サマナ☆マナ!4

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 シン君との試合に勝ったあたし、興奮する気持ちを押さえられないままリングを下りたわ。
 もちろん、今の試合の立役者のティアちゃんも一緒にね。
 リング下で試合を見ていたパロさんやジェイクさんたちからも、大きな拍手やおめでとうの言葉を貰ったりしたわ。
 そして、惜しくも負けてしまったシン君はと言うと・・・
「おいっ、しっかりしろ!」
「うーん・・・」
 係りの男性に担がれるようにして、ようやくリングから下されたの。
「もう、情けないわねえ」
「シン君、腰を抜かしてましたから・・・」
 はあ、と呆れるパロさん。
 あたしも半分くらいは責任を感じちゃうかな。
 それにしても気になることが。
「ねえティアちゃん、本当にシン君から吸っちゃったの?」
 さっきの試合でティアちゃんは、シン君から精気を吸うべく唇を重ねていたわ。
 その光景が今も鮮明に思い出されて、何だかドキドキする。
 だって、ねえ。
 いくらシン君が普段は頼りなくたって、あたしの一番身近にいる男の子だし。
 いくらティアちゃんがアンデッドモンスターだからって、美人のお姉さんに変わりはないし。
 いくら試合中のできごとだって、あたしの目の前でキ、キスなんて・・・
 だけどティアちゃんはケロリとした様子でこう言ったの。
「あれは寸止めです」
「す、寸止め?」
「はい〜。キスする寸前で止めてましたから。実際にはシンさんからは吸ってませんよ」
「へ、へえ〜」
 ティアちゃんから実際にはキスしていないと聞かされて、肩透かしを喰らったような、でもどこかホっとしたような・・・
 何だか複雑な心境だわ。
「と言うことはシンのやつ、吸われてないのに腰を抜かしちゃったわけ?」
「ですよねえ。やっぱりティアちゃんの涙攻撃が効いたんじゃないでしょうか」
 バンシーの涙は死の予兆。
 ティアちゃんの涙を見せられたシン君が動揺するのも理解できるけど・・・
「あれって嘘だったの?」
 だってシン君は腰を抜かしただけで、死んだわけじゃないもの。
「シンさんは試合に負けて失格しました。すなわち、選手としては死んだということです」
「なるほど」
 ティアちゃんの説明に、思わずポンと手を叩く。
 すべてはティアちゃんのハッタリだったのね。
 だけど、それで腰を抜かしちゃうシン君って、もう少ししっかりして欲しいものだわ。
 
 あたしの試合が終わったら次は第二試合、リ・ズーさんの出番ね。
 対戦相手はドワーフの侍のザイカ選手。
 この試合に勝ったほうが、決勝であたしと当たることになる。
 リ・ズーさんがリングに上がると、やっぱりブーイングが起こったわ。
 だけどそんなことは全く気にも留めないリ・ズーさん。
 イザ試合が始まると、圧倒的な強さでザイカ選手を追い詰めていったの。
 パワー、スピード、反射神経。
 どれを取ってもリ・ズーさんのほうが一枚上手だわ。
 更に、リズマンとドワーフとでは二人の身長差があり過ぎるものだから。
 護りを固めるザイカ選手に対して、上から力任せとも言える攻撃を次々と放っていく。
 そして。
「どおりゃー!」
 リ・ズーさんの一撃を喰らったザイカ選手がリング下に転げ落ちた。
『勝者、リ・ズー選手〜』
 アナウンスがリ・ズーさんの勝利を告げる。
 だけどやっぱり観衆からはブーイングの嵐。
 でもあたしはリング下で一生懸命に手を叩き続けたわ。
「マナ、次彼と当たるわよ」
「はい!」
 パロさんの言葉に力強くうなずくあたし。
 相手にとって不足無しとはこのことよ、きっと最高の試合にしてみせるわ。

 一回戦の時はビギナークラスとマスタークラスの間に休憩が入ったけど、二回戦は試合数が半分になるから休憩は無し。
 引き続いてマスタークラスの試合が行われる。
『バルキリー、アルテミシア選手〜』
 アナウンスに迎えられてアルテミシア選手がリングへ上がると、観衆からは大声援。
 リ・ズーさんが勝った時の、どこか険悪な雰囲気が一変したみたい。
 やっぱりヒューマンの、それも女性冒険者ということで人気があるんだわ。
『対しまして君主、ドラン選手〜』
 続いてドランさんがリングに上がる。
 一般に、ドラゴンに憧れる冒険者というのは案外多いようで。
 その血を引くドランさんに対しては、あちらこちらから応援する声も上がっている。
 それに、両選手とも一回戦では素晴らしい戦いぶりを見せてくれたもの。
 純粋に良い試合を見たいと期待する人も結構いるみたい。
 この観衆の雰囲気なら、ドランさんにとってそれ程不利にはならないはず。
 ジャッジが両選手の武器を確認する。
 アルテミシア選手はランス、そしてドランさんはロングソード。
 どちらもごく一般的な武器だけど、一つ間違えば致命傷を負いかねない。
 だからこその真剣勝負が繰り広げられるはずよね。
 ジャッジの合図でカーンとゴングが鳴って試合開始。
 その直後、リング中央の好ポジションをキープしたのはアルテミシア選手だった。
 ドランさんはゆっくりとした足取りで、アルテミシア選手の周りを移動する。
 静かな幕開け。
 だけど水面下では、激しい駆け引きや読み合いが繰り広げられているんだと思う。
 攻めるべきか? 護りを固めるか?
 仕掛けるとすればどちらから? 
 どのタイミングでどこを狙う?
 それらのことを一瞬のうちに判断して、行動に移さなければならない。
 単に武術だけでなく、思考力や判断力まで問われるのがマスタークラスの戦いなんだわ。
「ふんっ!」
 先にドランさんが仕掛けた。
 ロングソードを小さく振るって、アルテミシア選手の持つランスの先端を弾く。
 対するアルテミシア選手はその攻撃を軽く受け流す。
 ランスの先端が円を描くような軌道をたどり、そのままドランさんのソードを弾き返した。
 それをきっかけにして、両者の動きが激しくなった。
 鋭く突きを繰り出すアルテミシア選手。
 ランスとロングソードのリーチの差を活かすべく、一定の間合いを保ちながらドランさんを攻め立てる。
 しかしドランさんは動じない。
 受ける時は受け、かわす時はきっちりとかわす。
 動きに全く無駄が無いわ。
 一見アルテミシア選手が攻め、ドランさんが護る展開。
 だけど、何故か攻めているはずのアルテミシア選手のほうが、じりじりと後退していったの。
「どうしてアルテミシア選手のほうが後退しているのかしら?」
「ドランは後手に回っているようだが決して下がらねえ。
 だがバルキリーのネエチャンは、間合いを保つために少しずつ下がらざるを得ないってわけだ」
「なるほどです」
 あたしの疑問に答えてくれたのは、この後決勝で戦うリ・ズーさんだったの。
 決勝で当たるからって、あたしとリ・ズーさんの間には特に変な緊張感もないみたい。
 そんなことよりも、今はドランさんの試合のほうが大事だわ。
 気が付いたら、アルテミシア選手はいつの間にかリング端に追い詰められていたの。
 もうこれ以上は下がれない。
 だけどアルテミシア選手の力では、身体の大きなドランさんを押し返すのも難しいらしい。
 ランスで戦う時に最も気を付けなければならないのは、相手に距離を詰められないようにすることだってママも言っていたわ。
 リーチの長いランスは、たしかに距離を取っての戦いなら圧倒的に有利になる。
 だけど、一度相手に懐に入られてしまったら、武器の長さが欠点にしかならないんだわ。
 ドランさんにランスを弾かれ、アルテミシア選手が身体を後ろに仰け反らせた。
 そこを一歩踏み込むドランさん。
 もうアルテミシア選手のランスは何の役にも立たなくなっている。
 そして最後の攻撃。
 ドランさんのロングソードがアルテミシア選手の胴を横薙ぎに捉えたところで勝負あった。
 ロングソードは寸止めにされているけれども、そこはジャッジがきっちりとクリーンヒットの判定を下す。
 ドランさんの快勝だ。
 アルテミシア選手に攻めさせるだけ攻めさせて、だけど最後はリングの端に追い詰めての勝利。
 それだけドランさんの試合運びが巧みだったのね。

 続く第二試合は、ホビットの忍者のニンマース選手とガイの試合。
 ニンマース選手は一回戦で、バルキリーのガーネット選手を倒して勝ち上がってきている。
 一方のガイは、ドワーフの戦士のバルボ選手を倒しての二回戦進出だったわよね。
「ふん、またもやチビ助が相手か」
 試合開始の前、またもガイが挑発とも取れる言葉を吐いたの。
 ホビットは成人しても身長が1メートル弱くらいにしかならない種族。
 それをチビ助呼ばわりするなんて・・・
 いくらヒューマン主義者だからって、ちょっと酷過ぎるわ。
「へん、そのチビ助にやられるのはどこの誰なんだろうな?」
 対するニンマース選手も口の悪さでは負けていないみたい。
 腕組みをしながら、ふてぶてしい態度でガイを睨み付けている。
 さすが、戦闘マシーンと云われる忍者は伊達じゃないわ。
 そして試合開始。
 ニンマース選手は忍者ならではの身の軽さを活かし、リング上を縦横無尽に跳び回る。
 それに対するガイは、ちょっと意外な行動に出たの。
「えっ?」
 これには驚いたわ。
 だってガイは、リングのコーナーに陣取ったんだから。
 リングから落ちたら即失格してしまうのがこの大会のルール。
 現にリングアウトで決着が付いた試合もいくつもあったはず。
 なのに敢えてリングの端、それも逃げ場の無いコーナーに陣取るなんて・・・
 一体どういうことなのかしら?
「忍者を相手にする時は壁を背負えという格言がある」
 よほどあたしが不思議そうな顔をしていたんだと思う、ドランさんが答えてくれたの。
「壁を背負うんですか?」
「ああ。そうすれば背後に回り込まれる恐れがなくなるからな」
「なるほど」
 一回戦のニンマース選手の試合を思い出す。
 対戦相手のガーネット選手の背後に回り込んでの攻撃で勝ったのよね。
 ガイは敢えてコーナーに立つことで、ニンマース選手の行動範囲を狭めたんだわ。
 そのガイの作戦が的中しているようで、ニンマース選手が攻め手に苦労しているのがはっきりと見てとれる。
 右に、左に。
 相手の隙を誘おうといくら動いても、ガイはそれに釣られたりしない。
 かと言って真正面から攻め込むのでは分が悪いんだと思う。
 次第にニンマース選手の足が止まっていった。
 だけど、それこそがガイの真の狙いだったの。
 あたしが召喚するボーパルバニーもそうだもの。
 元気に跳び回っているうちは圧倒的な強さを見せてくれるけど、一度足が止まったらもうどうにもならない。
 素早さが命とも言うべきの忍者の足が止まってしまう、それは戦士が武器を捨てるのと同じなんだわ。
 ガイはその瞬間を見逃さず、一気にニンマース選手に襲い掛かった。
「うおぉぉぉ!」
 両手持ちのバスターソードを、躊躇することなくニンマース選手に叩き込む。
 攻めることだけを考えていたニンマース選手、まさかガイが反撃してくるとは予想外だったのかもしれない。
 完全に虚を突かれた形になり、ガイの攻撃にまったく対応できなかったの。
「うわぁー!」
 身体の小さなホビットがあの攻撃をまともに喰らったらひとたまりもないわ。
 ガイの放ったバスターソードをもろに横っ腹に受け、そのままリングの外へと飛ばされてしまった。
 ジャッジの手が上がって勝負あり。
『勝者、君主、ガイ選手〜』
 ガイの勝利を告げるアナウンスに、観衆からはどよめきとも言える大きな拍手が湧き上がった。
「やはり奴が来たか」
 そんな中、ドランさんは決勝で当たることになったガイを、リング下からただ静かに見上げていたんだ。

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