サマナ☆マナ!4
11
ダリア城前の広場はもう、ひっくり返りそうな大騒ぎになっているわ。
次々と繰り広げられる息詰まる熱戦に興奮する人たち。
英雄の活躍に賛辞の声を送る人たち。
応援していた選手が負けてしまい、罵声を浴びせる人たち。
単にお祭り騒ぎを楽しんでいる人たちなど。
多くの人たちの拍手と歓声と熱気が、あたしの周りを渦巻いている。
そんな大騒ぎの中、試合を終えたばかりのガイがリングから下りて来た。
「必ず勝つ。キサマなんぞには負けん」
ドランさんとのすれ違いざま、そう吐き捨てるガイ。
「決勝を楽しみにしている」
それに対して、ドランさんはあくまで冷静だわ。
ガイの挑発や侮蔑の言葉など気にする素振りも見せずに、悠然としているその姿に感心しちゃうくらい。
「ケっ、相変わらずやなヤローだぜ」
「あいつにはあいつなりの考えがあるのだろう。だが、俺たちは俺たちだ。気にするな、リ・ズー」
「分かってるよ」
立ち去るガイを睨むリ・ズーさんと、もうガイには目もくれないドランさん。
きっとあたしの知らないところでは、二人とガイの間に色々あったんだと思う。
「一体、どうして・・・」
ガイはヒューマン以外の種族を嫌うようになったのかしら?
そう思ったけど、それは言葉にならなかった。
何か理由があるのかもしれないし、特に理由なんてないのかもしれない。
あたしも冒険者デビューする時に、ハーフデビリッシュだということでパーティを組むのを断られている。
種族が違うから、だから好きになれない。
そんな人はまだまだ多いのかもしれない、なんてちょっと考えるあたしでした。
「まあなんだ、これでここにいる三人が決勝進出じゃねえか。みんなやるじゃねえか、なあパロ」
ここで、少し重くなった雰囲気を変えてくれたのはシン君。
ヒューマンのシン君としては、ガイがあからさまに他種族を軽蔑するような態度を取り続けているので、ちょっと気が引ける部分もあるのかな。
「そうね。少なくともシンが決勝に出るよりは、良い試合が期待できそうだわ」
「そうですね。シン君よりはあたしのほうが、まだリ・ズーさんに勝てる確率が高いと思います」
パロさんと二人で結託してシン君に意地悪攻撃。
これもあたしたちなりのコミュニケーションの取り方なのかしら。
「おいおいマナまで。二回戦を戦った好敵手に対してそれはねえだろう」
両手で頭を抱え、大げさに振るしぐさ。
わざとおどけてみせるシン君に、少しだけ心が軽くなったような気がしたんだ。
二回戦の試合がすべて終わったので、例によって休憩時間。
この後すぐ試合なので、もう物は食べずに軽く水分補給だけしておく。
少し緊張してるかな?
ううん、大丈夫。
ここまで来たんだもの、最後まで頑張るしかないわ。
やがて休憩時間も終わり、いよいよその時がやって来た。
『お待たせいたしました。これより新春闘技大会の決勝戦を行います』
ダリア城前の広場に決勝を知らせるアナウンスが流れると、どっと歓声が湧き上がる。
『試合前にセレモニーを行います。名前を呼ばれた選手は順にリングへお上がりください。
ビギナークラス決勝進出、まず一人目は召喚師マナ選手〜』
いきなりあたしの名前が呼ばれて、心臓が跳び出しそうになる。
「マナ、落ち着いて」
「はい」
パロさんが促すように優しく背中を押してくれる。
それで少し落ち着いたかな、ゆっくりとリングへ上がっていった。
『マナ選手は決勝進出者の中では最年少の15歳。
女性冒険者としては唯一、そして術師クラスとしてただ一人大会に参加し、ここまで勝ち上がりました〜』
あたしのプロフィールを紹介するアナウンスが流れる。
それに対して観衆からは
「マナちゃんガンバレー」とか「トカゲ野郎に負けるなよー」とか。
あたしを応援してくれる声があちらこちらから聞こえてくる。
中には
「マナちゃん、俺の彼女になってくれー!」
なんて声もあったみたいだけど、今はそれどころじゃないわ。
改めて、リング上から観衆を見下ろしてみる。
これだけ多くの人が大会を観戦し、あたしを応援してくれている。
その応援に少しでも応えられるように気持ちを込めて、頭上で大きく手を振ってみせた。
『続きまして、ビギナークラスもう一人の決勝進出は、戦士リ・ズー選手です』
アナウンスと共にリ・ズーさんがリングへ上がり、あたしの隣に立った。
するとやっぱりリ・ズーさんには強烈なブーイングが。
「トカゲ野郎は消えろ」とか、「マナちゃんを泣かすんじゃねえぞ」とか。
予想はしていたけど、あまり良い気分じゃないわ。
「マナよ、あんな声は気にするな」
「そうですね」
悪く言われているのはリ・ズーさん自身なのに、あたしを気遣ってくれたりして。
そうよね、今はこの後の試合に集中することだけを考えよう。
『そしてマスタークラスの決勝進出者、君主ドラン選手です〜』
続いてドランさんがリングへ上がって来た。
まだざわついている観衆の言葉には耳も貸さないといった感じだわ。
「マナよ、お前が気に病むことはない」
「はい、ありがとうございます」
ドランさんはあたしに一言残して、リ・ズーさんの向こう隣りに並んだ。
『最後の選手です。マスタークラス決勝進出者、二人目は同じく君主のガイ選手〜』
アナウンスがガイの名を告げると、今までにない大声援。
その声に迎えられ、ガイは手を振りながら颯爽とリングへ上がって来た。
また何か言うのかしらと一瞬身構えたりもしたけれど、今回は何も言わずにドランさんの向こうに付いた。
観衆からは「ガーイ、ガーイ」と、試合が始まる前から早くもガイコールが起こっていた。
アナウンスがさらに一言二言、何か告げていたみたいだけど、あまりの歓声の大きさによく聞こえないくらい。
なんだかもう、ガイのための大会っていう雰囲気になっているわ。
選手紹介の後は、協賛スポンサーでもある武器防具組合のお偉いさんとかいう人が挨拶。
だけど、そんなものを静かに聞いている人は、ここには一人もいないんじゃないかな。
お偉いさんは最後に「素晴らしい試合を・・・」なんて言葉を残してリングを下りて行った。
そしていよいよ試合が始まる。
ドランさんとガイはリングを下り、あたしとリ・ズーさんの二人が残された。
試合を前に、興奮しきった観衆からはものすごい声援が上がる。
「マナちゃーん」とか「負けるな召喚師ー!」とか・・・
あたしを応援してくれるのは嬉しい。
だけど。
「トカゲ引っ込め」とか「爬虫類は負けろ」とか。
相変わらずのリ・ズーさんへのブーイングに、あたしの心が痛くなる。
「マナ、あんなのは気にするな」
「ええ・・・」
逆にリ・ズーさんに励まされたりして、なんとか気持ちを整理しようとする。
なのに。
「トカゲ負けろ、トカゲ負けろ」
観衆からそんなコールが自然発生したのが聞こえて来たら、もう自分の気持ちを押さえられなくなっていた。
「やめてください!」
気が付いたら、大観衆に向かって叫んでいるあたしがいたの。
「もうやめて。リ・ズーさんのことを悪く言わないでください!」
突然あたしが叫んだものだから、観衆は何事かと一瞬静まり返る。
でもその直後。
「なんだよ、応援してやってるんだろうが!」
「可愛いからって良い気になってるんじゃねえぞ」
「ねえ、知ってる? あの娘、ヒューマンとかエルフじゃないのよ」
「そうそう、確かハーフデビリッシュだっけ?」
「ナニソレ? 魔族の血が入ってるってこと?」
「うわあ、それって人外じゃないか・・・」
次々と聞こえてくる中傷の声。
実体の無い、言葉による刃があたしに襲い掛かる。
心がズタズタに切り裂かれるようで、足がガクガクと震えだす。
その怖さと痛さで、あたしはその場にしゃがみ込み、うずくまってしまった。
「オイ、テメエら黙れ。マナの悪口を言うんじゃねえ」
リ・ズーさんが観衆に向かって叫ぶけれども、事態は一向に収まりそうにない。
「君たち、一度リングから下りなさい」
あまりの雰囲気にもう試合どころではないと判断したジャッジが、あたしたちをリング下へと促す。
だけどあたしの身体には全然力が入らない。
しゃがんだ姿勢のまま、立ち上がれないでいた。
とその時、観衆がそれまでとは違った雰囲気でざわつき始めたの。
それは興奮から困惑といった感じで。
「大丈夫?」
誰かしら、女の人があたしのそばまで来て、さっと手を差し出してくれた。
「はい、すいません」
その手を掴んで、何とか立ち上がった。
「どうもありが・・・」
あたしに手を差し出してくれた人の顔を見て、お礼の言葉を失ったわ。
だってその人は・・・
「クレア様」
そう、あたしの目の前に立っていたのは、ダリア城塞都市の女王であるクレア様その人だったの。
リング脇に設置されているテントの中で試合を観戦しているはずのクレア様が、リングへと上がって来られたんだわ。
「一人で立てるわね?」
「はい、大丈夫です」
あたしの様子を見て頷くクレア様、そっと手を離すとリングの端、観衆のほうへと歩き出す。
突然のクレア様の登場に、観衆はみんな息を呑むように静まり返ってしまった。
「皆さんもご存じでしょう。このダリア城塞都市では多くの種族に門戸を開き、市民権を与えています。
そして、ヒューマン以外の様々な種族の方にも冒険者として活動してもらっています。
その政策に異議や不満のある者は、今ここで申し出なさい。女王クレアが直接お話しをお聞きします」
穏やかで丁寧な口調ながらも、女王としての威厳に満ちたクレア様のお言葉。
その迫力に、誰もが圧倒されてしまっていた。
もちろん、クレア様に異議を唱える人なんか一人もいないわ。
さっきまでの喧騒が嘘のように、黙りこんでしまった観衆の皆さん。
そして。
パチパチパチ。
リングのすぐ脇から起こった小さな拍手の音。
「ドランさん!」
見るとドランさんがクレア様を見上げて手を叩き続けている。
ううん、拍手をしているのはドランさんだけじゃないわ。
一回戦であたしが戦ったフェルパーのハニー選手や、シン君が戦ったラウルフのアルバ選手。
パロさんとその周りにいるエルフの皆さん。
リング脇のテントの中にいるドワーフのベアさん。
それにヒューマンであるシン君やジェイクさんも。
みんな、クレア様に賛同する言葉と共に拍手をし続けている。
そしてその拍手の輪が少しずつ広がっていく。
最初はヒューマン以外の種族の人たち。
やがてヒューマンの皆さんも手を叩き始めてくれた。
今や、ダリア城前の広場が大きな拍手に包まれているわ。
「それでは、大会を再開しましょう。マナ選手、リ・ズー選手、頑張ってください」
「ハイっ!」
「ああ」
クレア様はあたしとリ・ズーさんに激励の言葉を残して、リングから下りられた。
「リ・ズーさん、やろう!」
「おうよ。マナ、決勝戦だぜ」
もう思い悩むことなんかないわ。
決勝戦、悔いの残らない戦いをするだけよ。