サマナ☆マナ!

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 城塞都市ダリアでの二日目。
 ジェイクさんと一緒に朝食を終えると、二人で街外れにある訓練場へと向かった。
 ここは冒険者を目指す人達がその登録手続きをしたり、基本的な訓練を受けたりする施設なの。
 この施設をダリアの王宮が直接運営していることからも分かるように、この国では冒険者に対してかなり手厚い保護政策を執っているそうだ。
 冒険者の身分の保障などもその政策の中の一つ。
 冒険者として登録することで、そこらのならず者と区別して扱われるという。
 逆に、冒険者登録せずに勝手に活動すると、それだけで処罰の対象になる場合もあるんだって。
 なのであたしもこの街で冒険者として活動する以上、ここで登録する手続きは欠かすわけにはいかない。
 なのに・・・
 ここに来て引っ掛かってしまった。
「だから、なんでダメなんだよ?」
「そうは言いましてもですね・・・」
「魔族自体は問題ねえんだろ?」
「もちろんです。我が国ではたとえ魔族の方であっても市民権を認めています。 魔族の方は『デビリッシュ』という呼称で冒険者として登録いただいております」
「ならなんでマナはダメなんだよ。ハーフの何が悪い!」
「ですから、こちらとしても前例がないものはこの場で判断のしようがなく・・・」
「前例だぁ? 前例ならオレの件で十分だろうが。まさかお前ら、オレのことを知らねえんじゃねえだろうな」
「いえ、ジェイクさんのことは重々承知していますが・・・」
 ものすごい迫力で迫るジェイクさんと、どうにも歯切れの悪い訓練場の受付のおじさん。
 二人の言い合いはもう10分以上続いていた。
 何が問題になっているのかというと、それはあたしの種族について。
 あたしのママは普通の人間だけど、パパは魔族。
 その間に生まれたあたしは人間と魔族のハーフなんだけど、その前例が過去にないのが問題みたい。
 果たしてあたしを人間と魔族のハーフとして受け付けても良いものかどうか、現場の担当者では判断ができないというのだ。
 それなら上司なり、偉い人に確認すれば良いのに、それも渋っている。
 どうやらあたしのことを「いきなりやって来た厄介者」として早く追い払ってしまいたいらしい。
 でもあたしだってここで引き下がるわけにはいかないんだから。
 何としても冒険者になって、ママみたいに活躍するのがあたしの夢なの。
「お願いします。テストだけでも受けさせてください」
 ジェイクさんと一緒に必死になって食い下がる。
 でも受付のおじさんの態度は変わらなかった。
「えー、この場では判断できかねますので、上の者と相談して後日お返事するということで・・・」
「後日っていつですか?」
「いえ、いつと言われましても・・・」
 煮え切らない受付のおじさんに、とうとうジェイクさんが切れた。
「いい加減にしろテメエ。よーし、上の許可があれば認めるんだな?」
「はい。上の許可さえあればですね、こちらとしてはお断りする理由は・・・」
「よっしゃ、その言葉忘れるな。今、とびっきり上の許可を取ってきてやる」
 ジェイクさんは受付の机をダンと叩いてその場を飛び出して行った。
「ちょ、ちょっとジェイクさん!」
「マナ、そこで待ってろ。その分からずや、ギャフンと言わせてやるから」
「えっ? ええっ? あたしどうすれば良いの・・・」
 受付のおじさんの顔を見ると、ヤレヤレといった表情であたしのことを見ている。
 あたしは仕方なくその場を離れ、訓練場の建物の前の適当な場所に座ってジェイクさんが戻ってくるのを待つことにした。
 
 5分経ち、10分経ってもジェイクさんが戻ってくる様子はない。
「うう、どうしよう・・・」
 だんだん心細くなってきた。
 道行く人や建物に出入りする人も、あたしのことを怪訝な顔で見ては立ち去っていくし。
 もう、あたしの何が悪いっていうの!
 魔族と人間のハーフがそんなにダメなのかしら?
 繰り返し湧き上がる、怒りとも不安とも言えない負の感情。
 心細い、居心地が悪い、悲しい、そして寂しい。
 悪いほうへ悪いほうへと、どんどん気持ちが沈んでいってしまう。
 30分、そして1時間が経過して、さすがにこれまでかと諦めて立ち上がろうとした、その時。
「マナ、待たせたな」
「ジェイクさん!」
 ようやくジェイクさんが戻ってきてくれた。
「よし、行こうぜ」
「ハイ?」
 ジェイクさんは何の説明もせずにあたしの手を取って立ち上がらせると、そのまま訓練場の中へと突進して行った。
「ちょ、ジェイクさん・・・」
「心配するな。上の許可は取ってきたから」
 再びジェイクさんが受付のおじさんににじり寄る。
「ホラ見な。これで文句ねえだろ」
 ジェイクさんは一枚の書面を受付のおじさんに叩き付けた。
「なんですか、これ・・・は?」
 ジェイクさんの差し出した書面を見たおじさんの表情が、一瞬にしてサアっと青ざめるのがハッキリと見て取れたわ。
「これは女王陛下の、クレア様のサイン・・・ほ、ホンモノですか?」
「当たり前だ。どうだ、上も上。この国の女王直々の許可証だ。これなら文句ねえだろ」
「ハイ、分かりました。直ちに手続きをいたします。お嬢さん、いえお嬢様! さあ、どうぞこちらへ」
 直立不動になるおじさん。
 何がどうなったのか、あたしにはサッパリ分からないんだけど・・・
「女王のクレアとは知り合いでな。『エイティの娘が泣いて困ってる』って説明したら『それは大変です。直ちに改めさせますわ』ってな感じですぐに書面を作ってくれたぜ」
「あの・・・それじゃあママと女王様は?」
「ああ、昔ちょっとあってな。その時からの付き合いさ」
「ええー! それじゃあ『ママがダリアの女王様と友達だ』っていうあの自慢話も・・・」
「ああ、本当の話だ。ついでに言うと、隣国レマの女王も友達だから」
「ウソみたい・・・」
 あたしは、ママの数々の自慢話はママお得意の冗談だと思っていたのに。
 それがこの街へ来てジェイクさんから話を聞いて、まさかそのほとんどが本当の話だったなんて。
 ママってばいったいどんな青春時代を送っていたのかしら、ねえ?

 その後の手続きはいたってスムーズに進んだわ。
 係りの人の態度もさっきまでと全然違うんだから、思わず笑いそうになっちゃった。
 これもクレア様のサインの力なのかしらね。
 身長や体重といった身体検査から、各種能力検査。
 それを元にした適正審査。
 その後、各職業に分かれての基本的な講義と実習テスト。
 とは言っても召喚師志願者はあたし一人だったんだけど。
 そして。
「じゃーん」
「おお、やったなマナ」
「うん。見てここ。レベル5だよ」
 なんとあたしはレベル5の召喚師として認定されたのだ。
 やっぱりボーパルバニー三匹を同時に召喚して操ってみせたのがポイント高かったのよね。
 発行してもらったばかりの冒険者登録カードをしげしげと見つめる。
 
 名前・マナ
 性別・女
 種族・ハーフデビリッシュ
 誕生日・6月25日
 年齢・15
 性格・善
 職業・召喚師
 レベル・5
 身長・155
 髪の色・金(白い房が交る)
 瞳・ブルー

 などなど。
 そこにはあたしに関する情報が事細かに記されてあった。
 髪や瞳の色まで記されてあるのは、他人が不正になりすますのを防ぐためなんだって。
 そしてこのカードは、あたしが修行を積んでレベルアップすると自動的に更新されるっていうんだから不思議よね。
 さあ、これであたしも冒険者の仲間入り。
 ホッと胸をなで下ろしたいところなんだけど、あたしにはひとつ気になることがあったの。
「ねえジェイクさん、ひとつ聞いても良いですか?」
「あっ、なんかカードに不備でもあったか」
「そうじゃなくて、ジェイクさんのこと。あの時受付のおじさんに『前例ならオレの件がある』って言ってたじゃないですか。あれってどういう意味だったんですか?」
「あー、それか・・・」
 ジェイクさんはそこで黙り込んでしまった。
 あたし、何かマズイことを言っちゃったかな・・・
「エイティから何も聞いてねえか?」
「うーん、特には」
「そうか。実はな、オレは子供の頃男だったんだよ」
「はぁ?」
 そしてジェイクさんはあたしに話してくれた。
 自分が男の子として育てられたこととその理由。
 ママ達と出会ってからのこと。
 女の子に戻る決心をしたいきさつについて。
 そして冒険者登録の問題。
「何しろ『男』って登録していたのが嘘で実は『女』だったんだからな、虚偽登録でかなり問題になった。
 その時もクレアに相談したんだ。当時のクレアはまだ女王に就く前だったけど、親父が大公でこの国を治めていたからな。そっちから手を回してもらって何とかしてもらったんだ」
「へえ、そうだったんですか」
「クレア自身も驚いてたよなあ。完全にオレが男だって信じてたんだもんな」
「それは驚きますよねえ」
 ジェイクさんの話を聞きながらもあたしは考えていた。
 性別を偽って生きるというのはどういうことなんだろう、と。
 今すぐジェイクさんに聞くにはちょっと重過ぎる。
 今度ママに手紙で聞いてみようかな。
「なあマナよ、これからお前が戦う相手はモンスターなんかじゃねえかもしれねえな」
「どういうことですか?」
「それは・・・そのうち分かるんじゃねえか」
「うーん」
 その時のあたしには、ジェイクさんの言っていることの意味がまだよく分かっていなかったんだ・・・

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