ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0

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エピローグ・私の冒険は

 静流お姉ちゃんとの再会は果たしました。
 でも再会は新たな別れをも生み出します。
「もう行かなければ」
「お姉ちゃん?」
 静流お姉ちゃんが私から離れました。
「まだ良いじゃない。もう少しだけ」
「いや。もうすぐ夜が明ける。西の山々に満月が沈んでしまえば私の身体も消えてしまうだろう」
「満月が沈んだら・・・」
 ああ、やっぱりそうでした。
 満月の夜には何かが起こる、そんな私の予感は的中していたようです。
 そして的中した現実は、満月が消えると同時に消滅してしまうのです。
「凛、頼みがある」
「なに、お姉ちゃん?」
「この刀を持って行ってくれ」
 静流お姉ちゃんは手にしていた村正の刀を鞘に収めると、私に差し出してくれました。
「お姉ちゃん、これ・・・」
「私は死んでしまったが魂は残る。刀は侍の魂だ。その刀には私の魂が宿っている。どうか凛に持っていて欲しい」
「うん。分かったよ、お姉ちゃん」
 私はお姉ちゃんから村正の刀を受け取りました。
「凛、会えて良かった」
「私も」
 再び静流お姉ちゃんが私の身体を抱きしめてくれました。
 私もそれに応えようと、しっかとお姉ちゃんを抱きしめます。
 しかし・・・
 私が抱きしめようとしたお姉ちゃんの身体には、もう何の感触もありませんでした。
 さっきは確かに感じられたお姉ちゃんの匂いも、そして温もりも。
 まるで全てが夢だったみたいに、もう何も残ってはいませんでした。
「お姉ちゃん、消えちゃうの?」
「ああ」
「そんなのイヤだよ。お姉ちゃん・・・」
「凛、わがままを言うな」
「お姉ちゃん」
「元気でな、凛・・・」
 それが最後の言葉でした。
 私を抱きしめてくれた、そして私の腕の中にあったはずのお姉ちゃんの身体は、煙が天に昇るようにすうっと消えてしまったのです。
「行っちゃった・・・」
 つぶやくと同時にぽつんと目から涙が零れ落ちます。
 ララスさんもリリスさんも、そして先輩学徒の皆さんも、言葉なくじっと私を見守ってくれています。
 そう、いつまでも私が落ち込んでいたらダメですよね。
 皆さん私のためにこうしてここに集まってくれたんですから。
 ここは気持ちを切り替えて。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
 私がぺこりと頭を下げると先輩学徒の皆さんからパチパチと拍手が起こりました。
「凛!」
 感極まったリリスさんが私にしがみ付いてきます。
「よく頑張ったな、凛」
 ララスさんが私の頭を撫でてくれました。
「リリスさん、ララスさんも、本当にありがとう。二人がいたからお姉ちゃんに会えました」
「凛、湿っぽいのはもうたくさんだよ」
「そうだな。ところで凛、さっきの刀だけど・・・」
「ああ、これですか?」
 私は静流お姉ちゃんから受け取った村正の刀を取り出してみました。
「それを使うのは凛にはまだ・・・」
 ララスさんはそう言葉続けようとしましたが、私の耳には全く届いてこなかったみたいです。
「静流お姉ちゃんの刀・・・」
 好奇心を押さえられずに鞘から刀を抜いてしまいました。
 冷たい刀身に私の瞳が映りこんでキラリと輝いています。
 そして私自身の意識もその刀に吸い込まれてしまいそうな錯覚におちいってしまい・・・
「あれっ、ニャニこれ? 目が回るニャぁ、頭がくらくらするよぉ」
「凛、その刀は呪われているんだ! 使いこなすにはそれ相当の実力が無いと・・・」
「凛、大丈夫? しっかりして!」
 ララスさんとリリスさん、その他にも先輩学徒の皆さんが何だか騒いでいるようですが、もう何も分かりませんでした。
 私はそのまま深い海の底にでも沈んでしまいそうな勢いで、意識を失ってしまったのです。

☆     ☆     ☆

「凛、目が覚めた?」
「大丈夫か、凛」
「あれ・・・ここは?」
「式部京聖戦学府の保健室だよ」
 気が付くと、私は保健室のベッドで寝かされていました。
 リリスさんとララスさんが、心配そうに私の顔を覗きこんでくれています。
 どうやら私は気絶してしまい、そのまま式部京の保健室まで運ばれて今まで寝ていたみたいです。
 保険医の柴先生が私の脈を確認して、もう大丈夫と言ってくれました。
 それを聞いた私はベッドから抜け出します。
「大変だったんだよ。凛は気絶しちゃうし、刀は呪われて外せないし」
「そうだ。お姉ちゃんの刀は?」
 大事なことを思い出しました。
 静流お姉ちゃんから貰った刀が私の手元にないのです。
「それなら俺が預かることになった。凛があの刀を自在に使えるくらいに強くなったら返してやるよ」
「そんなー」
 ララスさんの答えに不満一杯の私ですが、それも仕方ないかもしれませんね。
 保険医の柴先生にお礼を告げて保健室を出ると、そこに父上が待っていました。
 父上はいつもの威厳に満ち溢れた表情を崩さないまま、じっと私を見下ろしています。
「凛、無事で何よりだった」
「あっ、父上、今回はかってなことをして・・・」
「それもある。だがしかし」
 父上はそこで言葉を切ると、懐から一枚の紙を取り出しました。
「ワシのところに来たこの請求書は何だ? 購買所と、それからイカロスのサウロからも来ているようだが」
 父上の視線が私に突き刺さります。
「あっ、それは・・・ええと」
 リリスさんが取り寄せて私に装備させてくれた武具の請求書です。
 リリスさんは確か「父上のツケにした」と言っていたのですが、本当にそうするなんて。
 ふと見ると、もうリリスさんもララスさんも何処かに消えてしまっていました。
 きっと逃げたに違いありません。
 こうなったら・・・
「父上、ごめんなさい!」
 私だって逃げるしかありませんよね。
 父上は「コラ凛、待て!」と叫んでいますが、それで待つネコなんているはずがありません。
 校舎の廊下を一気に走りぬけるとそのまま桜の咲く校庭へと飛び出しました。
 温かな春の日差しの下、散り始めた桜の花びらが風に舞って私の周りにも流れていきます。
 校庭の真ん中で立ち止まって、ゆっくりと空を見上げました。
「静流お姉ちゃん」
 もう一度その名前を呼んでみました。
 もちろん静流お姉ちゃんからの返事はありませんでしたが、私には大空の中にお姉ちゃんの姿が見えたように思えました。
「お姉ちゃん、私もっと強くなるよ。パンドゥーラだって倒せるくらいに強くなるから。見ててね、お姉ちゃん」
 遥かなる空の彼方にいるであろう静流お姉ちゃんに誓う私です。
 
 私、村正凛、十六歳。
 フェルパーの女の子でくのいち。
 私の冒険は、まだまだこれからです!

ウィザードリィエクス2外伝・凛の冒険 エピソード0・・・おしまい