サマナ☆マナ!

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「パーティのメンバーを集めるなら酒場だな」
 冒険者登録を済ませた翌日の朝食の席で、ジェイクさんがこう切り出した。
「パーティのメンバーって、ジェイクさんが組んでくれるんじゃないんですか?」
「甘えるな。オレとマナとじゃレベルが全然違うからな。そんなんじゃあマナの修行にならないだろ。
 第一オレはもう現役は引退してるからな。今は後進の指導や迷子になった連中の救助なんかが仕事だよ」
「そんな・・・」
 あたしはてっきりジェイクさんが一緒に組んでくれるものと思っていたのに、それを断られてショックだった。
「安心しろ。もしも全滅でもした時はオレが救出に行ってやるから」
「そんな、シャレになりませんよぉ」
 何が面白いのかアハハと笑うジェイクさん、だけどあたしはとても笑う気になんかなれないわ。
「そうだな、確かにシャレなんかじゃねえよな。マナ、お前は少し浮かれているみてえだから今のうちに釘刺しといてやる。
 いいか、冒険者ってのは遊びでも学校でもねえんだ。常に危険と隣り合わせ、命を賭けた商売だ。それを忘れるな」
「はい・・・」
 ジェイクさんの言葉に、ただ頷くしかできないあたしでした。

「グランタン酒場、ここかな」
 ジェイクさんが教えてくれた酒場は、大通りに面した分かりやすい場所にあった。
 まだ午前中なのに中から賑やかな笑い声が聞こえてくる。
 年中無休、24時間営業。
 それがこのお店の経営方針らしいわね。
 暗い地下迷宮の中では昼も夜もない。
 そこを探索する冒険者達も昼夜関係なくこの酒場を訪れ、喉をうるおし命の洗濯をする。
 果たしてここにはどんな猛者達がいるのか・・・
 ちょっと怖いけど思い切って、でもやっぱり怖いからそおっと扉を開けて中を覗いてみた。
「うっ・・・」
 お店の中にはお酒とタバコと、それから汗と血の臭いかな、とにかく色々な臭いが交った独特の空気が漂っていた。
 広い店の中には多くのテーブル、そのほとんどに人が着いている。
 たいていは一つのパーティで一つのテーブルに着くらしい。
 冒険者の間では、パーティの人数は最大6人というのが不文律として守られているんだって。
 狭い地下迷宮の通路では、6人以上で一緒に行動するとお互いに邪魔になって機能が低下するから、というのがその理由だそうだ。
 ということは、一つのテーブルに6人で着いている人達はもうパーティのメンバーを受け付けないことになる。
 あたしは5人以下でテーブルに着いている人達に話し掛けてみることにした。
「あのー、冒険者さんですよね。あたしとパーティを組んでもらえませんか?」
「ああ、なんだこの女」
 一番手近なテーブルの人達に話し掛けた返事がこれだ。
「この女」呼ばわりされたのはカチンと来たけど、ここは我慢して話を続ける。
「いきなりすみません。あたし、冒険者デビューしたんです。なのでパーティを組んでもらえたらと・・・」
 挨拶と同時に冒険者カードを差し出す。
 パーティの中のリーダー格なんだろうか、戦士風の装備品で身を固めた人があたしの冒険者カードを一瞥する。
「ダメだね」
「どうしてですか?」
「あんたは善の戒律だろう。だが俺達は悪の戒律なんだ」
「あっ・・・そうですか。失礼しましたっ」
 ペコリと頭を下げてその場を離れる。
 そうよ、そうだった。
 善と悪、戒律の違う人はパーティを組めないって訓練場で教わったばかりじゃないの。
「ということは、善の戒律のパーティを探さないとなんだ」
 しばらく酒場の隅に引っ込んで様子を見ることにする。
「あのパーティも悪、あれっ、あそこもかな?」
 見た目で判断するのはよくないことだけど、あたしの目から見ると屈強な男達はみんな悪っぽい人に見えてしまう。
 でもこのままじゃダメだと思って、いくつかのパーティに声を掛けてみた。
 その結果・・・
「あー、ダメだダメだ」
「うーん、戒律が合わないとねえ」
「召喚師ねえ、そんなの役に立つの?」
「お前みたいな素人、使いもんにならねえよ」
「申し訳ありません。すでにメンバーは決まってまして」
「ハーフデビリッシュだぁ? そんな妖しげな奴と組めるか」
「俺はボーパルバニーに首を刎ねられたことがあるんだよ。悪いけど」
 声を掛けた全部のパーティから丁寧なお断りの言葉をもらいました。
 中には善の戒律の人や女の人もいたんだけど、ことごとく断られてしまったの。
「もう、何だってのよ! あたしの何が悪いって言うの」
 思わず冒険者カードを見つめてしまう。
 戒律、レベル、召喚師、ハーフデビリッシュ・・・
 カードに記載されているあらゆることで断られてしまった。
 まるであたしのすべてを否定されたみたいで泣きたくなってきた。
 その時。
「あー、なんだよまた負けかよ!」
 酒場の一番奥のテーブル、トランプをしていた男の人が叫んだの。
「おかしいぜコレ。おい、イカサマじゃねえのか」
「そんなバカな。お前が弱いだけだろう」
「くっそ。ならもう一回だ」
 あたしの目は自然そちらに釘付けになる。
 どうやら負け続けているらしい男の人は、赤い髪の毛をツンと逆立てていた。
 ほっそりとした身体つきに革鎧、腰には短剣を刺したそのいでたちから、盗賊かなと思われた。
 年はまだ若くてあたしより少しだけ上かしら、男の人と言うよりはお兄さんて感じかな。
 一方相手はと言えば、これがまた絵に描いたような人相の悪い大男だった。
 おそらく戦士と思われる装備品。
 きっとパーティの仲間なんだろう、魔法使いや僧侶といった人達と一緒にゲラゲラと笑いながらカードを操っている。
「あれ?」
 見るともなしに見ていると、その大男の手元がおかしいのに気付いた。
 彼らが今プレイしているのはポーカーだよね。
 ならば配られるカードは5枚じゃなければならないのに、あれは・・・
「6枚?」
 そう、大男の手元には6枚のカードがあった。
 うまく他のカードに重ねて隠しているけど、後ろから見ているあたしにはバレバレだ。
「2枚チェンジだ」
 ううん、大男が伏せて差し出したカードは2枚じゃなくて3枚よ。
 だって1枚下に隠してあるもの。
 大男はカードを配っているディーラーの男に目配せをしてニヤリと笑った。
 そうか、きっとディーラーもグルなんだわ。
 そして新しいカードが配られる。
 そのカードもやっぱり・・・
「3枚。これってどう見てもイカサマだわ」
 大男は受け取った3枚のカードの中から、自分の役になるカードを選んで、不要な1枚を他のカードの下に隠した。
 かなりの慣れた手つき。
 多くのカードを貰えばそれだけ良い役になる確率は高いはず。
 きっと今までもこの手で相手を騙してきたんだわ。
「よっし、勝負だ。クイーンのスリーカード!」
「残念だったな。こっちはキングのスリーカードだ」
「くっ・・・またか」
 がっくりとうなだれる赤毛のお兄さん。
 それを見て大男がまたもやニヤリと笑った。
 思わず吐き気がするような嫌な笑い方。
 そして。
「ちよっと待って。今のイカサマよ!」
 気が付いたら大男に向って叫んでいるあたしがいたの。
「なんだと? オイ小娘、言いがかりは止してもらおうか」
 ジロリと睨み返されると、その迫力に「うっ」と一瞬尻ごみしてしまう。
 それと同時に酒場の中は「あーあ、面倒な奴に捕まって」みたいな雰囲気が漂っているし。
 あたし、何で叫んじゃったんだろうと少し後悔したけど、こうなったらもう引き下がれないわ。
「あたし見たもの。カード、多く貰ってたでしょ?」
「ホントか、それ」
「ええ。他のカードの下に隠していたの。あれはイカサマよ」
「なんだと? てめえら、やっぱりイカサマしてやがったのか!」
 赤毛のお兄さんが大男に食ってかかる。
 しかし大男は慌てずに、赤毛のお兄さんを自分の身体から引き剥がし、酒場の床へと叩き付けた。
 勢い余った赤毛のお兄さんはそのまま床を転がり隣のテーブルに激突。
 テーブルが引っくり返って酒瓶やグラスが弾きとんだ。
「キャー!」
「ケンカだ!」
 引っくり返ったテーブルに着いていた女の人の悲鳴が上がって、酒場の中が騒然となる。
「このガキが。それからそこの小娘もだ。てめえら調子に乗ってると殺すぞ」
 大男が赤毛のお兄さんに蹴りを入れ、あたしをギンと睨みつけた。
「だって、イカサマしていたのは事実でしょう」
「うるせえ、殺されてえか!」
 大男があたしに対して手を上げてきた。
 これって絶対絶命?
 あたしまだ迷宮にも行ってないのに、ここでこの男に殴られて殺されるのかしら、なんてことが一瞬頭をよぎった・・・
 その時だった。
「およしなさい!」
 凛とした女の人の声が酒場の中に響き渡った。

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