サマナ☆マナ!

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10

 絶対絶命とはまさにこのことよ。
 もうボーパルバニーを召喚することはできない。
 かと言って、あたし達で肉弾戦を仕掛けたところで勝てるはずもない。
「シン、マナ、逃げるのよ」
 パロさんが逃げを指示する。
 そう、いざとなったら逃げることだって立派な戦略の一つだわ。
 しかし・・・
「おっと逃がさねえ」
 ダニーの仲間の盗賊が素早く回り込んで逃げ道をふさいでしまった。
「このお」
 シン君が短剣を振り回して相手の盗賊に攻撃するも、盗賊はそれを簡単にかわしてしまう。
 同じ盗賊でもレベルの差はやはり大きい。
 何か無いかしらと考えを巡らせて、あたしの手にあるモノに気づいた。
 そう、ジェイクさんが買ってくれた炎の杖。
 これなら炎の呪文マハリトと同程度の威力の炎を生み出してくれるはず。
 相手に気づかれないように、炎の杖を使うタイミングをうかがう。
 あたし達を取り囲んでいるダニー達が一歩間合いを詰めた。
 今よ!
「お願い、炎の杖ー!」
 杖に仕込まれた赤い宝玉が煌めき、灼熱の炎がうねった。
 炎はダニー目掛けて波のように襲い掛かる。
 でも・・・
 次の瞬間あたしが放った炎は、何か見えない壁のようなものに阻まれて消滅してしまった。
「お嬢ちゃん、呪文障壁というものを知らないかな」
 クックと笑ったのは黒いロープを着た魔法使いの男。
 そうか、熟練の魔法使いは敵が唱えた呪文に抵抗する結界を作り出せる。
 相手は呪文の専門家、あたしが道具の効果で放った炎なんて、簡単に対処できるんだ。
「モンティノ!」
 パロさんが敵の呪文を封じ込めるモンティノを唱える。
「遅い。呪文というのはこう使うんですよ」
 パロさんに呪文を封じられるより早く、魔法使いは炎の呪文を放ってきた。
 あたしが炎の杖を使った時よりも強力な火炎の嵐が、今まさにあたしを飲み込まんとしていた。
「きゃあー」
 もうダメだ、と思わず身体がすくんでしまい、避けることもできない。
「マナー!」
 そんな時、あたしの前に立ちはだかってくれたのはシン君だったの。
 両手を思いっきり広げて立つシン君、そこへ炎が直撃する。
「うわぁー!」
「シン君っっっ!」
 あたしの身代りになって呪文を食らったシン君がドッとその場に崩れ落ちた。
 そこを素早く盗賊が組み伏せ、シン君の道具袋をあさる。
「あったぞ、指輪だ」
「よーし、でかした」
 ダニーの顔がニヤリと歪む。
「もうお前らには用はねえ、と言いたいところだが・・・そこの女、なかなかのタマじゃねえか」
 ゲヒヒと嫌らしい笑い声を上げるダニー。
「女は久し振りだ。ちょっと楽しませてもらうか」
 ダニーがパロさんの手を掴んだ。
 いくらあたしが子供だからって、それがどういう意味なのかくらい分かる。
 女として耐えられないような辱めに遭わせるつもりなんだ。
「放しなさい! ちょっとあなた、やめて・・・」
 パロさんが必死に振りほどこうとするも、男の力で掴まれたら女の細腕でどうなるものじゃない。
「お前はそっちのガキのほうが好みなんじゃないか?」
「そうだな、色気はねえがカワイイ顔をしてるじゃねえか」
 魔法使いがあたしへ一歩近づいた。
「お嬢ちゃん、俺が魔法の使い方を教えてやるよ。大丈夫、可愛がってやるから、さあ」
 汚らわしい手があたしの肩に触れると、全身を悪寒が突き抜けた。
 一瞬にして身体中から汗が吹き出し、頭がクラクラして吐き気までしてきた。
「なんて・・・酷い人達なの・・・」
 その時、あたしの中で何かが切れた。
「許さない・・・」
「あぁ? 何だって、お嬢ちゃん」
 魔法使いがニヤけた目であたしの顔を覗き込む。
 鏡を見なくても分かる。
 今のあたしの瞳は怒りの炎で真っ赤に燃えあがっているはずだ。
「あなた達、絶対に許さない。あたしを本気で怒らせたことを、あの世で後悔しなさい!」
 叫ぶと同時にあたしの身体が大きく膨れ上がるのが自分でもハッキリと感じられた。
 着ていたローブは破れ、その下から鱗に覆われた肌が露出する。
 背中からは巨大な翼、そして腰からは長い尻尾が生える。
 顔だってもうさっきまでのあたしの顔じゃないはずだ。
「ぎゃあ!」
 魔法使いが悲鳴を上げて後ずさった。
「マナ、あなた・・・」
「ド、ドラゴンか?」
 パロさんとシン君が驚きとも恐れともつかない顔で、巨大化したあたしを見上げている。
 そう、あたしは今ドラゴンへとその姿を変えたのだった。

 ママの自慢話の中にこんなものがあったの。
「パパとママは結婚する前、ドラゴンの神様に会ったことがあるのよ」
 そしてその時、パパはドラゴンの神様の血を飲んだとも言っていた。
 あたしはまさかと思ったわ。
 でも、それが本当だったと思い知らされたのは、あたしが5歳の時だった。
 可愛がっていたボビーが死んだ時、感情を抑えられなくなったあたしは突然、自分の姿をドラゴンへと変えてしまったの。
 ドラゴンの洞窟の中にある湖に映っている自分の姿をハッキリと見たわ。
 全身がエメラルドグリーンに輝くドラゴン。
 それがあたしだった。
 本物よりは一回り小さいけどドラゴンの神様と同じ姿だったって、後になってママが教えてくれたっけ。
 あたしの身体には、魔族であるパパの血と人間であるママの血、そして薄いとは言えドラゴンの血も流れていたの。
 普段はドラゴンの血は身体の奥底で眠っているけど、こうして感情を爆発させた時なんかに起き上がり、あたしをドラゴンへと変身させる。
 島を出る前、パパが「アレには気を付けろ」と言っていたのはこのことだったんだ。
 そしてモンスターがあたし達に対して友好的な態度を取ることが多い理由もコレよね。
 動物やモンスターは、本能で相手の強さを察すると言うわ。
 彼らは本能であたしの中のドラゴンの血を感じ取り、戦うことなく立ち去った。
 だけど人間は違ったわ。
 愚かな人間はあたしの中で眠っているドラゴンの血なんて感じ取れるはずもない。
 だからこうしてあたしを怒らせてしまった。
 この姿になった今、あたしはもう自分の感情をコントロールすることはできない。
 ただ怒りにまかせて暴れるのみ。
 あたしはブンっと腕を振るった。
 女の子の細い腕じゃない、丸太よりも太く鉄よりも硬いドラゴンの腕だ。
「ぐわぁ」
 あたしの腕に弾き飛ばされた魔法使いが悶絶する。
 次は尻尾を振り回す。
「うおっ」
「ぎゃあー」
 男達が次々と悲鳴を上げて倒れていく。
「シン、離れるわよ」
「ああ」
 ダニーから逃れたパロさんが、シン君を連れてこの場を離れるのが視界の隅に入った。
 良かった、これで安心して暴れられる。
「このバケモノめ!」
 ダニーが剣を振ってあたしに切り付けてくる。
 しかし、いくら屈強な大男とは言え、ドラゴンの皮膚はそうやすやすと切り裂けるものじゃない。
 エメラルドグリーンの鱗はダニーの剣を難なく弾き返してしまっていた。
「バケモノだ、アレは正しくバケモノだ・・・」
「逃げろー」
「うわぁー」
 一人、また一人。
 あたしに勝てないと見るや、男達は次々に洞窟の出口へと走り出した。
 でも逃がさないっ!
 長く伸びた尻尾を洞窟の地面に叩き付け、男達の行く手を阻む。
「くそっ、あっちだ!」
 出口を塞がれた男達が、今度は洞窟の奥へと逃げようとする。
 逃がすかっ!
 あたしは大きく息を吸い込み、それを思いっきり吐き出した。
 視界が一瞬にして朱に染まる。
 炎の杖なんて比べ物にならない程の熱量をほこる紅蓮の炎が男達を背後から襲い、あっという間に飲み込んでしまった。
「うぎゃあーーー!」
 絶叫が洞窟内に響き渡った。
 あたしが炎を吐き終わると、男達は皆その場に崩れ落ちていた。
「ああ、神よ・・・どうか我を助け給え・・・」
 今更神様に命乞い? 笑わせないで。
 もう終わりにしましょう。
 のっしりと男達に歩み寄り、巨大な前脚をゆっくりと持ち上げる。
 このままこの脚を下せば男達は皆ペシャンコに潰れてしまうでしょうね。
 さあ、覚悟なさい。
 あたしが今まさに脚を下ろそうとした、その時・・・
「マナ、もういいわ。暴れるのをやめなさい!」
「マナー、殺したらダメだ!」
 パロさんとシン君があたしを呼び止めてくれるのが聞こえたわ。
 二人のいるほうへ視線を向ける。
「マナ・・・」
「もう十分だ、マナ」
 二人の顔を見て落ち着いたあたしは、もう暴れるのをやめていた。
 すると意識がふっと揺らいで、自分の身体が小さくなるのが感じられたの。
 次の瞬間には、もうあたしの身体は元の姿に戻っていたはずだ。
「マナっ」
「大丈夫か・・・」
 パロさんとシン君が駆け寄ってくる。
 あっ、あたし今何も着ていないんだと思ったけど、手も足も動かないし声も出ない。
 そこをすかさずパロさんが察してくれる。
「シン、ちょっとあっち向いてなさい」
「えっ? ああ、ゴメン」
 顔を赤くしてシン君はそっぽを向いてくれた。
 パロさんが自分のマントを脱いで、それであたしの身体を包んでくれた。
「マナ、大丈夫?」
「うん・・・」
 コクンと頷くのが精いっぱい。
 そしてそのまま、あたしの意識は深い闇に飲み込まれていったんだ・・・

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