サマナ☆マナ!4
14
マスタークラスの決勝戦は、ガイが有利に戦いを進めていた。
ドランさんは左腕にガイのバスターソードを受け、負傷してしまっているわ。
ごく一般的なバスターソードで、ドラゴンの鱗を持つドランさんを傷付けるなんて・・・
ガイもやっぱりマスターレベルの冒険者なんだわ。
もしガイの持っている武器が普段の冒険で使用しているものだったら、今頃ドランさんの左腕は切り落とされていたかもしれない。
それを思うと、背筋が縮む思いがする。
でも大丈夫、まだ負けが決まったわけじゃない。
リングアウトとかクリーンヒットとか、逆転の可能性はまだまだあるもの。
「ドランさん、負けないでー!」
最高潮に盛り上がる観衆の大声援に負けないくらいの声を張り上げ、必死にドランさんを応援する。
あたしの声が聞こえているかは分からない。
だけど、気持ちは届いていると思う。
ドランさんがリングに片膝を付いた姿勢から立ち上がり、ロングソードをガイへ向ける。
「まだ立てるのか? さすがにバケモノ並みの体力だな」
「腕一本傷付けたくらいでもう勝ったつもりか?」
余裕の表情のガイと、少し辛そうなドランさん。
二人の睨み合いがしばらく続いた。
「はぁ!」
先に動いたのはやはりガイ。
バスターソードを振るい、立て続けにドランさんへと叩き付けていく。
またも防戦一方のドランさん、ロングソードで受けるだけの展開になってしまった。
激しい討ち合いの中、じりじりと後退していくドランさん。
やはり片手持ちのロングソードでは、両手持ちのバスターソードに力負けしてしまうのかしら。
そして気付いた時には、ドランさんはリングの隅にまで追い込まれてしまっていた。
「ドランさん、踏ん張って!」
あたしの見ているすぐ前で、リングに足の爪を立てて踏ん張るドランさん。
ガイを押し返そうと、必死に抵抗しているわ。
「しぶといヤツめ。だが・・・これで終わりだー!」
粘るドランさんに痺れを切らしたのかもしれない、ガイはバスターソードを大きく振り上げる。
止めを刺すべく鋭く振り下ろされるバスターソード、その軌道はドランさんの頭部へと弧を描く。
しかしドランさんはその一撃をロングソードで受けたりはしなかった。
「キサマに左腕をくれてやる」
ドランさんの身体がわずかに右に沈み、頭上に左腕が差し出される。
ガイのバスターソードが捉えたのはその左腕、先ほどよりもさらに深く食い込んでいる。
それに構わずドランさんが右手を振るう。
ロングソードはガイの首元へと迫り・・・
だけどヒットする寸前でピタリと止められていたの。
瞬間、ダリア城前の広場が水を打ったようにしんと静まり返ったような気がしたわ。
そして。
「ドラン選手のクリーンヒット! 勝負ありー」
ジャッジの手が高らかに上げられると、カンカンとゴングが鳴った。
「ドランさんの勝ちだー!」
あたしが叫ぶのと同時に、観衆からも大歓声が湧き上がった。
ドランさんの勝ちを告げるアナウンスが流れているけど、それも聞こえないくらい。
誰もが熱戦に興奮し、酔いしれたといった感じだわ。
ただ一人、ガイだけはこの判定に納得できないみたいで、ジャッジに抗議をしている。
「おかしいじゃないか。俺の剣は確実にヤツを傷付けているのに、ヤツの剣は俺に当たってすらいないんだぞ」
だけどジャッジは首を横に振るばかり、一度下された判定は覆らない。
考えてもみてよ。
もしもドランさんがロングソードを止めずにあのまま振り抜いていたら、どうなっていたかしら?
今頃ガイの首は胴体から切り落とされていたかもしれないのよ。
ジャッジもそこを重視しているからこそ、自信を持って判定を下したはずよね。
ガイは尚もしつこくジャッジに喰い下がっていたけれども、結局は受け入れてもらえなかったわ。
そんなことよりも・・・
「ドランさん、おめでとう!」
戦いを終えてリングを下りたドランさんに真っ先に駆け寄った。
「ああどうにか勝てたな」
「傷は平気ですか?」
「試合さえ終われば自分で治療できる。少し待っていてくれ」
君主であるドランさんは治療呪文を習得している。
戦いで傷付いた身体を自分で治療し、また戦いに臨む。
その不屈の姿に憧れる冒険者も多いんだろうな。
「おめでとうございます」
「俺はもう、ハラハラドキドキだったぜ」
パロさんにシン君、それにジェイクさんやリ・ズーさんも集まって、辺りはもうお祭り騒ぎ。
よーし、今晩はあたしとドランさんの優勝を盛大にお祝いしちゃおう。
『ただ今より、新春闘技大会の表彰式、並びに閉会式を行います』
大会も無事終了ということで、これから閉会式が始まる。
朝から試合試合の連続で、もう夕方になろうとしているわ。
冬の夕暮れ時は急に寒くなるから、閉会式が終わるのを待たずに帰り始める人もボチボチいるみたい。
何と言っても新年だし、この後は酒場に繰り出して今日の試合を肴に盛り上がるんだろうな。
ビギナークラス優勝のあたしはもちろんリングの上。
その他にはドランさん、リ・ズーさん、そしてガイ。
各クラスの優勝、準優勝者が表彰を受けることになっている。
表彰してくださるのはもちろんクレア様。
リングへ上がられると、まずは今日の大会を振り返ってのお言葉を述べられたわ。
「皆さん、今日は素晴らしい試合を間近で見られて、わたくしも大いに楽しませてもらいました。
なにぶん準備期間が短かったので、運営面で至らないところも多かったように思います。
また、術者クラスの皆さんからも試合に参加したいという声も寄せられました。
この点を参考に、また来年も大会を開けたらと思っています」
あれだけ盛り上がった観衆も、今は黙ってクレア様のお言葉に耳を傾けている。
ガイじゃないけど、それだけクレア様の人気は高いものなのね。
『それでは各クラス優勝者、並びに準優勝者の表彰です。ビギナークラス優勝、召喚師マナ選手〜』
いよいよ表彰式。
ちょっと緊張しながらクレア様の前へと進み出る。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
クレア様が表彰状を読み上げ、あたしへ手渡してくださった。
『マナ選手には金一封、そして1レベル分の経験値が付与されます』
そうそう。
あたしがこの大会に出場を決めた最大の理由がこれだったわ。
金一封はともかく、1レベル分の経験値。
「マナ選手、冒険者登録カードを」
「はい」
クレア様に促されて、冒険者カードを差し出す。
係りの人があたしのカードを受け取ると、読み取り端末に差し込み・・・
ピピっと音が鳴ったかと思うとあたしにカードを返してくれた。
「確認してみて。レベルが上がっているはずよ」
「本当ですか? あっ・・・」
言われてカードを確認してビックリ。
さっきまで確かにレベル6だったはずなのに、今はレベル7に書き変わっているわ。
それに伴って各種能力や、呪文の使用回数も増えている。
特に呪文の使用回数は重要で、新たに第4ランクの呪文が追加されている。
使用回数はわずか一回だけだけど、その一回で新しいモンスターと召喚契約できれば今後大きな戦力になるはずよ。
「それとマナ選手、わたくしの親衛隊への入隊を希望しますか?」
「いいえ。それはお断りさせていただきます。あたしなんて、まだまだそんな実力はありませんから」
慌てて首を横に振った。
クレア様もあたしの返事は予想通りだったようで、うふふと笑っていらっしゃるわ。
これであたしへの表彰は終わり、おとなしく後ろの列へと戻る。
『続きまして、マスタークラス優勝は、君主ドラン選手です』
ドランさんが呼ばれたので、賞状を小脇に挟んで小さく拍手。
ガイに傷を負わされた左腕はすっかり回復したみたい、ドランさんがクレア様の前に進み出て表彰を受けている。
「ドラン選手、わたくしの親衛隊への入隊を希望しますか?」
あたしに聞いたのと同じ質問をされるクレア様。
それに対してドランさんが答える。
「謹んでお受けしたく・・・」
と、その時だったの。
「待て! 俺は認めないぞ」
「ガイ・・・」
ドランさんの言葉を遮ったのはガイだった。
憤怒の形相を浮かべ、今にもドランさんに襲い掛からんばかりの勢い。
ううん、ただの勢いだけじゃなかったの。
「認めん。俺は認めんぞ・・・」
ガイが背中に装備した剣の柄に手を掛ける。
「落ち付けガイよ。女王の御前だぞ」
「だからこそだ。キサマのような人外の魔物モドキに、クレア様の親衛隊など務めさせてたまるか!」
ガイはもう正気を失っているのかもしれないわ。
怒りとも恨みとも付かない声で叫びながら、背中の剣を抜いたの。
試合用のバスターソードじゃないわ、普段の冒険に使っている大振りなグレートソードよ。
「うおぉぉぉー!」
掛け声と共にドランさんに襲い掛かるガイ。
ドランさんのすぐ近くにはクレア様、そしてあたしはドランさんのすぐ後ろという位置関係。
「キャー」
突然のできごとに頭が付いていかなくて、ただ悲鳴を上げることしかできない。
だけどこの緊急事態にいち早く反応したのは、やはりドランさんとリ・ズーさんだった。
リ・ズーさんが爬虫類の反射神経でクレア様を庇い、ドランさんはあたしに抱き付いてそのまま倒れこむ。
ダン。
さっきまであたしが立っていた場所に、ガイのグレートソードが突き刺さっていた。
もしもドランさんが自分一人だけガイの攻撃をかわしていたら、今頃あたしがあの魔剣の餌食になっていたかもしれない・・・
そう思うと背筋が凍りそうだわ。
「ガイ、貴方何やってるの?」
「おとなしくしろガイ」
突然暴れ出したガイを取り押さえようと、大会に参加したアルテミシア選手やフォンタナ選手がリング上へとなだれ込む。
抵抗するガイともみ合いになって大混乱、もう表彰式どころじゃないわ。
そんな騒ぎの中、気が付いたらドランさんと二人一緒になってリング下へ転がっていた。
「平気か、マナ?」
「ええ、あたしは大丈夫・・・あっ」
自分の身体を確認すると、右手の甲を擦りむいて血が滲んでいたの。
「ケガをしているな」
「これくらい平気です・・・って、ドランさん?」
あっと思う間もなく、ドランさんがあたしの手の甲をぺろりと舐めて血を拭ってくれた。
「おっとすまない。年頃の娘さんの手を舐めるなんてな。癖みたいなものなんだ」
「いいえ、別に構いませんけど・・・そう言えば、ガイとの試合中にもケガしたところを舐めてましたね」
「これも動物の本能かもしれんな。所詮俺もガイの言うように人外の魔物というやつか? わはは」
「そんな。うふふ」
何がおかしいのか、二人で顔を見合わせてクスリと笑う。
「少し待て。今治療呪文を掛けて・・・うっ、うがあぁぁぁ」
「ドランさん? どうしたのドランさん!」
まさに突然だったわ、ドランさんが胸を押さえて苦しみ出したの。
そして、異変は起こった・・・