サマナ☆マナ!4

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15

「ぐわおぉぉぉぉーーー!」
 悲鳴、雄叫び、絶叫、咆哮。
 今までに聞いたことのない凄まじい声を張り上げながら苦しむドランさんが、あたしの目の前にいる。
「ドランさん、どうしたの!?」
 どうしてこうなったのか? どうすれば良いのか?
 何も分からず、何もできないあたしは、ただおろおろするばかりだった。
「マナどうした? 何があった?」
 異変に気付いて真っ先に駆け付けてくれたのはジェイクさん。
「分からないの。いきなりドランさんが苦しみ出して・・・」
 ジェイクさんだけじゃないわ。
 パロさんにシン君、それにリ・ズーさん。
 さっきまでリングの上で大暴れしていたガイと、彼を取り押さえようとしていた皆さん。
 クレア様と大会関係者、そして観衆の人たち。
 この場にいるすべての人たちが、何が起こったのかとドランさんに注視している。
 ドランさんは相変わらず、絶叫しながら苦しそうに喉をかきむしっている。
 その様子がとにかく尋常じゃないのは、誰の目にも明らかだわ。
「マナ、とにかく離れろ」
 危険を察知したジェイクさん、あたしの身体をドランさんから引き離す。
「でも・・・ドランさんが」
「今のヤツは普通じゃねえ。一体何があった?」
「血を・・・」
「血、だと?」
「はい。ドランさんが怪我をしたあたしの血を舐めてくれて・・・」
「マナの・・・血」
 ジェイクさんがそうもらした、その時。
 ドランさんに更なる異変が起こった。

 身体が一回り膨らんだかと思うと、腕も脚もさっきまでよりも一段と太くなった。
 手足の爪が鋭く伸び、背中から巨大な翼が生え始め、そして尻尾も本格的な物へと変化する。
 首が少し伸びたのは気のせいかしら?
 ドラコンであるドランさんは確かにドラゴンの顔をしていたけど、今のそれはさっきまでとは明らかに違うわ。
 同じドラゴンでも鋭く伸びた牙や長く伸びた角が、今もアルビシア島に生息している本物のドラゴンを連想させる。
 種族としてのドラコンじゃなくて、龍と人が混じった魔人のような・・・
「ワシはあれと似たようなモノを見たことがあるぞ」
 リング脇のテントで一日大会を観戦していたベアさんが、あたしたちのそばに来てくれていた。
 ベアさんは愕然とした表情で、ドランさんが変身した姿に見入っている。
「あれは・・・ランバートか?」
 ジェイクさんが呟いたのはパパの名前。
「ジェイクさん、どうしてここでパパの名前が出てくるんですか?」
「マナよ。まずは落ち付け。落ち付いてオレの話を聞くんだ」
「はい」
 いつもと違ってあまりに真剣な表情のジェイクさんに、あたしはただ頷くことしかできなかった。
「マナのオヤジがアルビシアでドラゴンの神の血を飲んだ話は知ってるか?」
「ええ、ママから聞きました」
 それはママの自慢話の中に何度も出てきたお話。
 パパとママが出会った頃のエピソードとして、ママが教えてくれたっけ。
「じゃあその後ランバートがどうなったか、聞いているか?」
「それは・・・」
 少し考えてから、ううんと首を横に振る。
 確かにパパはドラゴンの神様の血を飲んだ、それは聞いている。
 だからあたしの身体の中にも、ドラゴンの神様の血が受け継がれているのだと。
 たけど、その後どうなったかなんて・・・
 そんなの聞いたこともなかったし、今まで考えたこともなかった。
「マナ、落ち着いて聞け。ドラゴンの神の血を飲んだ後、ランバートは変身しちまったんだ・・・
 アイツと同じ姿にな」
「えっ!?」
 ナニソレ? パパが変身? 今のドランさんと同じって・・・
 一瞬にして頭の中が混乱に陥った。
 そんなあたしに構わず、ジェイクさんが続ける。
「ドラゴンの神はランバートの変身した姿を見て、ダイアモンドドレイクと呼んでいたぜ。
 ちょうどランバートの鎧にダイアモンドの結晶がはめ込まれてあったんだ」
「ダイアモンド・・・ドレイク」
 パパが変身したという、龍の魔人の名前を呟いてみる。
 だけど、とても信じられない。
 今すぐアルビシアに飛んで帰って、パパに聞いて確かめたい気分よ。
『そんなのウソだよね』って。
「それで、ドランさんはどうしてあのような姿に?」
 まだ混乱しているあたしに代わって、パロさんが話を引き継ぐ。
「マナの話によると、アイツはマナの血を舐めた。そうだな?」
 ジェイクさんに聞かれて、コクンと言葉なく頷く。
「マナの血にはランバートから受け継いだドラゴンの神の血が混じっている。その血を舐めたから・・・」
「そんなのウソです!」
 ジェイクさんの言葉を遮るように叫んでいた。
「ウソ、だと?」
「はい。だってママは・・・
 あたしが子供のころ怪我をした時なんか、ママが傷口を舐めてくれたりしました。でもママはドラゴンに変身したりなんかしませんでしたから」
 あたしの血のせいでドランさんが変身してしまった・・・
 その事実を認めたくなくて、こんな言い訳を口にする。
 ううん、でも本当は分かっている。
 どうして、あたしの血を舐めてもママは変身せずに、ドランさんは変身してしまったか。
 その答えを口にしてくれたのは、やっぱりジェイクさんだった。
「アイツはドラコンだからな。マナの血に混じったごくわずかなドラゴンの神の血に敏感に反応したんだろうよ」
「・・・ですよね」
 認めたくない、だけど認めるしかない。
 ドランさんがあんな姿になってしまったのはあたしのせいだ。
 それじゃああたしがなんとかしなきゃ。
「それでジェイクさん、パパはどうやって元の姿に戻ったんですか?」
 そうよ。
 あたしの知っているパパはあくまでもパパだわ。
 決して龍の魔人の姿なんかじゃない。
 パパが一度は変身したというのなら、それはつまり元の姿に戻れたということでもある。
 その方法が分かれば、ドランさんだって・・・
「あの時は水晶の力で元に戻したんだ」
「水晶・・・?」
 ママから聞いたお話の記憶を必死になってかき回す。
 どこかにそんな言葉があったような気がして・・・
「そうかっ、ドラゴンの洞窟の封印を解いた・・・今はアルビシアのお役所に保管されているっていう」
「それだ。その水晶の光でランバートの血を浄化したんだ」
「でもそれはアルビシアに行かないと・・・」
「おいおい、今からまたアルビシアまで船で行くのかよ?」
「それは、いくら何でも時間が掛かり過ぎるわね」
 頭を抱えるシン君に、首を横に振るパロさん。
 ついこの前、パロさんやシン君と一緒にアルビシアに里帰りしたばかりだもの。
 二人とも船での長旅を経験しているから、それがどんなに時間が掛かるか肌身に染みているんだろうな。
「だがな、ランバートの時はドラゴンの血の原液をそのまま飲んだ。ドラゴンの血は濃すぎるから、だからランバートは変身したんだ」
「血が・・・濃い? でもあたしの血は」
「そうだな。マナの中にはドラゴンの神の血が混じっているとはいえ、それはごく薄いはずだ。
 だからアイツもそのうちに元の姿に戻るかもしれねえぞ」
「そのうち・・・戻るかもしれない・・・希望的観測ですね」
「だな」
 ため息をつくパロさんに、ジェイクさんも同意する。
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。とにかく今すぐ何とかしてあげなくちゃ。だってドランさんはあたしのせいで」
「落ち付けマナ。今のアイツは自分自身を制御することすらできないはずだ」
「でも」
 成す術もなく、龍の魔人に姿を変えたドランさんを見守るだけしかできない。
 あたしのせいでこんなことになってしまったのに・・・
 それを思うと心苦しくて、何もできない自分が悔しい。

 変身を遂げたドランさんは巨大な翼をはためかせると、ゆっくりと一歩を踏み出した。
 すぐ脇にあったリングに爪を立てる。
 バリっと大きな音がして、リングに鋭い爪痕が刻まれた。
 リング上でそれを見ていたガイが突然笑い出した。
「あっはっは。ついに魔物の本性を現したなドラン。
 これはもう試合なんかじゃない。列記としたモンスター退治だ。みんな、行くぞ!」
「おうっ」
「ええ!」
 ガイ、フォンタナ選手、アルテミシア選手。
 その他にも大会に参加した選手や観衆の中から飛び出した人も。
 大会用じゃない、いつもの武器を持ってドランさんに飛び掛かった。
「死ね、バケモノ!」
 リングから飛び下りざま、グレートソードを叩き付けるガイ。
 だけどドランさんは、それを素手のまま受け止めた。
 掌から血を流しても顔色ひとつ変えないわ。
 龍の魔人になってしまって痛みすら感じないのもしれない。
「おい、アイツの血を見ろ」
「血・・・あっ」
 ジェイクさんに言われて気が付いた。
 ドランさんの掌から流れている血は薄い琥珀色をしているの。
 ガイとの試合の時に流したのは、確かに赤い血だったのに・・・
「ぐわぁぁぁ」
 獣のように一鳴きしてドランさんがガイに体当たりを喰らわすと、ガイの身体が宙を舞って地面に叩き付けられた。
「このヤロウ!」
「魔物よ、滅ぶがいいわ」
 フォンタナ選手の刀が、アルテミシア選手のランスが、ドランさんに襲い掛かる。
 しかし龍の魔人に変身したドランさんは、二人の攻撃を難なく受け止め、そのまま一気に弾き返してしまった。
 二人とも強烈に地面に叩き付けられ、呻き声をもらしている。
「うわぁ・・・」
「バケモノだ」
「逃げろ!」
 ガイたちが立て続けにドランさんに倒されるのを見て、観衆たちが一斉に混乱に陥り、悲鳴と共に逃げ出し始めた。
「オイ、逃げるのかよ? 待てよ!」
「止しなさいシン。逃げたい人は逃がしてあげましょう」
 逃げる観衆たちに呼び掛けるシン君と、それを制するパロさん。
 生き延びるために危険なことから逃げるのは、冒険者としては何ら恥ずかしいことではないわ。
 だから、誰も彼らの行動を責めることはできない。
 クレア様も兵士たちに護られて、お城の中へ避難している。
 この場に残っているのはあたしとパロさん、それにシン君。
 ジェイクさん、ベアさん、リ・ズーさん。
 あとは大会に出場した選手が数名といったところかしら。
 ガイたち三人は、依然として倒れたままだわ。
 龍の魔人に変身したドランさんを前に、解決の糸口を見出せないあたしたち。
 戦って倒すべきか、それとも元に戻す方法を探すべきか。
「どうしよう・・・どうすれば良い?」
 出口の見つからない迷路の中で、あたしは迷い、悩み続けていた・・・

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