サマナ☆マナ!4
5
フェルパーの忍者ハニー選手に勝っちゃったあたし、大きな歓声と拍手による祝福に包まれていた。
まだ力の入らないふらつく足取りだったけど、何とか自力でリングから下りたわ。
「マナ、やったじゃん」
「おめでとうマナ。はい、ウサギ君も無事よ」
シン君とパロさんが温かく迎えてくれた。
パロさんの腕の中には、試合中にリング下へ叩き落とされたボビ助が。
「ごめんね、痛かったでしょ?」
パロさんからボビ助を受け取り、身体をそっと撫でてあげた。
「ご苦労さま。しばらく休んでいてね」
ボビ助を地面へと放してやると、ピョンピョン跳び回りながら他の二匹のところへ。
そこで緑に輝く召喚陣が浮かび上がり、戦いを終えたボーパルバニーたちは姿を消してしまったわ。
みんな、ありがとうね。
と、そこへ。
「よく勝ったな、マナ」
「ジェイクさん、来ていたんですね」
かつての冒険者にしてあたしのママの仲間でもあったジェイクさんが声を掛けてきてくれたんだ。
「当り前だ。こんなおもしろいもの見逃す手はねえだろ。オレだけじゃねえぞ。ホラ、ベアのやつも向こうに」
愉快そうにカラカラと笑うジェイクさんが指差すほうへ視線を向ける。
するとリング脇のテントの中で、ベアさんがこちらに手を振っていた。
その隣では、クレア様も小さく拍手してくださっていたりして。
皆さんがあたしの応援をしてくれていたんだなって、とても嬉しくなっちゃった。
「ありがとうございます。何とか勝てました」
「術師クラスではただ一人の参加者だろ。魔法使いとしては嬉しい限りさ」
「はい。でも魔法使いや僧侶の皆さんが参加できないのは不公平ですよね」
「まあ仕方ねえだろ。こんなところでティルトウェイトをぶっぱなす訳にもいかねえからな」
「ですよねえ」
「その代わり、向こうで魔力測定大会やってるんだ。さっきやってきたんだけどな、軽〜くハイスコア叩きだしてやったぜ」
「魔力測定ですか、後で私も参加してみようかしらね」
と、これはパロさん。
「ああ、ウサギ型の測定機に向かって呪文を連発してやるんだ。一定時間内にどれだけ呪文をぶつけられるか、だな」
何でウサギ型なのかしら? なんて疑問は取りあえず置いておいて。
「でもそれだと、パロさんは厳しくないですか?」
「そうね、ようやくマハリトが二発撃てるようになっただけだものね」
お手上げとばかりにパロさんは肩をすくめてみせた。
呪文の習得が遅れ気味で悩んでいたパロさんだけど、アルビシアでの事件の中でマハリトを含む第3ランクの呪文を発動させることができたのよね。
それでもラハリトやマダルト、さらにはティルトウェィトを自在に操る魔法使いにはとても敵いそうもないわ。
パロさんの潜在能力としての魔力そのものはとても高いはずだって、ジェイクさんも言ってたんだけど・・・
「ちょっと、悔しいですね」
「良いのよマナ、そんなことであなたが悩まなくても」
「はい」
一番悔しいのはパロさん本人のはずなのに、あたしを慰めてくれたりして。
やっぱりパロさんは大人の女性だなって思うわ。
「それより・・・さあ、次はシンの出番よ」
「おおよ! マナにだけおいしいところを持っていかせる訳にはいかねえからな」
「ははは」
なんだか無駄に気合が入りまくっているシン君でした。
と、その時。
『続きまして、一回戦第二試合を行います』
第二試合の開始を告げるアナウンスが流れる。
リング上を見ると、すでにシン君の対戦相手の姿があった。
『レインジャー、アルバ選手〜』
そこにいたのは、犬から進化したといわれるラウルフ族の男の人だったの。
白というよりは少しクリーム色っぽい毛並みに精悍な顔つき。
身長はシン君と同じくらいかしら、でも筋肉の付きかたなんかは全然違ってとてもたくましいの。
レインジャーというのは、森に生活する狩人を元に作られた職業。
だから、どちらかと言えば剣よりも弓矢を使っての戦いを得意とするはずなんだけど、この大会では飛び道具の類は禁止のはず。
あくまで木太刀で戦うのよね。
だけど対するシン君も盗賊だから、普段は短剣を使っているわ。
その点は、お互いにどっこいどっこいかもしれないわね。
『対しまして、盗賊、シン選手〜』
「よしっ、行くぜ」
名前を呼ばれたシン君がさっそうとリングへ上がる。
「シン君、頑張ってー」
「負けるんじゃないわよ!」
あたしたちの声援に、自信満々にグっと親指を立ててみせるシン君。
あたしはあんなに緊張したっていうのに、シン君は全然緊張していないみたいね。
というかシン君、何であんなに自信ありげなのかしら?
ジャッジが両対戦者に木太刀を手渡し、ルール説明をしたのはあたしの時と同じ流れ。
そして試合開始のゴングが鳴ったわ。
先にリングの中央部へと走り込んだのはアルバ選手だった。
第一試合がリングアウトで決着しているだけに、それを避けるためにリングの中央に陣取るのは正解だと思う。
片手で構えた木太刀の先端をシン君へ向けて、しきりに牽制しているわ。
出遅れたシン君、アルバ選手よりもリングの端に近い位置に追いやられることになる。
右に左にとこまめに動き、相手の隙を誘ってそこを突く作戦だと思う。
しかしアルバ選手は動じない。
最低限の足さばきだけでシン君の動きを追い、決して隙を見せない方針みたいね。
お互いに相手が大きく動くのを待っている、そんな感じで戦いは推移しているわ。
やがて、焦れた観衆からヤジが飛び始めた。
どっちでも良いから攻めろとか、てめえらナニお見合いしてんだとか。
まったく、見ているだけの人は気楽よね。
そんなことを言うんだったら、自分が大会に参加すれば良かったのに。
でもね、そのヤジがきっかけになって戦いが動き始めたの。
先手を取ったのはやはりアルバ選手。
ラウルフはとても信心深い種族として知られている。
だからアルバ選手も、必要以上に相手を待ったりする行為に抵抗を感じたのかもしれないわね。
木太刀を右手に持って半身の体勢のまま、何度も突き攻撃を繰り出して行く。
顔面への突き攻撃は反則だけど、胴体や手足への攻撃なら認められている。
腕の長さに木太刀の長さを加えた、遠距離からの攻撃。
しかも木太刀を突き出す動作は、振り被ったりとかしない分、隙ができにくい。
やはり相手はレインジャー、盗賊よりも明らかに戦い慣れているわ。
シン君は左に左に。
つまりは右手で木太刀を持った相手の背後へ回ろうと、懸命に移動を続ける。
ううん、明らかに移動させられているんだわ。
このまま戦いが長引けば、いつかシン君の足が止まってしまう。
そこを突かれたら一巻の終わりじゃない。
「シン君、頑張って!」
思わず声を上げていた。
「任せとけマナ、俺は負けねえ!」
リング上からシン君が答えて叫ぶ。
「もう、シンのバカ。戦いに集中しなさい」
シン君の劣勢ぶりに、パロさんも気が気じゃない様子だわ。
そしてその不安が、現実のものとなってきたの。
「シン君、動きが鈍くなっている・・・」
そう、試合開始から絶えず動き続けてきたシン君の足が、ここに来て急に重くなってきていた。
そこへアルバ選手の突き攻撃。
上半身を捻って回避しようとしたシン君だけど、かわしきれずに左肩に突きを喰らってしまったわ。
「くっ・・・」
体勢を崩し、リング上を転がって追撃をかわす。
だけど・・・
「あっ、すぐ後ろがリングアウト!」
危ないところだったわ。
シン君がもう一転がりしていたら、あえなくリング下に落下しているところだったもの。
何とかギリギリの位置で踏み止まって、体勢を立て直そうとするシン君。
そこへトドメを刺すべく、アルバ選手の木太刀が突き出されたの。
まさに絶体絶命!
リングの端ギリギリの位置で次の攻撃を喰らったら、間違いなく落とされちゃう。
しかしここでシン君は、誰も予想しなかった意外な行動に出たの。
何と突き出された木太刀に向かって自分の顔を差し出したんだから。
その瞬間、観衆から悲鳴に近い絶叫が上がったわ。
いくらなんでも、顔面にあの突きを受けたら大怪我間違いなしよ。
シン君の顔面が血に染まるシーンを想像して、思わず目を覆っていた。
だけど。
「顔面への突きは反則だぜー!」
「!」
シン君が叫ぶとそれに反応して、アルバ選手が攻撃の手を自ら上へと外していたの。
一瞬できた隙を見逃さず、シン君はアルバ選手の木太刀の下を潜り素早く位置を入れ替えていた。
そして。
「おおりゃー!」
木太刀を正面に構えたまま、ほとんど体当たりといっていい攻撃。
完全に虚を突かれたアルバ選手は、シン君の攻撃に反応できず・・・
次の瞬間、リング下へと転がり落ちていたんだ。
さっとジャッジの手が上がる。
『勝負あり! 勝者シン〜』
「おっしゃあ〜!」
アナウンスがシン君の勝利を告げると、シン君はリング上を転がりながら叫んでいるわ。
「それにしても・・・何が起こったんですか?」
まさに一瞬の逆転劇に、あたしはまだ理解ができないでいたの。
「信心深くまじめなラウルフ族にとって、反則を犯すというのは耐えられない屈辱なのかもしれないわね」
と、パロさん。
「そうか、顔面を突くのは反則だから・・・シン君、最初からそれを狙っていたのかしら?」
「さあ、シンにそんな高度な作戦が取れるとも思わないけど」
「まあ勝って良かったです。これであたしとシン君、両方とも勝ち上がったから・・・って、え?」
「どうかした、マナ?」
「二回戦の組み合わせ・・・」
いぶかるパロさんに、あたしはトーナメント表を指差すだけだった。
この大会はトーナメント方式で行われているわ。
だから、一回戦の第一試合と第二試合の勝者が二回戦で対戦することになる。
つまり・・・
「次の対戦相手、シン君なんだ・・・」
大会が始まる前には思ってもいなかった展開に、あたしはすっかり困惑していたんだ。