もあるものなのよね。
特に問題になったのが、パーティの隊列についてだった。
ホラ、あたし達って盗賊にビショップに召喚師でしょ。
これらの職業はどれも後衛向きのもの。
つまり、戦士に代表されるような前衛職がいないの。
また、攻撃呪文治療呪文共に、使えるのはパロさんのみ。
それも低レベルのもの限定となると、これも不安要因と言わざるをえない状態。
武器で戦い呪文も使えた、パパやママの偉大さをつくづく感じたわ。
そもそもパーティのメンバーは六人でというのが基本なんだから。
それを三人のみというところに無理がある。
よそのパーティからのあぶれ者の集まりだから、それも仕方ないのかもしれないけど・・・
それでももう少し戦力を集めようと、酒場に出入りする多くの冒険者に声をかけてみた。
でも結果はすべて空振りに終わったわ。
最後の望みとばかりにジェイクさんにも話を持って行ったけど、やっぱり断られちゃった。
結局あたし達は三人のまま、この日を迎えてしまったんだ。
新しいメンバーは見つからなかったけどそれでも準備は万全にとばかりに、昨日はベアさんのお店で各種薬などを大量に仕入れたの。
だってシン君が宝箱の罠をうまく外す自信がないって言うし、パロさんにしてもマヒや毒を治療する呪文は習得していないからね。
こんなんで本当に大丈夫なのかな、あたし達?
今日この洞窟で行われるのは、新規に組んだパーティのための訓練企画。
内容は、洞窟のどこかに隠された指輪を探し出すこと。
このクレイディアの洞窟は、新人冒険者のために城塞都市が管理しているものなんだって。
だから安全と言えば安全だけど、それでも最低限のモンスターやトラップなどは存在する。
それが無かったら訓練にならないしね。
そこであたし達が思いついた秘策は、シン君をパーティの前衛に配置することだった。
盗賊であるシン君は洞窟内の異常をいち早く察知できるはず、よね?
そしてもしもそれが危険なものなら、やり過ごすなり迂回するなりすれば良い。
消極的な作戦だけど、君子危うきに近寄らず、とは先人の立派な教えだわ。
あたし達のパーティ以外にも何組かが参加するようで、洞窟の入口にはそれなりの人だかりができている。
その中に見知った顔を見つけて愕然となった。
「ねえ、あの人達・・・」
「あっ、アイツら、なんでここに?」
あたしの目に飛び込んできたのは、先日シン君に対してトランプでイカサマをしていたあの大男率いるパーティだったの。
「パロさん、今日って新人冒険者のための訓練なんじゃなかったんですか?」
「ああ、あの連中は普段の素行が悪過ぎて冒険者資格を停止されていたのよ。今回は資格停止明けの新規結成パーティという名目で参加しているのね。
もっとも、連中の狙いは一位になったパーティへの報奨金だけどね」
あたし達が向こうを見てそんな話をしていると向こうもこちらに気づいたようで、大きく肩をいからせながら近付いてきた。
「なんだ、テメエらも参加するのか。へっへ、洞窟の中じゃ何が起こっても事故だ。せいぜい気を付けるんだな」
「なんだと、おいっ!」
負けずに睨み返すシン君。
「こらソコ、静かにしないか」
係りの人に注意されてシン君も大男も声をひそめる。
「おいダニー、そんな奴らに構ってないで、行こうぜ」
「ああ、分かってる」
仲間の魔法使いふうの男に呼ばれて向こうへ行ってしまった。
「あの人ダニーっていうんですか?」
「ダニエルっていう名前なのよ。だから愛称がダニーね」
「ヘン、ダニみたいな顔しやがって」
ダニって・・・
シン君てば容赦ないなあ。
でも言い得て妙ってやつよね、あたしも少しスッキリしたし。
「諸君、静粛に。只今よりダリア城塞都市女王陛下、クレア様より挨拶がある。一同、控えるように」
係りの人の言葉にその場にいる冒険者達が一斉に膝を折って身体を低くした。
あたしも慌ててそれにならい頭を下げる。
洞窟の入り口付近に役員用のテントが設置してあって、そちらから静かな足音が近付いて来る。
「皆さん頭を上げてください」
透き通るような女性の声が響いた。
「ダリア城塞都市の女王、クレアです」
女王と名乗った女性が冒険者達に対して一礼した。
高貴な色とされる紫を基調としたロングドレス。
亜麻色の髪に乗せた輝くばかりのティアラ。
そしてあのたおやかな物腰。
全身から高貴なオーラを放っているのが、少し離れたこの場所からでもはっきりと感じ取れた。
「あれが女王様、綺麗なひと・・・」
それが正直な感想だった。
だってジェイクさんたら「女王のクレアは若い頃はとんでもない跳ねっ返り娘だった」なんて言うんだもの。
だからどんな人かと思っていたら、とても綺麗で落ち着いた感じの人だから驚いたの。
クレア様は先の大綱様の一人娘で、女王に即位する時に隣国からお婿さんを貰ったって聞いてるわ。
それに、あたし達のような冒険者に対して、とても理解ある手厚い政策を布いてらっしゃるそうなの。
だからこうして新人冒険者の訓練企画にも挨拶に来て下さるのね。
そういえば、あたしも訓練場の件ではお世話になっていたんだっけ。
なんとかお礼を言いたいけど、今は無理かしら・・・
「それでは皆さん、健闘を祈ります」
あたしが考え事をしている間にクレア様の挨拶は終わってしまった。
しずしずとテントへ戻る後ろ姿も素敵だわ。
その後は大会に参加するパーティの最終確認、それに洞窟に入る順番を決めるくじ引きが行われた。
訓練に参加するパーティは全部で四組。
それらのパーティが一斉に洞窟に突入したらちょっとした混乱になるから、時間差で洞窟に入るようにするんだって。
で、肝心の順番だけど・・・
「四番、か」
あたし達のパーティを代表してくじ引きに臨んだパロさんが引いたくじには「4」と記されてあった。
つまりは最後ってことよね。
「おいおい、最後かよ。俺らが洞窟に入る頃にはもう、他の連中が指輪を見つけてるんじゃないか?」
「シン、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
焦るシン君にあくまで落ち着いた対応のパロさん。
そしてあたしはと言うと、冒険者として初めての探索に胸がドキドキで、とてもじゃないけど落ち着いてなんかいられないわ。
「時間です。一番のパーティから順に洞窟に入ってください」
係りの人の合図と共に動きだしたのは、あのダニーのパーティだったの。
「へっ、一足お先に行かせてもらうぜ。もっとも、指輪を見つけるのはオレ達だがな」
不敵な笑いを残して、ダニー率いるパーティは洞窟の闇の中へと吸い込まれて行った。
それから三分後に二番目のパーティ、更に三分後には三番目のパーティが出発した。
そして
「さあ、時間よ。行きましょう」
「おう」
「は、ハイ!」
いよいよあたし達が洞窟へ入る時がやって来た。
あぁー、緊張するぅ。
「ご武運を」
「ありがとう」
係りの人にお礼を言って洞窟へ入るパロさんに、あたしとシン君も慌てた足取りで続く。
「ここが・・・クレイディアの洞窟かぁ」
洞窟内はひんやりとしてはいるけど、カビ臭かったりとかはなくて割と快適な感じがした。
きっとここが城塞都市の直轄で、きちんと整備されているからなのね。
時々、先行している他のパーティの話し声や足音なんかが響いてくる。
ところどころに松明や発光する岩石が設置されていて、日の光が届かなくても真っ暗っていう程でもないわね。
あたしも緊張こそしているけど、洞窟そのものは嫌いじゃない。
何故なら、パパやママの仕事場はまさにこんな感じの洞窟の中だったから。
アルビシア島にあるドラゴンの洞窟、その調査研究をするのがパパのお仕事。
そしてママは、島へやって来た観光客を洞窟に案内するお仕事。
自然、あたしも子供の頃から洞窟で過ごすことが多かったわ。
色白なパパからの遺伝もあるんだろうけど、南の島で生まれ育った割りにあたしの肌があまり焼けていないのはそういう理由。
「それじゃあ行きましょうか。シン、先頭は頼んだわよ」
「ああ、任せといてよ。それじゃあマナ・・・ってうわっ!」
あたしのほうを振り返ったシン君が突然悲鳴を上げた。
「どうしたのシン君、あたしの顔に何か付いてる?」
「目! マナ、お前その目どうしたんだ?」
「あら本当。マナ、あなた瞳が真っ赤よ」
「ああ、これですか」
あたしは自分の目を指差しながら答える。
「あたしの瞳は普段は蒼なんですけど、興奮した時なんかはこんなふうに紅く変わるんです。きっと魔族のパパの影響ですね」
「興奮したとき・・・」
ゴクリと生ツバを飲み込むシン君。
どうせまたエッチなことでも想像したんでしょう、もう。
あたしは構わず続ける。
「あとは暗い所に入った時とか。きっと今はそっちの理由ですね。この瞳になると、暗いところでもよく見えるんですよ」
「へえ、それはまた便利な瞳ね」
「ハイ。パパから貰ったあたしの宝物です」
言いながらクスリと笑う。
そうよ、パパゆずりのこの瞳があれば、たとえ暗い洞窟の中でも怖いものなしなんだから。