サマナ☆マナ!

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「マナ、元気でね」
「身体には気をつけるんだぞ」
「うん、わかってる。パパも身体には気をつけて。ちょっとママ、痛いから放して」
「だって、マナ・・・」
「もう、ママったら」
 まだぐずっているママの手から逃げるようにして抜け出る。
 いくら娘との別れがさびしいからって、大勢の人が見ている前で抱きつかれるのはちょっと恥ずかしいのよね。
「もうすぐ出港ですよー」
「あっ、時間。それじゃあ、行ってきます!」
 港に響く船員の声に追い立てられるように、荷物を持って島を出る船へと乗り込む。
 あたしが乗船を終えると同時に出港を知らせるドラがバーンと鳴った。
 船べりから身を乗り出しながら港の桟橋を見下ろし、ママとパパに向って大きく手を振る。
「マナー!」
「ママー、お手紙書くからー」
「きっとよー。ママ待ってるからね」
「マナ、『アレ』には気を付けるんだぞ」
「はーいパパ、分かってます。それじゃあ行ってきまーす」
 名残を惜しむママの気持ちを引き裂くように、船が桟橋から離れた。
 あたしを見送ってくれたママとパパの姿がしだいに小さくなってゆく。
 海風に帽子を飛ばされないように左手で押さえながら、残った右手をなおも大きく振り続ける。
「ママー、パパー、あたし頑張るからねー」
 丘にいるママとパパの声はもう聞こえないから、きっとあたしの声も向こうには届いていないだろうな。
 それでもあたしは叫び続けた。
 あたしを育ててくれた、大切で大好きな人達に向って。

 やがて船が島の沖合へと出ると、あたしが生まれ育ったアルビシア島はもう影も形も見えなくなっていた。
 夏の海は穏やかで、船は揺れることなく静かに進んでいく。
「ふう・・・」
 船上を流れる心地良い海風に吹かれてようやく気分も落ち着いたかな。
 そりゃあ、ママとパパとの別れはさびしいけれど、気持ちはいつも前向きに。
 あたしにはこれから始まる新しい生活が待っているんだから。
 おっと、ここであたしのことについて少しお話しておきましょう。
 あたしはマナ。
 先月15歳のお誕生日を迎えたばかりの女の子。
 故郷のアルビシア島を出て大きな街へ出るためにこの船に乗ったの。
 そして、さっき港で涙のお別れをしたママの名前はエイテリウヌ。
 泣きじゃくるママの肩を優しく抱いていたパパの名前はランバート。
「二人は大恋愛の末に結婚したのよ」っていうのが、ママの数ある自慢話の中のひとつなの。
 それでね、ママはいわゆる普通の人間だけど、パパはちょっと違う人。
 なんていうかなあ、魔族っていうと悪魔の手先みたいで聞こえが悪いんだけど、まあそんな感じ。
 つまりあたしは人間と魔族の間に生まれたハーフってわけね。
 パパはアルビシアに伝わるドラゴンの伝説を研究するのがお仕事。
 そしてママは島へ来た観光客相手にそのドラゴンが祀られている洞窟の案内人をしています。
 なんでもママは昔冒険者をやっていて、その筋ではかなり名の通った実力者だったらしいの。
 今ではもう冒険者としては引退しているけれども、愛用の槍を手にして、もしも洞窟でモンスターに襲われたとしても簡単にやっつけちゃうんだから。
 パパも武術に呪文に一通り修めたそうだけど、ちょっと胸に病気があって今では荒事はみんなママに任せちゃってるのね。
 その代わり、家の中の仕事はみんなパパがやってくれるの。
 お料理に掃除に洗濯まで。
 ママの大胆で大雑把で大味なお料理よりも、パパの作る手の込んだお料理のほうがずっとおいしいんだなあ。
 でもあたしももう年頃だから、洗濯物をパパに見られるのはちょっと恥ずかしいかな。
 そんなふうにしてママとパパに愛されて育ったあたしも、15になって島を出る決心をしたの。
 理由は・・・そうね、島の外の世界を見てみたかったから、かなあ。
 ママはあたしと離れるのがさびしいからって最後まで反対していたけど、そこはパパが説得してくれて。
 なんとかママをなだめてようやく認めてもらえたわ。
 あたしが島を出て向かうのは、大陸にあるダリアっていう大きな城塞都市。
 なんでもそこにはママのお友達が何人かいるんだって。
 そのママのお友達を頼りなさいっていうのが、ママがあたしに出した条件ってわけ。
 ママったら、お友達からあたしの様子を知らせてもらうつもりなのよね、きっと。
 でも、あのママがその程度の条件で愛する一人娘を島から出してくれたんだから、あたしとしてもここは受け入れるしかないでしょう。
 ママにもそろそろ子離れしてもらわないとね。

     ☆   ☆   ☆

 退屈で退屈で、何もすることがない船の旅も一週間、ようやくあたしはダリアの街へ辿り着いた。
 子供の頃、あたしがいくら連れて行ってと頼んでも、ママが島を出たがらなかった理由がよく分かったわ。
 賑やかなことが大好きなママが、こんな退屈な船旅に耐えられるはずがないもの。
 それでもママは、パパに逢うために船に乗って大陸から島に渡ったそうだから、愛の力はやっぱり偉大なんだろうなあ。
「さてと・・・まずは今日の宿よね」
 あたしは少し大きめのカバンをゴソゴソとあさり、中から一枚のメモを取り出した。
 そこにはママが教えてくれたお友達の住所が書かれてある。
 ママの話によると、「少し変ってるけど大丈夫だから」って。
 何がどう変わっているのかは、とうとう聞き出せなかったのよね。
 ママってば、そんな変わっている人のところにあたしを預けるつもりなのかしら?
 不安もあるけど、ここで考えていても仕方ないわよね。
 あたしは早速行動を開始した。
 途中人に道を尋ねがら、城塞都市の街並みを歩く。
 南の島で生まれ育ったあたしにとっては、初めて歩く大きな街。
 大勢の人、立派な建物。
 見るもの何もかもが珍しい。
 幸い、目指す家はすんなりと見つかったわ。
 大通りから一本路地を抜けたところに建つ小さな家。
 その玄関の前に立つ。
「第一印象って大事よね」
 カバンから小さな手鏡を取り出して覗いてみる。
 当然のことながらそこに映るのはあたしの顔だ。
 肩くらいまでの長さの髪は金色で、その中に銀色の髪が何房か混じっている。
 金色の髪はママゆずり、そして銀色の髪はパパゆずり。
 南の島で育った割にはあまり日に焼けていない白めの肌。
 耳は魔族であるパパからの遺伝で少しだけ先端が尖っている。
 自分の顔の中で一番気に入っているのは瞳かな。
 きれいなサファイアのような蒼い瞳はママからの贈り物なの。
 パッと見た感じ、どちらかと言えばママ似の顔かな。
 島にいた時も「お母さんそっくりね」ってよく言われてたもの。
 頭には少し大きめのベレー帽。
 帽子にはこだわりがあって、いくつか持っているものの中から今日は白いものを選んでみた。
 被り方にもこだわりがあって、少し斜めにして頭に乗せるのがおしゃれよね。
 その角度を直してから前髪をさっと手櫛で整える。
 鏡に向かってにっこりと笑う。
「よしっ、カワイイぞ」
 やっぱり女の子は笑顔が一番、これならママのお友達にも好印象間違いなし。
 顔の確認ができたら今度は服装よね。
 今日着ているのはママがデザインしたのをパパが縫ってくれた、お気に入りの水色のワンピース。
 胸にある飾りの大きなリボンがポイントよね。
 これで胸がないのもちょっとはごまかせると良いんだけど。
 スカートの裾を払って皺を伸ばし、リボンの形を整える。
「準備完了。さあ、行くわよマナ」
 緊張をほぐすために一度深呼吸してから扉のノッカーを叩く。
「ごめんくださーい、こんにちはー」
「・・・」
 無言。
 返事がない、まるで廃墟のようだ。
 なんて言ってる場合じゃないわよね、もう一度ノックしてみる。
「ごめんくださーい」
 しばらくして。
「うっるせえなー。開いてるから勝手に入ってこいよ」
「へっ・・・?」
 今の声はナニ? 
 女の人の声みたいだけど、ずいぶんぞんざいな話し方。
 それに勝手に入っちゃって良いのかしら?
 でも入ってこいって言うんだから、入っちゃって良いんだよね。
 女は度胸よ、ここは覚悟を決めて行くしかないでしょう。
「お邪魔しまーす」
 あたしは恐るおそる扉を開けて、建物の中に入ってみた。

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