サマナ☆マナ!4
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ビギナークラス一回戦の試合が一通り終わったら、次はマスタークラスの一回戦が始まる予定。
だけどその前に、30分の休憩時間が取られたの。
これは選手や観衆のためというよりも運営側・・・
特にクレア様をはじめとした王宮関係者のためらしいわね。
いくらテントが設置されているとはいえこの寒空の下だもの、じっと座って試合を観戦していたら身体が冷えちゃうわ。
飲み物で身体を温めたりとか、いくら女王様だって用をたすこともあるわよね。
その休憩時間を利用して、あたしたちもちょっした食事を取ることにしたの。
ダリア城前の広場はもうお祭り騒ぎなものだから、あちらこちらに屋台や出店があるからね。
そこで買ってきたホットドッグやドリンクなんかで小腹を満たしておく。
この後も試合を控えている身としては、あまり食べ過ぎるのも良くないだろうし。
なんだけどね・・・
「おうトカゲ君、良い飲みっぷりだなあ」
「ガハハ、これくらいどうってことはないぞ」
すっかりこの場に居座ってしまったジェイクさん、リ・ズーさんと酒盛りを始めちゃったりして。
「ちょっとジェイクさん、昼間っからお酒ですか?」
「良いじゃねえかマナ。新年を祝うには酒は欠かせねえんだから」
ブドウ酒の入ったグラスを片手に上機嫌のジェイクさん、どうやらもうかなりの量を飲んでいるみたいですっかり出来上がっているわ。
「おいドラン、お前も景気付けに一杯どうだ?」
「俺はいい」
一方のリ・ズーさんも、一回戦の快勝の後だけにすっかりご機嫌な様子で。
しきりにドランさんにもお酒を勧めているわ。
「ドランさんはもうすぐ試合です。それにリ・ズーさんだってまだ試合があるでしょう」
「固いこと言うな、ガハハ」
パロさんにたしなめられても一向に気にする様子も無かったりして。
このまま酔っぱらった状態で試合に出て、足がもつれてリングアウトとか本当にありそうだわ。
「よーし優勝だー! 経験値をガッポリいただくぜ」
それでも優勝する気満々のリ・ズーさん。
そうそう、大会前にレベルドレインを喰らったとか言ってたっけ。
その1レベル分の経験値を取り戻すには、この大会の優勝賞品はまさにうってつけよね。
「そう言えば、ドランさんのお目当ては何ですか? 金一封? それともやっぱり経験値ですか」
リ・ズーさんのお目当ては聞いていたけど、ドランさんには聞いていなかったと思い出す。
「俺は・・・女王陛下の親衛隊に入れたらと思っている」
「親衛隊ですか!」
そうだったわ。
優勝者で希望する者がいれば、クレア様の親衛隊に取り立てるって話だったのよね。
あたしにその気がないからすっかり忘れていたわ。
でもこうして親衛隊を目指して大会に参加した人もいるんだなって、改めて感心しちゃった。
と、その時。
「ふんっ、人外の魔物モドキが女王陛下の親衛隊だと?」
あたしたちの輪の外から侮蔑の言葉とでもいうものが投げかけられてきたの。
それは、開会式の前にもドランさんに失礼なことを言っていたあの男だったわ。
確か名前はガイ選手・・・
ううん、こんな失礼な人、もうガイって呼び捨てにしてやろうかしら?
このガイ、相も変わらずドランさんを魔物モドキ呼ばわりなんて、ちょっと性格が悪すぎるんじゃないの?
「ガイか。何の用だ?」
そんなガイに対してもあくまで冷静に対応するドランさん、さすがだわ。
「ふん、笑わせるなと言っているのだ。女王陛下の親衛隊には同族の者こそふさわしい、違うか?」
クレア様はもちろんヒューマンでいらっしゃるわ。
つまりは、ヒューマン以外の者は親衛隊になるなって言いたいのね。
さすがにこの物言いにはカチンと来た。
「ちょっと失礼じゃないですか! それにクレア様はそんな・・・って、ひゃあ!」
ことは思っていません! て言おうとしたところで、首根っこを掴まれて後ろに引っ張られたの。
「ジェイクさん?」
「まあ落ち付け、マナ」
あたしを引っ張ったのは、他ならぬジェイクさんだった。
ブドウ酒の入った瓶を杖代わりによっと立ち上がると、ガイの前に立つ。
ジェイクさんとガイとでは、もちろん男の人であるガイのほうが一回りも背が高い。
それでもジェイクさんに見据えられたガイは、不自然に視線をそらしたりして。
「よおガイ、あのヒヨっ子がずいぶんな口を聞くようになったじゃねえか」
「マスタージェイク、それは・・・」
「お前もクレアの親衛隊に入りたいのか? 止めとけ止めとけ。あんなジャジャ馬の部下になんかなってみろ、苦労するだけだぞ」
酒瓶をユラユラと揺らしながら、カラカラと笑うジェイクさん。
そんなジェイクさんを目の前にしたガイは「試合がありますので」と一言、そそくさと退散してしまったの。
二人のやり取りに一同しばし呆然。
そして、ようやく我に返って口を開いたのはパロさんだったの。
「ジェイクさん、あの人とはお知り合いで?」
「知り合いって程じゃねえけどな。昔ちょっと世話してやったくらいだ。
ヤツのパーティが遭難しかけたところを助けてやったりとかな」
ジェイクさんの答えに、みんながへぇって感心したりして。
現役を引退してからのジェイクさんは、後進の指導に当たったり遭難したパーティの救出に取り組んだり。
冒険者のバックアップとして活躍してきたそうだから、きっとお世話になった人も多いんでしょうね。
ジェイクさんてやっぱりすごい魔法使いだったんだなって、改めて感心しちゃった。
『お待たせいたしました〜。ただ今よりマスタークラス一回戦を始めます』
中座していたクレア様たちがリング脇のテントに戻ってきたところで、大会も再開。
いよいよレベル13以上のマスタークラスの冒険者による試合が始まるわ。
『第一試合、レインジャー、フリーウインド選手〜』
名前を呼ばれたエルフ族の男性が、さっそうとリングへと上がる。
長身で美形、先端の尖った耳と、まさにエルフといった風貌だわ。
「フリー、しっかりね」
リング下から声援を送るパロさんにフリーウインド選手が手を上げて応える。
そうか、このダリア城下でもエルフ族だけのコミュニティってあるのね。
『対しまして、バルキリー、アルテミシア選手〜』
続いてリングに上がったのは、ヒューマンのお姉さんだった。
ママと同じくバルキリー職、白を基調とした衣装にブラウンのロングの髪が素敵だわ。
観衆からも「アルテミシア〜」って、大きな声援が上がっている。
殺伐とした普段の冒険の中で、女性冒険者の存在はやっぱり華なんだなって思う。
ビギナークラスと違ってマスタークラスの試合では、実際の武器を用いて試合をするの。
ただしあくまで大会なので、普段の冒険で使っているものをそのまま使うわけにもいかないから・・・
何処の武器屋にも置かれている、ごく一般的なものを使うのね。
ロングソードにアックス、侍用の刀など、各選手それぞれ得意な武器で戦うことができる。
とは言っても、飛び道具の類はルール上禁止なの。
弓矢を得意とするレインジャーのフリーウインド選手だけど、今回はロングソード。
一方のアルテミシア選手は、バルキリーらしくランスを手にしているわ。
初級者用の武器とは言ってもきちんと刃の入った本物だから、油断なんかしていたら致命傷を負いかねない。
まさにマスターたちによる真剣勝負が繰り広げられるはずよね。
例によってジャッジが簡単にルールの説明をしたらカーンとゴングが鳴って試合開始。
しかし対戦している二人は特に大きな動きを見せずに武器を上げたり下げたり。
両選手とも慎重に相手との間合いを計っているようだわ。
そのままお互いにリングの端をゆっくりと移動。
息詰まるような緊張感がリング上から伝わってくるわ。
その張り詰めた緊張感を打ち破るように、先に仕掛けたのはアルテミシア選手だった。
大きく踏み込んで距離を詰め、そこからランスの長さを活かし、相手の間合いの外から牽制打を放つ。
それに対して、フリーウインド選手も必死にロングソードで応戦する。
基本的に弓矢が得意というレインジャーだけど、剣の扱いでも決して引けを取らないんだわ。
キンキンと、金属同士が弾き合う甲高い音が響く。
木太刀での戦いでは再現不能な、モンスター相手の実戦にも勝るとも劣らない攻防が続く。
やがて、両者の均衡が少しずつ崩れていく。
アルテミシア選手のランスによる攻撃に押され、フリーウインド選手が少しずつ後退するようになっていったの。
やっぱりそれぞれの武器のリーチの差が、ここに来て大きく響き始めたみたいね。
ランスを掻い潜って懐に飛び込むことができれば、フリーウインド選手にもチャンスはあるはずだし、実際に狙っているわ。
しかしアルテミシア選手もそれは十分に警戒していて、なかなか付け入る隙を与えない。
そして。
アルテミシア選手のランスがフリーウインド選手の腕にヒット!
たまらず、フリーウインド選手はロングソードを落としてしまったの。
そして次の瞬間、アルテミシア選手は一気にランスを突き出す。
まさかの流血?
一瞬息を飲んだけれども、アルテミシア選手のランスの先端は、フリーウインド選手の頭部寸前でピタリと止められていた。
サっとジャッジの手が上がる。
アルテミシア選手の攻撃を頭部へのクリーンヒットとみなし、勝利の判定を下したのね。
カンカンと試合終了のゴング。
『ただ今の試合、アルテミシア選手の勝利です』
そして、試合の結果を伝えるアナウンスが流れた。
ヒロインの劇的な勝利に、観衆からはものすごい声援と拍手の嵐。
もちろんあたしも手を叩いていたわ。
ママと同じバルキリーということで、どうしてもアルテミシア選手よりに試合を見ていたもので。
それにしても、アルテミシア選手の最後の攻撃はすごかったわ。
相手との間合いを完全に把握しているからこそできる、これぞマスターの技よね。
だけど、同じエルフ族としてフリーウインド選手を応援していたパロさん。
ちょっと残念そうに顔を伏せている様子が、何だか気になるのよね。